VOL.42 表紙ストーリー

VOL.42表紙
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著書『方法序説』の中でデカルトは「困難は分割せよ」と説いています。知的好奇心から子供が玩具や家電製品をバラバラにするように、機械やプログラムを分解・観察し分析することで構造、製造方法、問題点などを明らかにするリバースエンジニアリング。製品の改善や効率化以外にもこの手法は有効となります。

トラック競技の花形、陸上男子100m走。これまで公式に10秒の壁を破った選手はわずか143人(2019年末現在)です。かつて日本人には不可能とも思われた9秒台ですが、2017年9月9日ついに覆されました。9秒98、日本人がはじめて10秒台の壁を突破した瞬間でした。この記録がブレイクスルーとなり昨年5月、7月と、立て続けに二人の日本人選手が9秒台を記録しました。わずか2年の間におきた奇跡のような出来事。しかし選手をはじめ陸連関係者の見解は違いました。「出るべくして出た記録」。日本陸上競技連盟科学委員会は9秒台を記録した世界中のスプリンターの走りを徹底的に分析。スタートからフィニッシュラインまでの100mを細かく分割し、体の傾き、膝や足首の角度、ストライド、ピッチ、トップスピード、一歩ごとの足の位置に至るまで、妥協を許さぬものでした。

さらには初めて9秒台を記録した前後のタイムや年齢・体型など、膨大で詳細なデータから9秒台実現に必要な数字を導き出しました。トップスピード秒速11.60m超。トップスピードの出現地点を~55mから60~70mにシフト。選手それぞれに最適な歩幅と歩数など、具体的な数値を目標とすることで、選手たちは明確なイメージを持てるようになりました。また、身体感覚やメンタルを鍛えるプログラムを加えるなど、従来の発想にとらわれないトレーニングによって着実に課題をクリアしていきました。さまざまな準備が整い、あとは気温・気圧・風速など好条件を待つばかりだったのです。過去の国際大会をみると男子100m決勝進出タイムはいずれも10秒0台前半。唯一例外となった2015年世界陸上では、9秒99がボーダーラインでした。日本人ファイナリストの夢は、もはや実現すべき目標へと変わったのです。

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株式会社 島津製作所 コミュニケーション誌