微生物の力でつくる“バイオ”タイヤ
石油に頼らない未来を目指して

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石油由来の合成ゴム原料を、微生物の力でつくる。
企業とアカデミアの立場を超えた協業が、持続可能な未来をつくり出そうとしている。

子供たちが安心して暮らせる未来を残したい

「考えてみればゴムの木というのはすごいもので、50~60年静かにCO2をためこんで、ゴムをつくる。まさにあれがバイオの世界です。それを研究室で成し遂げたようなもの。実に感慨深い」

というのは、横浜ゴム株式会社研究先行開発本部のアドバイザリーフェロー 日座(ひざ)操氏。

同社は国立研究開発法人理化学研究所、日本ゼオン株式会社と共同で、合成ゴムの主原料であるブタジエンを、バイオマス(生物資源)から効率的に生成できる新技術を開発した。2021年4月の共同発表は、急加速する脱炭素化の流れのなかで、大いに注目された。

ブタジエンは、通常ナフサ熱分解の副生成物として工業的に生産される。最大の用途はタイヤで、世界市場規模は年間1200万トンを超える。

「我々は石油のおかげで本当に便利な暮らしをさせてもらっています。しかし、これを続けていたら、子孫の時代の地球にとんでもない事態を引き起こしてしまう。そう考えてバイオ原料の活用を考え始めました」
と日座氏は話す。世界有数のタイヤメーカーである同社にとって、ブタジエンなしでの事業は考えにくい。だがそれが地球の将来を危うくするものであってはならない。

2012年、使命感を帯びた日座氏は情報収集を重ねるなかで、理化学研究所の若きバイオインダストリー研究者である環境資源科学研究センター細胞生産研究チーム上級研究員の白井智量氏と出会う。

白井氏は、目的となる代謝物を大量につくる微生物を生み出すための遺伝子操作の箇所を提案する、いわばバイオ生産を可能にする微生物の設計図を描くことを専門にしている。

「言ってみれば、ブタジエンをつくるのが大好きな細胞をつくるということ。ブタジエンは非常に重要な工業中間体です。それを発酵などの作用を利用して細胞からつくれるようにする。そそられるテーマでした」(白井氏)

もう一人、日座氏が声をかけた人物がいる。合成ゴム、高機能樹脂の製造メーカー日本ゼオンのカーボンニュートラル推進室室長である谷地(やち)義秀氏。日本ゼオンは長く横浜ゴムの技術提携先で、1959年には、日本で初めて合成ゴムの製造に成功している。

「石油はできるまでに膨大な時間がかかっています。一方、そこからつくったものは地球の“戻す力”をはるかに上回っていて、すぐに石油には戻ってくれない。これに対して、バイオマスはすぐ戻る。循環型経済を構築していくうえで、バイオの力は不可欠です。二つ返事でチームに加えていただきました」(谷地氏)

微生物をデザインする

微生物培養装置
実験台に置かれた微生物培養装置(理化学研究所横浜キャンパスにある日本ゼオンラボにて)

こうして2013年、三者による共同研究が始まった。狙っていたのはグルコース(糖)から直接ブタジエンをつくり出す酵素反応の経路。グルコースからいったんエタノールなどを蒸留、精製したうえでブタジエンに変換する取り組みはいくつか進んでいたが、これでは発酵、精製、合成と遠回りする必要がある。直線距離で進めることができれば、エネルギー消費も少なく、生産性も高められる。

白井氏は、グルコースをブタジエンに変換する経路を幾通りも考え、理化学研究所のゲノム編集や酵素設計の専門家らと一緒に、微生物をデザインしていった。

土壌細菌などが持つ遺伝子を切り取って大腸菌の遺伝子に組み込み、グルコースからムコン酸と呼ばれる物質を代謝する経路を構築。さらにムコン酸からブタジエンを生成する酵素を新たに開発し組み合わせることで、ブタジエン生産のための新しい合成経路の構築を試みた。

何年も失敗の繰り返しだったが、ある酵素を組み込んだ大腸菌から出たガスに、ほんのわずかだがブタジエンを検出した。

Nexis GC-2030
微生物から発生したガスを分析するための分析装置
写真は島津製作所製ガスクロマトグラフ Nexis GC-2030

「わずかでも生産できている。これがわかったのはすごいことです。その経路は間違っていないということですから、チューニングしていけば、生産量を上げていける。この経路を見つけられたのも高感度な分析装置があればこそです」(白井氏)

研究開発の谷を乗り越え実用化へ

そこからコンピュータでのシミュレーションを繰り返し、反応を最適化し生成能力を高めていった。その結果、改変前と比べて2000倍以上も引き上げることに成功した。

「以前、バイオの世界では改良次第で10倍、100倍、1000倍と飛躍的に生産量を伸ばすことができると聞いて耳を疑ったのですが、いや本当でした。触媒を使った通常の化学合成では2倍、3倍でも難しいのに」と日座氏は驚きを隠さない。

もっとも、産生されたブタジエンは、まだ低分子のモノマーにすぎない。これをゴムにするには、重合させて高分子化合物(ポリマー)にする必要がある。そこを受け持ったのは、日本ゼオンの谷地氏だ。

「高分子に不純物はつきものですが、バイオだと、思ってもみない不純物が入っていることがあるので、重合にはとても苦労します。いまはまだ研究室レベルですが、プラントで製造するようになれば、大問題に発展する可能性もある。丁寧に検証していく必要がありますね」

そして、今年に入って、ついに新技術で重合したブタジエンゴムの開発に成功した。手のひらに乗るほどの大きさではあるが、それはまさに細胞がつくり出したゴムだ。

「とりあえずこのブタジエンで一本タイヤをつくってみたいですね。最初はとても高価なものになってしまうでしょうが、生産のスケールが大きくなればいずれ値段は下がる。期待が高まりますね」(日座氏)

この間、三者の共同研究は、理化学研究所が進める産業界との融合的連携研究制度、通称「バトンゾーン研究」へと引き上げられ、実用化に向けてより緊密に連携していくこととなった。

「研究室レベルではうまくいっても、実用化を目指すところで頓挫してしまうことが本当に多いのがバイオの研究です。バトンゾーン研究の主眼は、そこを乗り越えるために、もっとしっかり手を組んでいこうというもの。企業はアカデミアの、アカデミアは企業の立場を理解することができたからこそ、ここまでこれたのは間違いありません」(白井氏)

「実用化は2030年代の前半でしょうか。もちろん、一年でも前倒ししたい。ここからは企業の本気度にかかっているでしょう。我々もカーボンニュートラル推進室を設置して、意気込んでいます」(谷地氏)

カリブ海の島に上陸したコロンブスが、天然ゴムでできた跳ねるボールで遊ぶ先住民を見て驚いたのは15世紀の終わりのこと。500年を経て、人類は新たな「ゴムの木」を手に入れた。

※所属・役職は取材当時のものです。

谷地 義秀、白井 智量、日座   操 谷地 義秀、白井 智量、日座 操
写真左から
日本ゼオン株式会社 カーボンニュートラル推進室室長谷地 義秀(やち よしひで)
国立研究開発法人理化学研究所 環境資源科学研究センター 細胞生産研究チーム 上級研究員白井 智量(しらい ともかず)
横浜ゴム株式会社 研究先行開発本部 アドバイザリーフェロー日座 操(ひざ みさお)

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