RPGやファンタジーの世界観を再現したモノづくりを実践する、プラスチック加工職人の折井匠さん。
全国で注目を集める挑戦の軌跡を辿る。
空想の世界を、現実に
剣を携え、魔法を操り、天翔けるドラゴンの影を追う―RPG(ロールプレイングゲーム)や漫画、アニメなどのファンタジーワールドの冒険譚は、ファンの心を熱く震わせている。プラスチック加工職人の折井匠さんは、そんな空想の世界に憧れた結果、大剣や大斧といった想像上の「武器」を、現実世界に再現してしまった。
折井さんのショップを訪れると、ゲーム画面から飛び出してきたかのような重量感あふれる剣や斧、鎌、槍がズラリと並ぶ。圧巻の迫力と没入感を味わいたいと、多くの「冒険者」が詰めかけている。
しかし、ここに至るまでは時代の波に翻弄され、プラスチック加工職人としての情熱を捨ててしまいそうになった時期もあった。そんな自分自身の心を守ってくれた存在が、まさにファンタジー「武器」だった。
NCルーターに魅せられて
高校卒業後、地元・兵庫県のプラスチック加工メーカーに就職した折井さんは、約11年間にわたって職人として腕を磨いてきた。起業を考えたのは25歳のとき。コンピューターで制御して材料を加工するNCルーターとの出会いが契機となった。
「プラスチック加工機で立体をつくる場合、従来は設計図を読み解きながら3次元のXYZの軸の数字を細かく入力しなければならず、再現できるモノにも限界がありました。しかし、NCルーターなら、定番デザインソフトのアウトラインデータを読み込むだけで加工できます。好きに描いた形を自在に再現できる点に、プラスチック加工職人として胸が高鳴りました」
もっとも、装置の価格は1000万円以上。勤務先では購入を見送っていたことから、折井さんはNCルーターを使いたい一心で5年かけてコツコツと資金を貯め、銀行から借金もして30歳で独立を果たした。
ところが、起業直前、リーマンショックが発生。プラスチック業界にも想像を絶する不景気の波が押し寄せた。

「初月の売り上げはわずか12万円。NCルーターの返済金と家賃だけでも毎月37万円かかっており、『どうすればいいの?』と震えるばかりでした」
実は起業時、家族や友人に独立の意志を伝えると「お前にはできない」と猛反対を受けた。周囲の反対を押し切って会社をつくったから、引き下がるわけにはいかなかった。
だが、必死で得意先に頭を下げるも、受注できるのは通常よりも安い価格の案件のみ。楽しそうだと思う仕事もあったが、受注する余裕もなく、その日の売り上げを立てるのに精一杯な時間が続く。
ドラクエとガンダムが自分を救う
疲れ果てた折井さんに決定的な追い打ちをかけたのが東日本大震災だった。東北に縁のある地元企業の業績が傾いたのをきっかけに、注文のストップが相次いだのだ。
「正直、あれほど好きだったプラスチック加工が楽しくなくなり、何もかもが嫌になってしまいました。そんなある日、お風呂に入りながら自分が楽しかった時代を振り返ると、ガンダムとドラクエで遊んでいた子ども時代が蘇りました」
折井さんが小学生の頃、アニメ『機動戦士ガンダム』に登場するモビルスーツを再現したプラモデルが爆発的にヒット。折井さんがプラスチック加工職人を目指したのも“ガンプラ”を組み立てたのが原点だった。また日本のRPGブームに火をつけたゲーム『ドラゴンクエストIII』にも熱中していた自分を思い出した。
当時のようにワクワクさせられるモノづくりをしよう。そう決心した折井さんは、通常業務が終了した18時以降、一人でNCルーターに向かって、RPGの世界に登場した大剣づくりに没頭していく。2本、3本とつくり続けるなかで、完成した剣を見るたびに心躍らされる自分がいるのがわかった。
「注文書もなく、単におじさんが夜中に一人でつくって喜んでいるだけ。従業員からは不思議がられていましたが、剣をつくっていないと私の心が保てなかったので手を止めませんでした」
その後、何回か展示会に出展したが、折井さんの大剣は約20万円とあまりの高額ゆえに、全く売れない状態が数年間続いたという。ただ、来場者の反応はすこぶるいい。ならば手に取りやすいようにとコンパクト化して価格を1万円台に設定した。

「試しに3本つくって展示会で並べると、その日のうちに完売。最初に購入してくれた人には、思わず『お金いらんわ!』と言ってしまいそうになるくらい嬉しかったですね」
半ば自分のためにつくっていた剣が、誰かに認めてもらって売り上げにつながる。闇の中でもがいていた折井さんの心に、明るい光が差し込んだ瞬間だった。次の展示会では10本を完売するなど、順調に売り上げが増えるようになり、晴れてファンタジー「武器」職人として歩んでいくようになる。
誰かの励みになる存在でありたい
ところが、コロナ禍という大きな時代の波に襲われて再び状況が一変。軒並み展示会が中止 となり、せっかくの作品をお披露目する機会がなくなってしまったのだ。
「本業では飛沫防止用のアクリル板の依頼が殺到していたので、試しに板に『たたかう』『にげる』といったRPGのコマンドの文字を付けたところ人気が沸騰しました」
SNSをきっかけに、自身のブランド「タクミアーマリー」の名はさらに広まっていく。するとコロナ禍でテナントが撤退した商業施設から、その空間を使ってリアルな「武器屋」をつくってほしいとのオーダーが入る。以後、全国に期間限定で出店するようになった。いまでは折井さんがつくったプラスチックの武器を持って、スクリーンの向こうの敵とリアルに戦う体験型ゲームも開発している。
2024年には匠工芸の売り上げの3割程度がファンタジー「武器」で占められるまでになったという。

「長く売れない時間をともにした剣や斧たちは、私にとっては大切な心のお守り。ファンタジー『武器』があったからこそ、職人として諦めずに歩み続けることができました。私自身もそうでしたが、何かを始めるときに否定されてしまう人は本当に多いと思います。こんな自分が夢と向き合いそれを実現した姿を通して、誰かに『私も頑張ろう』と思ってもらいたいですね」
0から1をつくるきっかけでありたい。折井さんはそう願っている。
※所属・役職は取材当時のものです。


- 株式会社匠工芸 代表取締役折井 匠(おりい たくみ)
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兵庫県高砂市を拠点にプラスチック加工や看板・舞台美術の製作を手掛けてきた技術を駆使し、ファンタジーの世界の「武器」をリアルに再現するブランド『TAKUMIARMORY(タクミアーマリー)』主宰。通販やイベントでの販売のほか、近年は全国各地で期間限定ショップを開いている。
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