緑茶カテキンの抗アレルギー作用を科学的に証明した、食品機能性解析の第一人者に聞く「食と健康の未来」

  • LinkedIn

農研機構と島津製作所が合同で、2019年春にスタートさせた食品機能性解析共同研究ラボ(NARO×島津ラボ)。その責任者である山本(前田)万里先生は、長年にわたって食と健康の可能性を追い求めてきたスペシャリストだ。
山本先生の研究が目指す未来、そして島津とのコラボレーションにかける思いについて聞いた。

カテキンの抗アレルギー作用に着目

「朝茶は七里帰っても飲め」
人は、古くから経験的に“体にいい”食を発見し、健康な生活に活かしてきた。だが、そのほとんどは経験則の域を出ず、効果が検証されないまま長い年月が経過した。
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の山本(前田)万里先生は、そんな食と健康の曖昧な関係に、科学的なメスを入れてきた「機能性食品」研究の第一人者だ。

重点的に取り組んできたのは、緑茶のカテキン成分。昔から抗アレルギー作用があるのではないかと言われ続けていたが、証明する研究はされてこなかった。先生は、90年代半ばからそれを自らのテーマに掲げた。

カテキンの抗アレルギー作用に着目

地道な研究を続けた結果、山本先生は「メチル化カテキン」と呼ばれる成分に、アレルギーを抑制する作用などがあることを突き止め、更に実用化を目指して研究を進めてきた。

「メチル化カテキンは『べにふうき』という品種に多く含まれていることがわかりました。そこで、ヒト介入試験で必要な量の茶葉を栽培するため、鹿児島県で多くの農家をまわってなんとか50 haを確保しました」

お茶は世に出回るまで、少なくとも3年の月日が必要な手間がかかる食品だ。どうにか実用化できるように、大手食品・飲料メーカーとも連携し、協業のもと生産者にも、べにふうきの栽培を促してきた。
努力が実ったのは2005年。初めてべにふうき緑茶が商用化された。以後、大手メーカー各社から続々とべにふうき関連商品が登場したが、まだ大きな課題が残っていた。“アレルギーは疾病であるため”抗アレルギー作用を謳うことができなかったのだ。
べにふうき緑茶を飲用すると、アレルギー反応に強く関わっているマスト細胞の情報伝達系を阻害し、その結果、花粉症などのアレルギー反応も抑制するとの結果が出ている。それを社会実装出来ないもどかしい日々が続いた。

2015年にようやく転機が訪れる。この年、機能性表示食品制度が導入され、効果を言及するために必要な要件が大幅に緩和されたのだ。

以後、べにふうき緑茶関連商品に「ハウスダストやほこりなどによる目や鼻の不快感を軽減する」との表示ができるようになった。抗アレルギー作用の研究を開始して約20年。山本先生が辛抱強く続けた研究が、大輪の花を咲かせた瞬間でもあった。

国家プロジェクトにも参画

山本先生は現在、より広い立場から食と農、そして健康への貢献を果たしていこうとしている。代表事例のひとつが、最近、農研機構として開発し、ニュースでも話題になった『NARO Style 弁当』である。ポリフェノール、食物繊維、カロテノイドといった機能性成分を多く含む弁当であり、飲み物には山本先生のべにふうき緑茶が使われている。

ある公共団体の事業所で試験的に食べてもらったところ、平日の昼食時に12週間継続して『NARO Style 弁当』を食べることで、内臓脂肪面積が平均9.2cm2減少した。この結果を受けて農水省では「12週間チャレンジ」と題して、幹部らが継続的に食べ続けている。

また、「健康長寿社会の実現に向けたセルフ・フードプランニングプラットフォーム」にも意欲的に携わってきた。官民を問わない人材が議論を重ねるオープンイノベーションの場として活用されており、島津製作所もその事務局を担うなどして、研究代表である山本先生と二人三脚でプラットフォームの運営に奔走してきた。

山本(前田)万里

「自分の健康を、自分でウォッチし、健康になれる食を自分で選ぶ。そんな社会を実現するために、食品や化学、ITなどの企業や自治体、医師など、多様な立場の人たちが意見を重ね、業界横断的な新しいプロジェクトがいくつか生まれていくきっかけとなりました」

同プラットフォームがきっかけのひとつとなり、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期もスタートした。現在、様々な立場の研究機関が集まって、「健康寿命の延伸を図る『食』を通じた新たな健康システムの確立」をテーマにした研究を行っている。

「1000人単位の健康状態、食事の状況を徹底的に調べ上げてデータをひたすら集めていくことを目指しています。SIPでの成果が上がることにより、食によるヘルスケア産業がますます広がっていってほしいですね」

山本先生は、これら人体に関するデータ取得に加えて、網羅的な食品成分のデータも蓄積していく必要があると感じていた。

島津との共同研究で未来を開拓

そうした状況を解消するべく、農研機構と島津製作所との共同研究が2019年4月に始まった。食品機能性解析共同研究ラボ(NARO×島津ラボ)が京都にある島津の本社敷地内に開設され、ここで農研機構が育成した農産物中に含まれる機能性成分を一斉解析することとなった。

島津との共同研究で未来を開拓

「島津製作所は食品成分を分析するための高度なノウハウを有していますので、とても期待しています」

このNARO×島津ラボには、農業・食品分野におけるSociety5.0の実現もテーマの一つとして掲げられている。Society5.0は、「狩猟社会」「農耕社会」「工業社会」「情報社会」に続く、人類として5番目の新しい社会—超スマート型社会と定義づけられている。これが実現すれば、食と健康に関する情報が、より私達の身近になっていくという。たとえば洗面台で家族の健康状態を判断したAIが、冷蔵庫のモニターに家族ごとに必要な栄養素やレシピなどを表示し、購入すべき食品を提示する。そんなSFの世界のような暮らしが、やって来ようとしている。

NARO×島津ラボ
2019年6月、島津製作所本社・三条工場(京都)に開所したR&Dセンターの共同研究開発ラボKYOLABS内にある食品機能性解析共同研究ラボ「NARO×島津ラボ」

「食品や人体に関するデータがしっかりと蓄積されれば、個人それぞれに合った健康に良い新しい食生活が提案される社会が期待されます」

Society5.0の描く未来は、いまでこそ夢物語かもしれない。だが、20年もの時間をかけて、べにふうきの効能を解明した山本先生の情熱は、次の世代の食と健康の未来へ受け継がれるバトンとなるだろう。

※所属・役職は取材当時のものです

山本(前田) 万里(やまもと まり) 山本(前田) 万里(やまもと まり
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)企画戦略本部 研究管理役山本(前田) 万里(やまもと まり)

博士(農学)。千葉大学大学院園芸学研究科修士課程修了後、1986年、農林水産省入省。同省の国内留学制度を活用して九州大学大学院で学び博士号を取得。緑茶の機能性が長年の研究テーマ。メチル化カテキン(べにふうき)の抗アレルギー作用、脂質代謝改善作用、糖代謝改善作用、アントシアニン(サンルージュ)の眼精疲労軽減効果などを解明する。現在は農研機構企画戦略本部の研究管理役を務めている。

この記事をPDFで読む

  • LinkedIn

記事検索キーワード

株式会社 島津製作所 コミュニケーション誌