食品に含まれる水分を非接触・非破壊で計測できるインライン水分率モニター「MMSシリーズ」。食品が流れるコンベア上に設置し、通過する全数量を計測できるこの製品は、どのように生まれたのか。島津製作所の産業機械事業部と産業技術総合研究所の共同研究が結実した経緯を追った。
食品業界で役に立てる装置を
「ここでも何か貢献できる余地があるかもしれない」
産業機械事業部の吉岡尚規(現・技術部部長)はそう考えた。食品に含まれる水分率を計測する装置の開発のため、ある食品メーカーを訪れた際のことだ。
多くの食品の製造過程において、水分率を一定の範囲に収めることは、品質や食感を管理する上で欠かせない。古くから職人の経験や触感に頼ってきたが、製造ラインで大量生産するとなると、とても手が足りない。そこで、ラインから抜き取った食品を時間をかけて乾燥させ、その前後の重量差から水分率を算出する乾燥重量法が広まっていった。検査頻度は多いところで1時間に1回程度。検査に時間がかかるだけでなく、水分率が基準値を外れた場合はその時間内にラインを流れていた食品を全数量破棄しなければならないこともあった。それでもメーカーは「仕方がない」とあきらめざるをえない状況にあった。いまも指や舌を使った官能検査を重視するメーカーも少なくないが、大量生産を目指し、さらに生産拠点を海外に拡大していこうとすれば、品質管理の機械化、自動化は欠かせない。「製造ラインに設置するだけで水分率を計測できる装置にニーズがある」というのは、吉岡の単なる希望的観測ではなかった。
現場課題から始まった挑戦
これまで産業機械事業部は、食品業界とはあまり接点が無かった。主力製品である「ターボ分子ポンプ」は、半導体製造に欠かせない装置として高い評価を得ている。一方、事業部では新たな技術や市場の可能性を探る取り組みも継続していた。吉岡はその一環としてさまざまな企業を訪問し、現場の課題を聞いて回っていた。
そのなかで紹介を受けたのが、ある食品メーカーだった。事業部横断で活動する社内の「食品ワーキンググループ」を通じて訪問したそのメーカーでは、従来の抜き取り検査に頼る品質管理から脱却し、製造ライン上で水分率を自動的に測定できる仕組みの導入を検討していた。その手段として近赤外線の活用にも取り組んでいたが、厚みのある製品では内部まで正確に測定することが難しく、求める精度が得られないという課題を抱えていた。
その話を聞いた吉岡は、以前から産業技術総合研究所(産総研)と検討を進めていた電磁波計測技術を思い起こした。この技術は、水分によって電磁波が減衰する性質を利用するもので、食品内部の水分量まで把握できる可能性がある。さらに、樹脂製の包装材越しでも測定できるという特長を備えていた。
「この技術を製品化できれば、役に立てるかもしれない」。食品メーカーが目指していた品質管理の自動化と、産総研の電磁波計測技術がここで結び付いた。社に戻った吉岡は、早速、要件定義に取り掛かり、水分率モニターの開発プロジェクトが動き始めた。
顧客と二人三脚で開発
理屈では製造ライン上の食品の狙ったところに電磁波を当てて、その減衰率を測るセンサーがあれば、水分率を測る機能はできあがる。しかし、「現場」で使えるものにするには、数々の工夫が必要だった。
「お客様から預かったものを研究室の装置で分析するのとは異なり、工場のラインという製造現場で使われる装置にしなければなりません。協力いただいた食品メーカーの工場に出向き、お客様と一緒につくっていくスタイルで開発を進めました」と話すのは同事業部 技術部 新事業グループの久野智司だ。当時はまだコロナ禍の最中で、抗原検査を受けながら工場に通い、生産現場でデータ取りを行った。

産業機械事業部といってもベルトコンベアからつくっているわけではない。既存の製造ラインに追加するかたちで使用してもらうのがベストだが、そのためにはどういう形状・仕様の装置にする必要があるのか、現場の声を聞きながら模索し続けた。その結果たどり着いたのが、電磁波を発生するコンポーネントを一つの箱に収め、コンベア上に設置するというかたちだ。
電磁波による測定手法には、電磁波を対象食品に透過させ、反対側に設置したアンテナで受信する透過測定と、対象物の裏に金属を設置し、食品を透過してきた電磁波を反射させる反射測定という方法がある。透過測定の方が測定精度を高めやすいが、一体型でライン上に設置する仕様を実現するため、基本的に反射測定を採用することとなった。
ただ、このかたちにまとめるのも一筋縄ではいかなかった。
「電磁波は周囲の環境の影響を受けやすいため、安定した測定を実現するまでにはかなり苦労しました。開発の途中、装置そのものが出す電磁波が、測定値に影響を与えていることがわかったときは、『これはまずいな』と頭を抱えました。そこで、装置構造を一から見直し、外部だけでなく装置内部からの影響も抑えられるように改良を重ねました。その結果、測定値の安定性が大幅に向上し、ようやく製品化の目途が立ちました」(久野)
一つの箱に集約できたことで、ユーザーは別のラインに移しても使えるようになった。食品は素材や形状、パッケージなどがさまざまだが、それにはソフトウエアで対応できる仕様を目指した。
素材も形状も異なる食品に対応
そのソフトウエアの仕上げを担当したのが、入社3年目の三浦壮悟(同 開発グループ)。大学時代はAIを使った画像処理などを研究しており、この水分率モニターが入社後初めて手掛ける製品となる。

「サンプルを使って検量線(グラフ)を作成し、さまざまな食品に対応するという原型はできていました。ただ、仮に同じ10%という水分率でも、食品の形状などによって計測の仕方は変わってきます。食品ごとに異なる計測ニーズに対応しながら、汎用性と操作性を両立したソフトウエアをいかに実現するか、お客様の声を直接聞きながら仕上げる必要がありました」(三浦)
例えば、うどんであれば麺生地が帯状で連続して流れてくるのを計測するが、パックご飯のように個別に包装された状態でラインを流れてくるものもある。素材も形状も、もちろん求められる水分率も異なるものを同一の装置で計測することを考えると、その対応が容易でなかったことは想像に難くない。
「特にパックご飯は同一品を測定しても測定位置によって数値が変わってしまうので、測る位置をピンポイントで設定する必要がありました。ただ、そういう現場の状況を実際にお客様のもとに出向いて見ることができたのは非常に勉強になりました。“開発から製造までかかわる技術者になりたい”というのが入社の際に考えていたことでしたので」(三浦)
装置の中身はできた。ソフトウエアもできた。だが、最後に食品業界ならではのハードルが待っていた。食品製造の現場では、衛生と安全が最優先事項で、これが何重にも担保されたものでなければ、決して採用してもらえない。
食品工場で使われる装置には、異物混入を防ぐために材料や構造にさまざまな制約がある。一般的な産業機器で採用される樹脂部品や塗装仕上げも使いづらく、デザインの自由度は決して高くない。それでも、毎日現場で使っていただく製品だからこそ、機能だけでなく見た目の質感にもこだわりたいと考えた。外装は食品業界の装置に多く用いられている耐食性の高いステンレスだが、質感のあるシボ仕上げを施し、ロゴ部分だけに光沢を残すこだわりのデザインとした。食品ラインへの異物落下を防ぐために、ネジやコネクタなどを装置の底面に配置することは許されず、すべて上部に集約した。

「協力いただいていた食品メーカーの反応も上々で、そこまで対応できれば裾野の広い食品業界で必要とされる製品になれると感じました」とは、新事業グループのグループ長を務める大岸厚文の弁。苦労は少なくなかったが開発は順調に進み、同グループが進めているいくつかの製品の先頭を切るかたちで、2025年8月、インライン水分率モニター「MMSシリーズ」が発売されることになった。その翌月に初出展した分析機器の展示会には「この製品を見に来た」というお客様が訪れるなど確かな手応えを感じている。

一方で、課題はまだ残っている。検査したい食品のサンプルを使って検量線を作成し、製造ラインに合わせてセットアップするという、いわば校正の手間は、少なからず導入の負担になっている。だが、「そこまでお客様と一緒につくり上げることが、メーカーとしての信頼を得ることになりますし、リピートオーダーにもつながる可能性がある」と大岸は見ている。
「電磁波を使って水分量を測る技術は以前からありますが、食品分野でインライン測定できる量産装置の事例は少ないと思います。導入の手間がかかるので、そこまで手をかける会社が無かったということかもしれません」と久野も語る。お客様の困りごとにとことん付き合うという島津製作所に受け継がれるマインドが、食品業界という新たな分野への扉を開ける力になったのかもしれない。
水分率を計測したいというニーズは幅広い業界に存在する。今後は食品業界に限らず、工業材料の製造ラインをはじめ、水分管理が求められるさまざまな用途への展開を視野に入れているとのこと。何より“とことん付き合う”という姿勢が、新しい製品を生み出す原動力になっている。

左から、新事業G 大岸厚文と久野智司、開発G 三浦壮悟
※所属・役職は取材当時のものです
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