飼い主の愛情を受け止め、そのままのぬいぐるみに『うちの子』への想いを吹き込んで

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ペットそっくりのぬいぐるみをつくり、飼い主に届ける。
彼らのペットへの愛情や「もう一度うちの子を抱きたい」という思いをまっすぐに受け止め、ひたむきな情熱を注ぎ、唯一無二の作品をつくり上げる動物造形作家。
その情熱の源はどこにあるのか。

飼い主の思いを形にする

アトリエに入ると、驚くほどリアルな犬のぬいぐるみ達と目が合った。同じ犬種でも毛の色や長さ、瞳の色など一体として同じものはなく、毛の一本一本、質感にまでこだわってリアリティを追求してつくられている。まるでいまにも元気に駆けまわり、鳴きだしそうだ。

北島央子さんは動物造形作家で、顧客からのオーダーに応え、一体一体ハンドメイドで制作する。日本中から依頼が集まり、1年半待ちという状況が続いている。

追求しているのは、見た目のリアリティだけではない。北島さんの顧客にはペットを亡くした人も多い。「うちの子をもう一度抱きたい」という願いに応えるため、生前の写真をもとに、毛の色柄や、もちろん顔もそっくりに仕上げる。北島さんはペットとの想い出を形にする動物造形作家なのだ。

市販のぬいぐるみとは一線を画する北島さんの制作は、綿密なヒアリングから始まる。
「うちの子は、目がくりくりで大きくてね」
「背中から足までの毛のグラデーションがとっても綺麗なのよ」

北島 央子

対象となるペットの写真と依頼主の脳裏に浮かぶペットのイメージはたいてい異なる。大きな目をしていたと言われて、そのまま目を大きくしてしまうと、「イメージが違う」と飼い主の顔は曇る。

「同じ目の大きさでも、ちょっと距離を近づけることでくりくりになるんです。写真と飼い主さんの言葉から、その方のなかにあるその子のイメージを探ることを大事にしています」

もっとも、依頼主の言葉のなかから特徴を読み取ることは容易ではなく、約30年の経験を経て、ようやく依頼者の意図を制作に落とし込めるようになったという。

「まずはお客さまの思いありき。それがなければ始まりません。人の思いや心のなかにあるものを受け止めて寄り添い、1つの形にする。私のつくったものがきっかけで、お客さまが少しでも笑顔になり、穏やかな気持ちになってくれたら、こんなにうれしいことはないですね」

北島 央子

北島さんは、「性格を決める」顔の部分をつくるときはぬいぐるみと一対一になる。アトリエには常にスタッフが3~4人いて制作を手伝っているが、北島さんは、全員が帰宅し一人になったときに顔をつくる。街が寝静まった深夜に向き合っていると、生前の表情が浮かび上がってくるのだという。そして、全神経を集中して細かな調整を繰り返し、朝方ようやく完成する。

「真剣にぬいぐるみに向き合ったときだけ、注ぎ込める何かがあるんです。それがお客さまのもとへ届いて、『あぁ、あの子だ』と思ってもらえるものになる。魂が宿るというのは、こういうことを言うのかもしれませんね」

すべての経験が生きている

子どもの頃から母親と一緒に人形をつくっていたという北島さん。大きくなったら「お人形をつくる人」になりたいという夢を持っていた。幼少期から人形に触れることが多かったのには理由がある。人の感情に対して敏感で、感情移入しやすい性質を持っていたのだ。そのため日々の生活でストレスを感じてしまうことも少なくなかったという。だが、そんなときはいつも、人形の優しくてふわふわな触り心地が癒してくれた。

学校卒業後は10年間会社員として働いていたが、自分にしかできない仕事がしたいという思いに突き動かされ、ぬいぐるみづくりに挑戦。当時流行のテディベア展がきっかけで自身も制作を始めた。百貨店や雑貨店に自ら売り込み、少しずつ実績を積み上げていく。

北島 央子

「うちの子みたいなぬいぐるみ、つくってもらえる?」
活動を続けていると、顧客から要望が届くようになった。はじめは、耳をマルチーズに似せてほしいというような比較的簡単な希望が多かったが、人づてに聞いた他の人から、さらに高い要望が寄せられた。その要望にも応えると、次はさらに高い要望が届く。

そのうち亡くなったペットをもう一度抱きたいという依頼主が現れた。ぬいぐるみ一体あたりのコストがかさみ、家計を圧迫するうえに、顧客の求めるクオリティに、自身のスキルがついていけないと感じ、眠れないほど落ち込んだこともあったという。

「自営業は初めてで、会社員のときに貯めたお金も尽きました。当時は腕もついていっていなかったので、最初の10年くらいは未来が見えず、暗黒時代でした」

しかし、難しい要望に応えることは嫌ではなかったという。
「お渡ししたとき、涙を流して喜んでくださる。そんなことはこれまでの人生で一度もありませんでした。自分の仕事で誰かが喜んでくれるって、これほどうれしいことはない」

会社員時代には感じることのできなかった充足感。責任も大きいが、それに応えられたときの顧客の笑顔は何にも代えがたいものだった。そんな充足感を求めてもう一回、もう一回と応えているうちに30年が経った。

「天命だったのかなと思います。初めからずっと動物造形作家を目指していたわけではないけれど、子どもの頃に好きだったこと、会社員時代に学んだ『やりきる』という姿勢、それらが全部、いまの私の力になっているように思います。初めて会社に就職したとき、人と関わる仕事をしたいと思っていました。いまはぬいぐるみづくりを通して、依頼してくださった人とその想いに深く関われているんです」

北島 央子

世界へ届ける、次世代へつなげる

動物造形作家として、また、アトリエに4人のスタッフを抱える経営者として、北島さんは二つの目標を見据える。
作家としての夢は、世界への挑戦だ。

「ペットに対する愛情は万国共通だと思います。世界の人に喜んでもらえるよう海外にも伝えていきたい」

経営者としての夢はやや難問で、これからもっと多くの人に喜んでもらうためには、後継者に育ってもらわなければいけない。

「縫製、柄染め、パターン作成など、弊社独自の技術を覚えるために5~10年かかりますが、それだけでつくれるわけではありません」

依頼主の、亡きペットへの思いに寄り添う姿勢や、命を吹き込むかのような鬼気迫る創造への情熱は、容易に伝えられるものではない。気力、体力の限界に自らを追い込むことでつかみとった「極意」を、それぞれ異なる人生観を持つ若い世代にどう体得してもらうか、北島さんは自問自答を繰り返す。

少なくとも、アトリエに集ったスタッフは、ぬいぐるみに人を惹きつける魅力があることを知っている。飼い主の亡きペットへ寄せる想いも受け止めている。作品に打ち込む北島さんの背中や依頼主の喜ぶ姿が、次世代の情熱を育て、それはいつの日かアトリエや人の心をもまばゆく照らす光となるかもしれない。

北島 央子

※所属・役職は取材当時のものです。

北島 央子 北島 央子
動物造形作家 /株式会社アトリエクチュール代表取締役北島 央子(きたじま ちかこ)

奈良県在住。1998年より動物造形作家として活動を開始。全国百貨店にて90回以上個展を開催し、制作したぬいぐるみは900体を超える。『テレビチャンピオン2 ペットぬいぐるみ職人王選手権』(テレビ東京)、『かんさい情報ネットten.』(読売テレビ)への出演をはじめ、雑誌でも数多く取り上げられる。

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