農業分野の温室効果ガスを、稲作の工夫で大幅に削減する試みとは

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温室効果ガスの3割は農業分野から放出されている。
だがプラントに装置を取り付けて放出量を測定できる工業分野とは異なり、農業分野では正確な温室効果ガスの測定は難しい。
この課題に独自の工夫で挑んだ研究者の軌跡を辿る。

地球温暖化が止まらない

2100年には平均気温が最大で4.8度上昇する−
IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の2014年の発表は、衝撃を持って受け止められた。近年、地球温暖化は類を見ない速度で進行し、いまなお加速している。

この温暖化の原因が人類の産業活動にあるのは明らかだ。温室効果ガスのなかでもっとも量が多いのは二酸化炭素で、全体の76.7%を占める。

二酸化炭素に次いで二番目に地球の気温を引き上げる原因となっているのがメタン。量としては二酸化炭素よりはるかに少ないが、問題は同じ重量で比較すると二酸化炭素の28倍もの温室効果があることだ(GWP-100:100年間で比較したときの温暖化係数)。

二酸化炭素の量に換算すると温室効果ガス全体の14.3%を占め、大気中のメタン濃度は産業革命前に比べ150%も増えている(国立環境研究所2020年8月6日付Webページより)。ここにも人為的な要因があることは間違いない。

稲から放出されるメタン

もっとも、発生源を辿ると工業分野からの排出量は近年減少傾向にある。意外なことに、それよりも多く発生させているものの一つが農業分野だ。

もともとメタンは湖沼、貯水池など自然環境中から多く放出されている。生息する細菌の活動の結果だ。

メタン生成菌と呼ばれる一群の細菌が有機物を餌として、メタンを放出する。メタン生成菌は牛の腸や、湖沼と似た環境である水田にも生息している。増え続ける人口を支えるために、畜産牛を増やし、水田面積を拡大してきたことがメタン濃度上昇につながっているのだ。

グラフ
*温室効果ガス排出量は、CO2と比較した地球温暖化係数
CH4(メタン)25倍、N2O(一酸化二窒素)298倍で換算。
単位:万t-CO2
データ出典:温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)

そこに一筋の光明が見え始めている。

「ある方法を日本全国の稲作農家が採用してくれれば、年間で車200万台分の温室効果ガスを減らせます。世界なら8000万台分ですね」

と驚くような試算を披露するのは国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)の須藤重人グループ長。

農研機構は日本の農業と食品産業の発展に向けて、基礎から応用まで幅広い研究を行っている。そのなかで須藤氏が指揮を執る緩和技術体系化グループは、温暖化を緩和する技術を営農体系に取り込むビジネスモデルの構築を目指している。

須藤氏の専門は大気化学。1990年の大学院進学時から、当時すでに大きな環境問題として注目されていたオゾンホールの原因を研究し、南極の氷に含まれる気泡から、オゾン層を破壊する一酸化二窒素(亜酸化窒素・N2O)の年代測定に取り組んでいた。その実績を買われた須藤氏は、農研機構でさらに地球温暖化への研究を深めていくこととなった。

ますます地球温暖化が喫緊の課題となるなか、須藤氏は水田がどれくらい温室効果ガスを発生させているかを把握することに努めていたが、そのなかでも、メタン生成菌が発生させるメタンガスの量の変化に着目した。

稲作では、田植えからしばらくして、株が分かれ、茎がどんどん伸びる時期を「最高分げつ期」という。この時期、多くの農家ではいったん田んぼから水を抜いて、土の表面が出るようにする「中干し」を行う。江戸時代から行われてきた工夫で、中干しをすることで、根まで酸素が行き渡り、しっかり育つようになるのだが、須藤氏によれば、この期間がキーになるという。

須藤 重人

「中干し自体は、昔からどこの地域でも行われています。暖かい地方では5日、北陸などで14日くらいでしょうか。この期間、酸素が地下に入っていくことで、酸素を必要とする好気性細菌の活動が活発になり、嫌気性細菌であるメタン生成菌の活動が抑えられる。これをすでに行われている標準的な期間よりも少し長くしてやるだけで、7月、8月に入ってのメタンの発生量がぐっと少なくなるんです」

もちろん、ずっと水田に水を入れなければ、稲は枯れてしまう。だが、数日延ばす分には稲の生育にも米の食味にも影響はないという。須藤氏は稲を植えた実験用圃場に、土壌から放出される空気を収集する設備を整えて計測してみたところ、試算上で、メタンの発生量を1ヘクタールあたり1トン減らすことが可能という結果を得ることができた。

温室効果ガス専用測定装置

温室効果ガス専用測定装置

しかし、問題も残った。

「土壌が酸素で満ちてくると、今度は好気性細菌が活発になり、田んぼに入れた窒素肥料が大量に使われて、一酸化二窒素が増えるんです。量はメタンに比べてずっとわずかですが、温室効果は二酸化炭素の300倍もあります。となると、減ったメタンと増えた一酸化二窒素の両方で算定しないとフェアじゃない」

水田からは、ほかにも二酸化炭素が放出されている。この3成分を同時に測ることができなければ、温室効果は正確に見極められない。

測定には気体の成分を分析できるガスクロマトグラフを用いるのが一般的であるが、メタン、一酸化二窒素、二酸化炭素は測定に必要な検出器が異なる。そのため、この3成分を同時かつ高感度に分析することは困難で、それぞれを個別に分析する必要があった。

しかし、これでは測定の手間や時間がかかるだけでなく、試料注入量のばらつきによって測定誤差が生じる要因ともなる。

そこで須藤氏は、自身の手でガスクロマトグラフに改良を加えていき、新たなシステムを考案した。2台のガスクロマトグラフを組み合わせ、そこに注入した試料が、試料の成分を選り分けるための管であるカラムや、特別に設計された複雑な流路を辿りながら1成分ずつに分けられ、それぞれ検出器で測定される、というものだ。

たった一人、5年の試行錯誤を経てようやく1号機ができあがると、研究はさらに加速。その後も改良を加えながら増設していき、4号機以降は、島津製作所との共同研究で製品化し、現在は歴代の装置が分析室に並んでいる。大学時代から島津の装置を使っていたという須藤氏は、いままた5号機を共同で製作中だ。

須藤 重人
写真:島津製作所製ガスクロマトグラフGC-2014型 をベースとした「温室効果ガス3成分自動同時分析計」

「温室効果ガスの総量から見ると、農業セクターは3分の1くらいを占めています。さらにその3分の1くらいが水田由来。そのうち3割くらいの温室効果ガスは、中干しの期間を少し延ばしてやることで大きく減らすことができる。日本だけだとわずかに思えますが、世界規模で見るとやる価値があります。

しかし、水田と一口にいっても、稲の品種によってはメタンを発生しにくいものもあれば、土の質によっても発生条件は変わる。ですから、それぞれの田んぼで最適な中干しの条件を見つけてあげないといけない。そのためには私の手持ちの装置だけではもちろん無理で、この装置がもっと普及するとともに、分析手法を身につけたオペレーターも増えていく必要があります」

温室効果ガスのこうした対策は、まだ始まったばかり。メタンはゴミ埋設地などからも発生しており、その全容がわかるには、まだまだ時間がかかるという。

「目に見えない気体だからこそ、みんなの危機意識も低い。でも、人間が地球に対して影響を与えているのは間違いありません。こういう装置によって温室効果ガスが可視化されることで、多くの人が身近な問題として危機感を持つことにつながると期待しています」

見えないものを見えるようにする。計測技術が担う役割は重大だ。

田んぼ
種まきから85日目頃、夏の暑い盛りに田んぼの水を抜いて、土にヒビが入るまで乾かす「中干し」。イネを倒伏しにくくし、品質のよい米づくりのために行われる。

※所属・役職は取材当時のものです。

須藤 重人 須藤 重人
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
農業環境研究部門 気候変動緩和策研究領域 緩和技術体系化グループ長 理学博士
須藤 重人(すどう しげと)

1997年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。99年農水省農業環境技術研究所(現所属の前身)に入所。2016年より現職。学部、大学院を通じて、無機・分析化学の基礎を学んだのち、大気化学の分野に進む。現在、農耕地から発生する温室効果ガスの削減手法の開発を進めるほか、温暖化緩和技術の社会実装手法についても研究を進める。

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