無人探査機に高まる期待
日本が誇るJAMSTECの海洋探査の最前線

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環境計測や資源開発、地震防災などの観点から、海洋研究に寄せられる期待が高まっている。
そこで活躍が期待されているのが、水中ロボットや自律的に動く無人探査機(AUV)。
海洋探査の最前線では、どんな技術革新が起きているのだろうか。

海洋研究に欠かせない水中ロボットやAUV

川口 勝義

「海の中では陸の常識が通じない。そこが面白いんです」
と語るのは、JAMSTEC(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)の研究プラットフォーム運用開発部門で部門長を務める川口勝義氏だ。幼い頃、毎週のように磯遊びに出掛けていたという同氏は、「海をもっと知りたい」と海洋調査の道を志し、大学では海洋学部に進んだ。

「フランスの海洋学者クストーらのドキュメンタリー映画『沈黙の世界』などに惹き込まれて、海中を自由に見て回れたらどんなにいいだろうと。でも、学生の頃に初めて調査船に乗った際、船酔いはするし、観測地点まで着くのに時間がかかるし、これは大変な労力が必要だ」と痛感し、人が直接行かなくても、データ収集ができるようなシステムをつくらなければと思うようになったという。

その思いそのままに、水中をグライダーが滑空するように潜航し、浮上してくる探査機の研究開発や、AUVのソフトウェア開発などを手掛けてきた。その実績を評価されて、日本の海洋研究の最先端の知見が集まるJAMSTECに入所した。

同機構は、気候変動など地球環境についての研究、日本を取り巻く地震、火山の活動について、調査や観測、集まった膨大なデータをスーパーコンピューターで解析するなど、海の謎を解き明かす取り組みが日夜進められている。川口氏が配属されている研究プラットフォーム運用開発部門は、船舶や探査機などの運用管理や技術開発を担う。あらゆる研究部門にとって欠かせない「目」「足」「手」をつくり出しているのだ。有人潜水調査船として日本が誇る「しんかい6500」も同部門の運用だ。

地震や津波の予測システムの構築にも水中ロボットが活躍

川口 勝義

川口氏が任されたのは、海底に敷設したセンサーで地震の初期微動や津波による波を捉えて、研究開発や防災に役立てるシステムの開発と構築だ。海外との通信用に用いられている海底ケーブル通信技術をもとに、新たに敷設した観測ケーブルに、多数の観測点を接続し、そこに各種センサーをつなぐ。作業の主役は水中ロボットやAUVだ。

海底の定点観測を補完するのに、水中ロボットの開発が必要だ、と言われて入ったはずだったが、現実は厳しく、そのステーション自体を開発することが仕事となった。

「水中ロボットの開発に携われると思って入ったのに、結局ここまではケーブルを敷いてばかりの仕事人生でした」
と苦笑するが、氏の努力もあり2011年、南海トラフ地震に備え、熊野灘に20か所の観測点をつないだシステムが完成。さらに30か所の観測点を加える第2期の計画も、2016年に完了している。各観測点のデータを合体することで巨大地震の兆候を監視することも可能になると期待されている。

川口氏が横目で見ていたロボットは、この期間にも次第に機能向上を成し遂げた。

海域で調査などを行う場合、まずは海底の地形を詳細に把握する必要がある。いわば海底の地図だ。以前はそのために船を出して、音波をぶつけて地形探査を行っていたが、深い場所になると音波が広がり、精度が落ちてしまう。そのため、海中に潜って対象に近づき自律的に動いて地図をつくってくれるAUVの開発が進んだ。

「観測や計測には、どうしても人の手で行わなければならない作業が少なくありません。その時間や人手を確保するためには、水中ロボットでできる基礎調査などはできるだけロボットに任せるという流れが強まってきました」

現在は基礎的な調査に限られていますが、さらに将来は観測ポイントの設置や観測作業そのものも受け持つことになるかもしれないと、その可能性に期待をかける。

高速通信技術は海洋研究にブレイクスルーをもたらす

川口 勝義

だが、そこでネックとなるのが、通信システムだ。海中では携帯電話のように電波での通信ができない。GPS信号なども届かない。そのため、水中ロボットのコントロールやデータのやり取りは有線で行われていた。

水中ロボットで作業を行う場合は、人が乗った船がその海域まで行く必要があった。その点で、自動で目的の海域まで行き、データを持ち帰ってくることができるAUVの実用化は画期的だったが、残念なのは、データの回収はAUVを引き揚げて行わざるを得ないことだった。

「音波を使って無線通信する技術はありますが、それでは通信速度が遅い。まるでFAXで情報をやり取りするようなものです。かといって都度引き揚げるのは手間がかかる。悩みの種でした」

そこで注目したのが光を使った通信システムだった。光は海中でも通るため、当初はLEDを用いたシステムを検討していたが、島津製作所から、より高輝度な半導体レーザーを使った光通信技術の提案を受けたことで計画を変更。音波を使った通信技術では、Kbpsの単位だった通信速度が、半導体レーザーでの光高速通信を使えば30メートルの距離でも10Mbpsを出せるのだ。

「画期的でした。電波が使えない水中でありながら、携帯電話の4G回線並みの通信が可能となる。水中ロボットやAUVの活用を進めていくうえでブレイクスルーとなる技術だと感じています」
通信距離はまだ短いが「将来的には数百メートルくらいまでは可能なのでは」と川口氏も期待を寄せる。

それが実現すれば、AUVからのデータ回収が速くなるだけでなく、引き揚げた時しか確認できなかった映像がリアルタイムで送られてくる。その映像を見ながらロボットをコントロールすることも可能となる。JAMSTECでは複数のAUVを隊列制御することで、より広い範囲の海底を緻密に探査できる技術の実証実験なども行っているが、光高速通信を使えばAUV同士が通信しながら連携することなども実現できそうだ。

「データのやり取りや遠隔でのコントロールが可能になれば、海洋研究は大きく進むでしょう。特に地震防災は日本にとって大事なこと。その一助に関われていることを誇りに思います。でも防災システムはニーズが高いのに、滅多に使われないものなので、国策でやるしかない。だからこそ、日本の技術力を集めたオールジャパンで実現したいんです。そうすれば、海というフロンティアを、フロンティアでなくすことができるかもしれません」(川口氏)

関連リンク
水中光無線通信装置が切り拓く、海洋領域の無限の可能性(ぶーめらん VOL.48)

※所属・役職は取材時のものです。

川口 勝義 川口 勝義
国立研究開発法人 海洋研究開発機構
研究プラットフォーム運用開発部門 部門長
川口 勝義(かわぐち かつよし)

1993年東海大学大学院にて学位取得。理学博士。東海大学講師(非常勤)、ハワイ大学機械工学部博士研究員、海洋科学技術センター特別研究員を経て、1998年に海洋研究開発機構へ入所、2008年より現職。専門は海洋計測工学、海中ロボット工学。海底ケーブル技術を活かした海底のリアルタイム観測システムの開発に従事するほか、海中・海底における観測の自動化に取り組む。

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