VOL.43 表紙ストーリー

VOL.43表紙
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心に刺さる、揺さぶられる様子を表し、2018年の流行語にも選ばれた「エモい」ですが 、由来は複雑で起伏の激しい感情や苦悩を歌った音楽ジャンルの1つemo(Emotional Hardcore)にあるそうです。ほかにも「調子いい」を逆さ読みした「C調」。チームに「不協和音が響く」など感情や感覚の言葉と音楽は深い関係にあると言われています。

音楽を奏でるために欠かせない「音律」は無数に存在する音の中から音高と、音階を構成する互いの音の関係(比率)を定めたルールです。最初の「音律」は、紀元前6世紀頃、三平方の定理でも知られるピタゴラスが率いる学派によって作られました。きっかけは、ピタゴラスが鍛冶屋の槌音の重なりに、美しく協和する音と美しく感じられない音の組み合わせがあることに気づいたからだと伝えられています。森羅万象は美しい数字(有理数)で表せると考えていたピタゴラスは、音律についても同様に定義できると考えました。

ピタゴラスが、どれほど美しい数字にこだわりを持っていたかを示す逸話があります。ある時、学派の存在を揺るがす大事件が起こりました。メンバーであるヒッパソスが無理数√−2の存在を見つけたのです。直角二等辺三角形の辺の比は1:1:√−2。今では公式にも使われている√−2ですが、無理数を認めないピタゴラスと学派にとっては決して座視できないものでした。ヒッパソスとピタゴラス学派をめぐる確執は、いくつかの逸話として残されており、その多くは悲劇的な結末で締めくくられています。
ピタゴラスは、対となる音が心地よく響く関係にだけ秘められた秩序を整数と分数で定義しました。ピタゴラスが考えた通り、美しい協和は単純な周波数比の音でした。ピタゴラス音律は、小さな誤差を抱えていましたが、その後2000年もの間、音楽の基本ルールとして君臨しました。

15世紀以降「音律」は楽器の進化や楽曲の複雑化に応えるために、幾度かの調整が加えられ、現在では「純正律」と「平均律」が一般的です。「純正律」は、5度を基準に作られたピタゴラス音律の3度を補正し、より濁りのないハーモニーが得られ、合唱などに多く採用されています。
一方、「平均律」は転調や移調で破綻をきたす弱点を補うために完全な協和を犠牲としながらも、楽器演奏の幅を広げるために作られました。1オクターブ上の音で弦の長さは1/2、周波数(振動数)は2倍、つまりラ(A4)の音を440Hzとするとオクターブ上のラ(A5)は880Hzとなります。「平均律」の半音階は、これを均等な比率で12分割したものです。言い換えると周波数比は12乗すると2になる数。ピタゴラスが嫌った無理数12√−2(2の12乗根)で定められているのです。

ピタゴラスの時代には美しくないものとされた不協和音も、意図的にバランスを崩したりアクセントや緊張感を得る手法として、今ではごく一般的なものです。さらに、不協和音から協和音への移行を音楽用語で「解決」と呼び、作曲家や演奏者は、聴衆の意表をつく目新しい「解決」の手段で心揺さぶることに情熱を注いできました。
いつの世も、新鮮で人々の心に響く音楽。そこには、現状に満足しないゲームチェンジャーの姿があったのです。

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