マイクロプラスチック問題の解決を阻む、全世界的な課題とは

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プラスチックは、浜辺で細かく砕けて、沖へと流れていく。
世界中の海をマイクロプラスチックが漂っているが、その全貌や生態系への影響は、まだわからないことだらけだ。
彼を知り己を知れば百戦あやうからず。
プラスチックという極めて有用な素材を、いつまでも使えるようにするためにも、まず実態を知ることから。

色とりどりのプラスチックごみで埋め尽くされた海岸。日本の浜辺の風景を愛でた松尾芭蕉や歌川広重が見たら、言葉を失うに違いない。

プラスチックが本格的に使われ始めたのは1950年代。そこから人類は、じつに83億トンものプラスチックを作り出してきた。軽くて自由に形を変えることができるうえに丈夫。瞬く間にプラスチックは、生活のあらゆる場所で使われることとなった。まさに 夢の素材だ。

だが、手軽につくれることで生産される量が極端に増えたものの、破棄する際に、再生可能な状態にするには手間がかかるため、生産されたプラスチックの8割近くが捨てられ、その多くはリサイクルされることもなく埋め立てられる。それならまだしも、陸地や河岸に放棄されるなど、適切に処理されなかったプラごみは、河川や海へと流れ出る。

海に流れ着いたプラごみは、波や紫外線にさらされて劣化し、岩にぶつかって細かく砕け、一辺が5ミリ以下の小片になる。これがマイクロプラスチックだ。小片となったプラスチックは再び波にさらわれ、海を漂い、沈殿していく。いま世界中の海には、1億5000万トンのプラスチックが漂っているという試算もあり、その量は1キロ四方に約10グラムにもおよぶ。加えて、毎年800万トンが新たに流れ出しているともいわれている。

問題なのは、その大きさゆえに生態系に入り込んでくることだ。

細かくなり劣化したマイクロプラスチックを、海洋生物は餌と見分けることができず、誤って食べてしまう。取り込まれたマイクロプラスチックは、蓄積し生体に悪影響を与える。さらに、プランクトンや小さい魚から大きな魚へ、より大きな海洋生物や魚を食べる水鳥などへの食物連鎖を通じて影響が広がってしまうのだ。

では、マイクロプラスチックを食べるとなぜ悪影響が起こるのか。その理由の一つに、マイクロプラスチックにはPCB(ポリ塩化ビフェニル)やダイオキシン類などの残留性有機汚染物質を吸着しやすい性質があり、有害物質の摂取につながってしまうことがあげられる。研究では、たった1グラムのプラスチックに、1トンの海水中に含まれるPCBが吸着したとの報告もある。

さらにマイクロプラスチックには、有害物質の濃度を高めることが指摘されている。それらのプラスチックを食べた魚の体内で、さらにはその魚を食べた生物や人間の体内で、汚染物質は数百倍~数千倍に濃縮されていくというのだ。

ほかにもプラスチックに使われている添加剤が溶け出し、環境ホルモンとして作用するとの報告や、プラスチックが分解されていく過程で、温室効果ガスを大量に発生させるとの報告もある。

そしてなによりもやっかいなのは、生体や環境への影響において、わかっていないことがまだまだ多いということだ。

この状況を放っておいていいはずがない。2016年世界経済フォーラム年次総会(通称「ダボス会議」)で、海洋ごみの重量が2050年には魚の重量を上回ると警鐘が鳴らされた。それをきっかけに解決に向けて対策が進められ、世界中の研究者によってマイクロプラスチックを究明するため調査が続けられている。

だが、回収が困難なほど小さいナノプラスチックなどの存在に加え、世界の研究者間で、分析手法や定義のコンセンサスが取れておらず、研究から得たデータを単純に比較できないことが実態解明を難しくしている。

マイクロプラスチック

そんななか島津製作所では、社内の多くの部門やグループ会社の島津テクノリサーチ社と連携しながらマイクロプラスチックの課題解決に取り組んでいる。それを統括するのが環境経営統括室だ。

カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、生物多様性の保全、製品のエコ化、外部評価の確立など脱炭素社会や循環型社会を目指した企業活動を推進しており、マイクロプラスチック問題では2019年に本格的なプロジェクトチームを発足させ活動してきた。

そのプロジェクトでは、プラスチックの成分や個数、大きさ、PCBなどの混入・吸着物質の分析・計測に対応できる島津の幅広い製品群とノウハウを活かし、国内外の研究者とともに調査を進めてきた。調査で得られた知見を使って、海洋中のプラスチック分析にかかわる技術開発を分析計測事業部に提言し、新製品の開発や、プラスチックに吸着した有害物質の分析などの応用技術開発が行われている。

しかし、地域や研究者によって手法が異なるという全世界的な課題からみると、計測のための前処理方法を含んだ分析手法の開発や共有は十分ではなく、早急に答えをだしていくことが必要である。また、世界の研究ニーズは、ウイルスと同等にまで小さくなったナノプラスチックへ移っている。いまでは環境調査だけにとどまらず、生体への影響という観点で医学、ライフサイエンス分野にも広がっており、この問題の全体像を俯瞰しながら幅広く対応していくことが求められる。

現在、島津はグローバルな展開を進めており、昨年設立されたマイクロプラスチック測定法の国際標準化のワーキンググループ(ISO/TC147/SC2/JWG1)に多くの社員が参画している。2022年からは本格的に技術面の審議が始まった。世界中から多くのマイクロプラスチック研究者が集まり、環境中からマイクロプラスチックを選別する試料前処理や、光学スペクトル分析、熱分解分析など各エキスパートの作業部会に分かれて審議を進めながら、3年後の分析手法の国際統一化を目指している。

また、国内においても、環境省や地方自治体だけでなく、この環境課題解決に積極的に関与している研究者、企業などと協力することで、マイクロプラスチックの実態解明に役立つ製品、応用技術開発を進めている。

このように島津では、ISOやこれまでのプロジェクト活動を通して築かれた世界中の科学者とのネットワークを活かし、マイクロプラスチック研究の情報を集約する“ハブ”としてのポジションを担おうとしている。

これまで説明した現状から見ると、「プラスチック=悪」という結論になってしまいかねないが、そういうことではない。私たちの生活を便利に、そして豊かにし、産業の発展においても、この先もなくてはならない素材であることは間違いない。廃プラスチックの再資源化や、生分解性プラスチックの開発も重要な取り組みであり、それは、科学が生み出した夢の素材を、地球と共存させるのに不可欠な一手となる。

人と地球の健康を願い、150年近く受け継がれてきた社会課題を解決する熱意を携えながら、島津製作所はいま、冷静に、だが急いでいる。

環境に関する島津製作所の取り組み
全製品のエコ化推進:製品からのCO2排出量削減を実現した「エコプロダクツPlus」
事業プロセスにおける環境負荷軽減:再生可能エネルギーの積極的利用、3R(リデュース・リユース・リサイクル)の拡大
環境新エネルギー分野でのソリューション提供の推進
環境貢献のための支援活動:生物多様性保全のための森づくり
● 国際的な環境イニシアチブに賛同:TCFD、SBT、RE100エコ・ファースト

※所属・役職は取材当時のものです。

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