地域の「買い物弱者」問題を孫目線で解決したい!
「おつかい便」は今日もゆく

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車などの移動手段がなく、日常の買い物もままならない高齢者が増えている。
この「買い物弱者」の問題に、孫目線で挑む女性がいる。

ほしいものがあったら電話して

世古 真央

紀伊半島南部に位置する三重県紀北町は、熊野灘に臨む漁港の町。少子高齢化が進むこの町で、世古真央さんは軽トラックで高齢者に手作り総菜を届ける「まおちゃんのおつかい便」を営んでいる。

「80代の方が1~2日で食べ切れる量のお惣菜20~30種類と、6種類のお弁当、パン類を中心に販売しています。トイレットペーパーや調味料類などの日用品や、仏様にお供えする菓子や果物なども積んでいます」
いわゆる移動販売サービスだが、「おつかい」と入る屋号には訳がある。

「お客さんには私の電話番号を渡していて、スーパーやドラッグストアで買ってきてほしいものがあったら、いつでも電話ちょうだいねって、伝えてあるんです」

「キキ」のようになりたい

世古さんが現在のビジネスを思いついたのは、いまから10年前、大学3年生のときのこと。偶然見たテレビ番組で、山間部の過疎地域で移動販売をしている男性が紹介されていた。そのとき初めて「買い物弱者」という言葉を知った。

当時、世古さんにも祖父母がいた。ともに80代で、すでに足腰が弱り、車の運転ができなくなっていた。そのため、祖父母が買い物に行く際は、世古さんが運転手となり、付き添っていたという。

「テレビを見ながら、うちのおじいちゃんとおばあちゃんも買い物弱者なんだって思いました」

同じような人が町全体にいること、今後はさらに増えていくであろうことが容易に想像できた。

世古 真央

「私はもともと人と深く関わるのが好きで、将来接客業がしたいなと考えていたんです。しかも、一般的な接客サービスではなく、もっとお客さんとの距離が近くて、気軽な関係が築ける仕事がいい。移動販売ならそれができるのでは、と思いました」

思い立ったが吉日。漁業を営む父親に相談したところ、「目の付けどころがいい」と、もろ手を挙げて賛成してくれたという。そこから、商売道具である軽トラックを購入し、総菜の仕入れ先などを決めていった。

「まおちゃんのおつかい便」という屋号を決めたのも、この頃だ。

「ジブリ映画『魔女の宅急便』をイメージしました。映画では、主人公のキキという魔法使いの女の子が、ほうきに乗ってあちこちの家に届け物をします。途中、キキが、あるおばあさんを手伝って、薪を運んで窯の火を起こしたり、電球を替えたりするシーンがあるんです。キキのように何でもします、という気持ちを込めて、おつかい便という名前にしました」

世古 真央

想定外だった客層

大学3年生の2月、「まおちゃんのおつかい便」をスタート。当初、家族の紹介や親せきを中心に総菜を届けていたが、自分の力で新しいお客さんを開拓したいと、近隣の山間部に飛び込み営業に行った。

「テレビで見た山間部の人たちは困っていたので、うちの地域の山間部の方たちも困っているはずと、勇んで行きました。ところが、不審者を見るような目で見られたり、迷惑がられたり。実はこの地域の方たちは、野菜は自分で作り、日用雑貨は週末にまとめ買いし、家にあるものをとことん大切に使う、といった生活スタイルができあがっていたんです」

当時お客さんになってくれたのは、意外にもスーパーの近くに住んでいるような買い物に困らない地域の人たちだったという。

「便利さを求めてサービスを利用することに慣れている方が多く、おつかい便に抵抗がなかったんです。実際にやってみないとわからないことが多いですね」

孫のような存在を目指して

総菜の移動販売が珍しかったこともあり、創業当初は一気に客が増えた。子育て世代や、漁港で働く若い人たちも買いに来て、売り上げも右肩上がりだったという。

しかし、ブームが一段落すると客足も減少。残ったのは当初想定した高齢者が中心で、客足が減った分、売り上げも落ちた。さらに、商売の拡大を目指して雇っていたスタッフも退職。しかし、これが転機となった。

「一人になると、自分の自由がきくようになる。それなら、本当にやりたかったことをやろうと」

やりたかったこととは、まさにキキのそれ。それまでは、1か所で売り終わるとすぐに次の場所へ移動していたが、一人になってからは、総菜を届けるついでにお客さんと気軽におしゃべりし、困りごとがあると手を貸した。

世古 真央

「目指したのは、気軽に用事を頼める孫のような存在です。日頃からお客さんの名前を覚えて声をかけたり、好みも覚えたりして、距離を縮めようと心がけました。そのおかげか、徐々にいろいろなことを相談されるようになってきました。一番聞かれるのは、携帯電話の使い方で、雨が降ってきたら、洗濯物や布団を取り込むこともありますよ」

こうしたちょっとしたサポートを続けるうちに固定客がついていった。

「商品である総菜がおいしいことは、もちろん大切です。でも一番大切なことは、誰が売るかということ、つまり信用なんですね」

お客さんと信頼関係を築いた世古さんは、さらに一人ひとりと深くかかわるようになっていく。

「皆さんご高齢で、いつ何があってもおかしくありません。そのため、お得意さんのケアマネージャーの連絡先を把握するようにしています」

実際、把握しておいた連絡先が役に立ったことがあった。

「一人暮らしのおばあちゃんの家に、毎日通っていたことがあるんです。おしゃべりが大好きなおばあちゃんだったのですが、ある日訪ねたら、『ああ』とか『うう』とかしか言葉が出てこない。これはまずいと、ケアマネージャーさんに連絡したら、救急車を呼んでと言われて。その方は、そのまま入院しました。私は、町の高齢者の方の健康状態を把握している一人なんだと自覚して、さらに日々お付き合いを深めています」

自分でも、お客さんとここまで深くかかわることになるとは思っていなかったと語る。

「私の本当のおじいちゃん、おばあちゃんのように感じることも。それだけお客さんのことが大好きで、大切なんです。私のことをもっと好きになってほしいですし、これからも必要な時にはいつでも私を呼んでほしい」

お客さん一人ひとりとのつながりを大切にしながら、今日も「まおちゃんのおつかい便」は町を走る。

※所属・役職は取材当時のものです。

世古 真央 世古 真央
世古 真央(せこ まお)

三重県生まれ。皇學館大学3年生のとき、地元紀北町長島地区周辺の高齢者を対象とした移動販売「まおちゃんのおつかい便」を創業。「女子大生起業家」として話題となり、後に世古氏をモデルとした小説も出版された。現在では周辺の尾鷲市、大紀町にまでエリアを拡大。2021年に長男を出産し、産後2か月で仕事に復帰。スタッフや家族と協力しながら、仕事と子育てを両立させている。

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