シリーズ挑戦の系譜静けさの概念をシフトした
ギヤポンプの新境地を切り開いたチームの強み

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新規事業開発や新市場開拓では、未知の課題に取り組み、想定外の事態に即応する場面がたびたび現れる。
それができるチームとできないチームの違いとはなんなのか。
新市場を求めてヨーロッパ進出を目指した油圧ギヤポンプチームの軌跡を追う。

「こいつは俺のマシンだ」
海外進出を阻む意外な壁

フォークリフト、トラクタ、クレーン車、ダンプ、田植え機、高所作業車など、産業用機械や建設機械に欠かせないのが油圧機器だ。歯車(ギヤ)の回転によって油(油圧作動油)を流動させることで生み出されたエネルギーが、機械の「腕」となる部分に力を与え、自在に操ることができるようになる。油圧ギヤポンプから生み出される大きなパワーは、現代の産業や生活そのものを縁の下から支えている。

島津製作所は、およそ100年前からその開発・製造に取り組んでおり、国内で圧倒的なシェアを誇っている。国内メーカーが生産するフォークリフトに使われるギヤポンプは、約8割が島津製作所の製品だ。

さらにシェアを拡大すべく、油圧機器を担当するフルイディクス事業部は2008年頃から海外市場への進出を企てた。だが、同じ島津製の分析計測機器や画像診断装置と違い、海外メーカーにとって「SHIMADZU」のギヤポンプは無名に近い存在だ。また、ヨーロッパのギヤポンプは日本とは規格が異なる。圧力は日本よりも高く、油を通すホースのサイズも違うため、設計を見直す必要があった。

「圧力やサイズなどの規格をクリアするのは、それほど難しくありませんでした。でも、何回チャレンジしてもヨーロッパの地場メーカーとの競合に負けてしまう。最大の理由は、騒音です。そこで2017年頃、静音化に向けた開発アプローチを変えることにしたんです。それまではお客さまの仕様書に合わせて設計するのが私たちのやり方でしたが、“一度自分たちで好きにやっていいから、音で負けないものを作ろう”と号令をかけて、技術主導で開発を始めました」と当時の同事業部技術部長、山村眞哉は振り返る。

島津プレシジョンテクノロジー 山村眞哉
島津プレシジョンテクノロジー 山村眞哉

ヨーロッパで低騒音が求められる背景のひとつは、労働条件の違いだ。ヨーロッパではフォークリフトを運転するオペレーターが専門職として厚遇されており、各自が「『俺のマシン』という感じで大切にしている」(山村)と言う。そのため、デザインもスタイリッシュでキャビンをつけているものも多いため、より騒音が気になってしまうのだ。

もともと油圧機器はガソリンエンジンから駆動力を得ていたが、近年急速に電動モーターに置き換わっている。これもギヤポンプの静音化が求められる要因のひとつだ。

営業部グローバルマーケティング課 田所英二郎
営業部グローバルマーケティング課 田所英二郎

「モーターはエンジンよりも静かなので、ギヤポンプの音が際立ってしまうんです。だから以前はエンジン音に隠れていた音も、うるさく感じられるようになってしまいました」(営業部グローバルマーケティング課 田所英二郎)

新たな指標を持ち込み静音の概念をシフト

フォークリフトのギヤポンプは「内接」と「外接」の2タイプに大別される。価格は外接のほうが安く、騒音は内接のほうが小さい。価格が高くても静かな内接が採用されやすいのがヨーロッパ市場の特徴だ。しかし当時の島津には、外接の技術しかなかった。

「内接に近い低騒音を低価格の外接で実現するのが、私たちの狙いでした。海外市場に新規参入するには、地場メーカーとの違いを明確に打ち出さなければいけません」(田所)

まともに組み合ったのではかなわない、どうすればいいか。市場調査の末にたどり着いた開発方針は「静けさの再定義」だ。

通常、ギヤポンプの騒音は、ポンプ単体の振動音を音圧レベルのdB(デシベル)値に換算して評価される。しかしdB値では問題のないギヤポンプを作っても、競合に勝てなかった。

「実機に搭載したときに騒音の評価が下がってしまうことが多かった」と当時入社2年目でこの開発プロジェクトを任されることになった、技術部設計開発グループの古株拓弥は証言する。単体では問題にならない細かな振動が、車体全体に影響を及ぼしていることが考えられた。ならば、ポンプ単体の音ではなく、実際に車両につけたときの音を静かにするために何ができるかを考えようというのだ。

技術部設計開発グループ 古株拓弥
技術部設計開発グループ 古株拓弥

騒音の評価には、単に物理的な振動音を測定するdB値とは違い、人間の耳の特性を考慮に入れた「ラウドネス」と呼ばれる音質評価指標がある。車体全体が発する音をこの指標で評価することで、オペレーターが体感する騒音を低減するのが基本戦略だ。

新たな静音化設計ギヤポンプの開発計画は「Serenade Project」と名づけられた。

「不安はめちゃくちゃありました」と本音を明かすのは古株の上長、技術部設計開発グループ課長 金谷顕一だ。

「営業や上層部がシェア獲得までのストーリーを作りましたが、こちらはそんなことができるのかどうか、わからなかった。そんななか、品質保証、製造、生産技術などほかの担当者にも協力してもらいながら、若い古株はひたすらワクワクしながら取り組んでくれて、頼もしかったですね」

技術部設計開発グループ 金谷顕一
技術部設計開発グループ 金谷顕一

開発グループは、生じる騒音を要素分解した上で、静音化につながりそうな仮説を30項目ほど書き出し、それを実験でひとつずつ潰していった。さらに、工場の協力によってスピーディーな開発が可能になり、試作品を次々に作っては、車両に積んで音を計測した。古株が「ずっと聞き比べていたら、どれが静かなのかわからなくなった」と言うほどだ。さらに古株は、会社で実験を重ねるだけでなく、顧客のもとに営業の田所と一緒に出向き、積極的に議論を深めて開発に反映させるなど、行動力の高さも光っていた。それはフルイディクス事業部の強みとして鍛えられた成果でもあった。

プロジェクトメンバー
静音化設計ギヤポンプ「Serenade SRP300」の開発にあたったフルイディクス事業部のプロジェクトメンバー。
写真後列左から、フルイディクス事業部 営業部 グローバルマーケティング課 課長 村田光宏、主任 田所英二郎、島津プレシジョンテクノロジー執行役員 山村眞哉、前列左からフルイディクス事業部 技術部 設計開発G副主任 古株拓弥、課長 金谷顕一。

ヨーロッパ行脚で静音性をアピール

地道な実験が実を結んだのは、着手から約2年後の2019年3月。大きなヒントになったのは、かつて金谷が顧客の不具合を解決したときに使った技術だ。古株がそれを利用した実験をしたところ、ようやく求めるレベルまで騒音を減らせる目処が立った。

「2年間、この仕事にかかりきりでしたが、いま思うと幸せな時間でした。好きなように開発をやらせてもらって、それだけを考えていられた。わからなかったことが一つでもわかったときは、すごく楽しいんです」(古株)

同年4月、ドイツで行われた建設機械展に「Serenade SRP300」が展示された。ブースでは、ギヤポンプをフォークリフトに載せて録音した音をスピーカーで聴かせ、動画も披露。地元の大手フォークリフトメーカーの技術開発担当者から「たしかに静かになっている」との評価を受け、その年の秋には試作品を納入した。その後も、その企業に録音機材を持ち込んでは車体音の「試聴会」を何度も開催。競合製品を上回る静音性が高く評価され、2020年12月には、最終的に採用を決めるための監査が実施されることになった。

静音化設計ギヤポンプ Serenade SRP300
静音化設計ギヤポンプ
Serenade SRP300

だが、そのとき世界には、すでに新型コロナウイルス感染症が蔓延。海外への渡航は難しく、同様に海外から日本へ来ることも困難だった。本契約には顧客による工場設備等の監査が必要となる。本来であれば、フォークリフトメーカーの担当者らが来日して、くまなく工場を見て回るところだ。だが、それができない。苦境を乗り越えるため、チームは一丸となって「リモート監査」の準備を進めた。

営業部グローバルマーケティング課 村田光宏
営業部グローバルマーケティング課 村田光宏

「田所さんが発案者として、率先してリモートの準備を進めてくれました。本番もドキドキでしたが、工場も一丸となって協力してくれたおかげで、うまくいきましたね。これをきっかけにリモートのインフラが整い、海外のお客さんとの距離が縮まったと感じています」(営業部グローバルマーケティング課 村田光宏)

若手が伸び伸びと活躍できる環境

監査に合格した「Serenade SRP300」は、2021年2月に正式採用の通知を受け、ついに量産体制に入った。だが、これで彼らの研究開発が終わるわけではない。

「SDGsで目指す2030年に向けて電動化が進めば、ギヤポンプの静音化技術もさらに追求しなければいけません。今回、やっとヨーロッパ市場に入り込むことができたので、これからはギヤポンプのグローバルマーケットリーダーを目指したいです。そのために克服すべき課題も見えてきたので、ほっとしてはいられません」(古株)

モノづくりの現場
縁の下の力持ちとなる産業用機械を扱う、モノづくりの現場。島津製作所とグループ会社の島津プレシジョンテクノロジーで製造している油圧ギヤポンプは滋賀県大津市の瀬田事業所の工場で生産している。

滋賀県大津市の瀬田に事業所を構える同事業部は、全部門合わせても45人程の小所帯。

「うちはワンフロアに技術・品質保証・製造・生産技術・営業があり、工場もすぐそこにあるため、近くで声を掛け合い協力しながら開発を進められるんです。今回の開発はフルイディクス事業部の全部門が力を合わせたからこその成果だと思います」と山村は言う。

少人数であっても、違う役割を担うそれぞれが信頼をもって協力し合い、若手も伸び伸びと能力を発揮できる風土が根付いているのだろう。そんな小さな事業部が、世界を席巻する日も遠くはなさそうだ。

インタビュー動画

※所属・役職は取材当時のものです

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