「青色レーザー」がものづくりに革命をもたらす
未来の金属加工技術

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未来の技術とされていた青色レーザー。
その御し方を「発明」したことで、ものづくりの道具としての実用化が急速に近づいている。「青の革命」について、大阪大学接合科学研究所の塚本雅裕教授にお話を伺った。

青い光が描き出す造形

「では、スイッチを入れます」
ドアを閉じてスイッチを入れると、大きな電子レンジを思わせる装置が静かにうなりを上げ、装置の中に青白い光があがった。その光の先で、直径1ミリ足らずの黄金色の細い線が上へ向かって伸びていく。

「手に取ってみてください。熱くないですから」

光の消えた装置の中にできていたのは銅線。溶かした銅を細く引っ張り出したわけではない。高純度の銅粉を噴射し、そこにレーザー光を当てて、位置と照射時間を精密に制御することで、瞬時に溶かして固まらせて、線の形を作り上げた。いわゆる金属3Dプリンターの進化形だ。

青色レーザー

「青色レーザーは、ものづくりに変革を起こす可能性がある。日本はそのトップランナーの位置にいるんです」

大阪大学接合科学研究所の塚本雅裕教授は熱く語る。

レーザー光の特長を活かす

レーザーは、ものづくりの現場ではすでにおなじみの「道具」だ。出力を上げてレンズなどで集光すれば、極めて高いエネルギー密度の光が得られ、金属などを切断したり、穴を開けたり、表面を加工したりできる。ガスやプラズマで切断・穴開けをするのに比べて、精密な加工が可能で、材料に与えるゆがみや熱の影響が少なく、綺麗に仕上げられるといった利点がある。

だが、問題もある。従来一般的に使用されてきた近赤外線レーザーでは、赤っぽい素材(業界用語ではイエローメタル)に対しては、レーザー光が表面で反射されてしまい加工できないのだ。

金属素材で赤いものといえば、まず頭に浮かぶのが銅。多くの用途に用いられるが、圧力をかけると伸びてしまい、刃のついた工具で削るのには不向きであるため、レーザーでの加工が期待されてきた。だが、そのためには銅の表面で反射されない波長のレーザー光が必要だった。

青色レーザーなら、銅は近赤外光の6倍吸収する。しかも、ニッケルでも1.5倍、炭素鋼でも1.3倍吸収するため、金属加工用としては理想の道具となる。

3D加工例
青色半導体レーザーを搭載した加工機による3D加工例

島津製作所は、この青色半導体レーザーをレーザーディスプレイ(レーザーTV)の光源とする技術をもっていた。そのことを伝え聞いた塚本教授は、金属加工用の光源として用いることができないかと目をつけ、共同研究が始まった。

ディスプレイの光源と加工用の光源とでは出力がまるで違う。苦難が続いたが、2年をかけて100ワットの青色半導体レーザー光源の開発に成功。光を細く絞り込み、照射角度を工夫することで、高い加工精度も実現した。

装置写真
島津の青色レーザーに「ものづくりに変革を起こす」可能性を見た塚本教授と島津製作所により装置の共同開発が成された

さらに、共同研究ではその後1000ワットの光源も開発した。これだけ出力があれば、切断や溶接にも使える。柔らかくて熱伝導性も高いため、削り出したり溶接するのが難しい銅の部品製造は、一度金型をつくってそこに押し当てて加工するプレス加工が用いられることが多い。だが、金型の設計と製作は、コストと時間がかかる要因の筆頭だった。それが不要になる。

「放熱性の高い銅は、航空・宇宙・電気自動車など多くの産業での需要が高く、また高い導電性もあるので、電子部品として、身の回りのあらゆるところで使われています。それがこれに置き換われば、金型どころか、溶接やハンダづけもいらなくなるかもしれません。工場に大きな革命が起きるでしょう」

装置写真

町工場との出会いが促した決意

塚本教授は大学院時代、核融合の研究をしていた。国家が最先端の頭脳を集めて研究を進める分野だ。

「当時、私がやっていたのは、だれもやっていない領域だったので、その成果を計測する装置なんてどこにも売っていなかった。自分で工夫して作らないといけなかったんです。その経験がいま装置開発をしようとしたとき、役に立っているかもしれません」

反骨の人でもある。ナノテクなどの研究では早くからレーザーが活用されていた。その研究者たちは、いい研究にはいい道具が必要だと欧米製の最新式のレーザー装置を導入することに執着していた。

塚本 雅裕

「学会で発表される論文を読むたびに、違和感を覚えていたんです。すでに製品化されているということは、元となる技術はその5年前には研究室で完成されていたはず。本当に革新的な研究をしようと思うのなら、そのための道具だって、自分で知恵を出して新しく開発しないといけない。自分たちで開発すれば、より独創的な最新の技術を早く手に入れられるはずなんです。それが日本の研究の地盤を底上げすることにもなる。それができる研究者でいなければならないと、心に決めました」

一方、接合科学研究所に就職してからは、レーザーを使った溶接が重要なテーマとなり、小説『下町ロケット』の舞台となるような町工場の経営者と話す機会が増えた。

「経営者ともなれば暇ではないはずなのに、溶接の新しいアイデアはないかと勉強会にもこまめに顔を出される。しかも厳しいコスト意識をもって、吟味されている。日本のものづくりを支えるため、技術力を武器に、ものづくりの戦場へ自ら立ち向かっているこの人たちの力になりたい」という思いが芽生え、四十にして立ちあがった。

塚本 雅裕

「日本のものづくり企業を元気にするためには、5年先の技術を日本がもち続けないといけない。それをやるのは大学の役目です」

以後、自らコンソーシアムを立ちあげ、有望な技術をもつ企業を引き合わせ、自身も加わって、夢のような工作機械の開発を急いできた。それは、ついには行政も巻き込み、関西に3Dプリンターによるものづくり革新拠点をつくるという構想まで立ち上がった。

「2025年の大阪万博では、世界に胸を張って出せる成果を出したい。産業用レーザーの世界地図を塗り替える成算は十分にあります」

レーザー光が指し示すものづくりの未来が、急ぎ足で近づいてきている。

※所属・役職は取材当時のものです

塚本 雅裕 塚本 雅裕
大阪大学接合科学研究所 教授塚本 雅裕(つかもと まさひろ)

1994年大阪大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。同年、同大学溶接工学研究所(現接合科学研究所)助手。96年から98年まで日本学術振興会海外特別研究員、米国ローレンスリバモア国立研究所客員研究員。2017年から現職。

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