見えない病気を写し出す「病気の第一発見者」
診療放射線技師が奥深き画像診断の世界を伝える意味

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放射線科を舞台にした医療コミック『ラジエーションハウス』。テレビドラマ化されて大きな注目を浴び、高視聴率を記録した。
その背景には、ある診療放射線技師の、仕事への誇りと強い使命感があった。
ご自身で漫画の立案・監修を行った五月女康作氏にお話を伺った。

放射線科の世界を知ってほしい

福島県立医科大学保健科学部診療放射線科学科 准教授の五月女康作氏は、診療放射線技師になって2~3年目の頃、高校時代の友人から言われた一言を苦笑まじりに思い出す。

「僕が放射線技師をしているって言ったら、『あー、病院で写真をパシャパシャッて撮る人ね』って言われたんですよ」

五月女氏は大学卒業後、筑波メディカルセンター病院に勤務。技術を身につければつけるほど病気を写し出せるこの仕事の奥深さに気づき始めたときだった。

「確かに間違ってはいないのですが、なんか悔しかったですね。画像診断用の写真をボタン一つでパシャッと撮るだけが仕事ではないんです。放射線技師は、見えないものを見えるように工夫し、そのために日々知識と技術を磨いている。患者さんの病気を見つけたいという強い使命感と、努力の積み重ねがあるんです。そんな世界を彼や、もっと多くの方に知ってもらう必要があるのではないか。そして、放射線技師という仕事に憧れがないと、未来を担う人材が続いていかないのではないか。あの一言を機に、そんなことを考えるようになりました」

数年後、そのヒントを得る出来事があった。五月女氏はMRI(核磁気共鳴画像法)のスペシャリストとして、宇宙飛行士の向井千秋氏が関わるプロジェクトに参加。そこで高い評価を受けた。

「棒グラフを縦方向に伸ばすように積み上げてきた知識と技術を、宇宙という横方向に展開することで、医療業界を飛び出し、“世間”という広い世界から評価を得られたことに手ごたえを感じました。それと同時に、放射線科の仕事を多くの方に知ってもらうためには、横方向に展開すればよいのだと気づいたんです」

同じ頃、後輩の指導法を模索する中で、『変えたければ、人と時間と場所を変えろ』という言葉にも出合った。人を直接変えることはできないが、周りの環境を変えれば人はおのずと変わる。他から見た放射線技師のイメージを変えるにはどうしたらよいか。友人や世間への橋渡しになるもの、環境を変え得るものは何か。そこで思い浮かんだのが、漫画という方法だった。

「僕たちが抱く憧れの職業イメージって、漫画やテレビドラマの影響が大きいと思うんです。漫画ならきっと、多くの若者に響くはずで、さらにはドラマ化されれば根付いてくれると思いました」

幸運だったのは、五月女氏の高校時代の同級生に、漫画雑誌で有名な出版社に勤める編集者がいたということだ。五月女氏は持ち前の行動力を発揮してすぐに連絡を取り、交渉。しかし、最初はまったく興味を示してもらえなかったという。それでもあきらめず、何年も粘り強く仕事の面白さや重要性を話し続けるうちに、企画が動き出した。2011年頃のことだ。

見えているものがすべてではない

五月女氏が監修役となり、編集者の音頭で抜擢された、同年代の才能溢れる作家と漫画家でチームを結成し、4つのキーワードを決めた。「画像診断」「放射線科医・放射線技師という職業」「働く女性」、そして、「見えないものを見る」だ。特に4つ目のキーワードには、社会へのメッセージを強く込めている。

「画像診断は、外からは見えない体内の病気を透かして見るわけですが、実は単に画像を見るだけでは分からない病気が隠れていることもあるんです。また、放射線科の仕事や診断の流れも患者さんからは見えません。つまり、見えているものがすべてではない、と作品を通して伝えたいと思いました」

主役の放射線技師の表現にもこだわった。

(c)ラジエーションハウス(集英社)

「放射線科医と放射線技師は対立するものではなく協力しあうもの。主役であっても放射線技師だけが目立つ表現にはせず、両方にスポットライトを当てたかったんです。そのために何度も何度も議論を重ねました」

これらのメッセージは、画像診断のシーンはもちろん、医療を支えるメーカーや技術者、製薬会社とその営業担当者や、まだ広く知られていない疾患、患者とその家族の苦悩などを通じて、ストーリーの随所で感じることができる。

(c)ラジエーションハウス(集英社)
(c)ラジエーションハウス(集英社)

「漫画化に続きテレビドラマ化もされたことで、当初の目的はある程度、達成できたと思います。でも、ここで終わりではありません。僕たちは連載中の漫画を通してこれからも画像診断の世界について伝える努力をしていきます。それが世の中になくてはならない放射線科医や放射線技師という職業のイメージと画像診断のレベルを向上させ、最終的には患者さんのためになると信じています」

(c)ラジエーションハウス(集英社)
『ラジエーションハウス』(集英社)
原作:横幕智裕/漫画:モリタイシ
診療放射線技師と放射線科医の活躍を軸に、現代医療に不可欠な「画像診断」の世界を描く医療コミック。「グランドジャンプ」連載中。
画像提供:フジテレビジョン
ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~(2019年4月よりフジテレビ系列にて放映)
脚本:大北はるか/プロデュース:中野利幸/演出:鈴木雅之、金井紘、野悠介、関野宗紀/制作著作:フジテレビジョン
画像提供:フジテレビジョン

技師は病気の第一発見者

五月女氏が広く知られてほしいと強く願う画像診断の世界。その背景には、自身が「技師冥利」と表現する仕事への誇りがある。

「撮影をおこなう際、放射線技師が機転をきかせないと見えない病気に出合うことがあるんです。知識や経験を積み重ねると、患者さん自身や画像に隠された違和感に気づけるようになります。それを探り当てるため、撮影の角度やタイミングなどが合うように頭をフル回転させてトライした結果、病気が画像に写し出されたときは、アドレナリンがパーッと出て全身が熱くなる感覚になりますね」

いわば「病気の第一発見者」である。これこそが、放射線技師という仕事の醍醐味なのだ。では、その職責を全うするために必要なことは何か。

「僕は医療機器メーカーからバトンを受け取っていると思っているんです。長年かけて開発された優秀な装置を使い、知識と技術を駆使して見えなかった病気を写し出し、より美しい画像として撮影し、放射線科医にバトンを渡す。そのためにも、放射線技師には画像に対する執着心が不可欠なんです」

その強い想いを知る旧友も五月女氏のことを「願いや想いを画像にできる人」だと表現する。まるでラジエーションハウスの主人公、五十嵐唯織のようだ。実際、国際学会で1st Place awardを受賞している数少ない日本人受賞者の一人だ。

(c)ラジエーションハウス(集英社)

今後は、放射線技師だからこそ描ける「放射線科の未来」を創造していきたいと語る。自分自身がかなえたい未来を具体的に描くことで、いまやるべきことや、進むべき方向が明確になるからだ。では、それはどんな未来なのか。熟考の末、五月女氏はこう答えた。

「いまは明言を避けたいと思います。漠然としているものを、ていねいに言葉を選びながら言語化することが好きですし、それをしないと前に進んではいけないと考えています。中途半端な状態で無理やり言葉にしてしまうと、その言葉が進む道になってしまうからです。もう少し自分の中でイメージを温めてブラッシュアップし、その言葉で、未来への第一歩を踏み出したいと思います」

※所属・役職は取材当時のものです

五月女 康作 五月女 康作
五月女 康作(さおとめ こうさく)

福島県立医科大学保健科学部診療放射線科学科 准教授。筑波大学大学院人間総合科学研究科疾患制御医学専攻医学博士課程修了。診療放射線技師。博士(医学)。現在の研究分野は、脳科学とMRI撮像技術学。漫画『ラジエーションハウス』、テレビドラマ『ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~』(フジテレビ系列)監修。

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