表紙ストーリー表紙に込められた物語をご紹介します。Cover Stories

Vol.34

Vol.34表紙

名画としての評価はもちろん「モナ・リザ」には、過去から現在まで数多くの逸話が残されています。1911年8月22 日「モナ・リザ」はルーブル美術館から忽然と姿を消しました。容疑者の名はパブロ・ピカソ。言動に問題のあった友人と共に当局から危険視されていたのです。幸いほどなく嫌疑は晴れ釈放されますが、捜査が行き詰まったことで、再び「モナ・リザ」が戻る日は永久に来ないのではと市民は落胆しました。̶果たして盗賊たちは、映画のように大胆な方法で「モナ・リザ」を盗み出していたのです。事件当日は館内修復の休館日。多くの美術品を一時的に避難させていました。前日に入館した3人の男たちは、掃除用具の小さな倉庫に身を隠し朝を待ちました。翌朝、修復チームの職人を装い、早朝のルーブルからまんまと「モナ・リザ」を持ち出したのです。しかし2年後の12月、事件は急展開を迎えます。犯人のひとりであるイタリア人の職人ビンセンツォ・ペルージャがフィレンツェの古美術商に購入を持ちかけたことで、緻密で大胆な盗難計画とは裏腹に、あっけなく逮捕されたのです。そこでペルージャは「ナポレオンによってフランスに奪われたモナ・リザを祖国イタリアへ取り戻した」と主張し、これが民衆に支持され放免となったのです。事件はこれで決着かと思われました。ところが1932年米誌に、巨魁の告白とされる驚くべき記事が掲載されたのです。盗難の黒幕は贋作詐欺師エドゥアルド・ヴァルフィエルノ。希代の詐欺師一世一代の大博打は、人類の宝を我が物にしたい6人の富豪に「モナ・リザ」を売りつけること。ただし、渡すのは精巧に作られた贋作。「モナ・リザ」盗難のセンセーショナルな報道は、富豪たちを信頼させるに充分な宣伝効果をあげました。購入者が自ら盗品の所有者であると名乗り出るはずもなく、6 枚の贋作と引き換えにヴァルフィエルノは、莫大な報酬を手にしたと言われています。全く別の顔を見せた『モナ・リザ盗難事件』ですが、真相は残念ながら今も藪の中です。̶事件から100 年が過ぎた昨年末、「モナ・リザ」に、またひとつ新たな謎が加わりました。仏研究者が最新の技術を用いて解析した結果、「モナ・リザ」の下層に埋もれた3つの下絵が発見されたのです。真実に近づくためには、膨大な時間と見識、多面的なアプローチが必要です。そうして得た小さな手がかりを淡々と積み重ねるしか無いのです。「幸運の女神」は、探求を続けるものにこそ微笑むのですから。