物性物理の新大陸

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超高圧の状態に物質を置くと、普段は出さない不思議な顔を見せ始める。幼い頃、宇宙に憧れた研究者は、圧力下の現象を正確に捉える測定手法を携え、超高圧という極限環境に漕ぎ出した。

何をやっても世界初

私たちが生きているこの世界は、「常温・常圧」の環境と呼ばれる。生物はもちろん、多くの物質も、この世界では安定して存在していられる。水は水であり、金属は金属らしい姿を見せる。

もっとも水は0度まで下がれば氷になり、100度を超えれば水蒸気になる。温度の変化とともに、固体、液体、気体と「相」が変わっていく。

圧力を加えることでも物質の性質、すなわち物性は変わる。磁石のような性質が現れたり、電気抵抗が消えたり、常圧の世界では見られない振る舞いを示すことがある。

その高圧の世界に魅せられ、“探検”を続けているのが、東京大学総合研究機構の藤代有絵子准教授(物理工学専攻)である。

藤代有絵子

「装置に試料をセットして、温度と圧力を自由自在に変えられる状態になった瞬間が、もうすごく楽しいんです。『最初、どうしようか』『次、どこへ行こうか』とみんなで相談しながら、温度と圧力を決める。何が起こるかは、行ってみないとわからない。だから、どの一歩もすべてが世界初なんです」

と、ころころと笑う。

世界初を可能にしているのは、藤代准教授たちが磨いてきた測定手法の独自性だ。

藤代准教授は、二つのダイヤモンドの先端で、数十ミクロンほどの試料を挟み、力を一点に集中させて地球深部に迫るほどの高圧環境をつくり出す。

物質の性質が変わるとき、その兆しはしばしば電気の流れ方に現れる。電気の流れ方を測るには、極小の試料に電極をつなぐ必要がある。従来はプリントされた電極に直接試料を押し付けて測定していたが、圧力のかかり方に偏りが生まれ、本来の物性が見えにくくなっていた。

そこで藤代准教授たちは、半導体や材料分析の現場でも使われる微細加工の技術を取り入れた。細く絞ったイオンのビームで、試料を正確に削り、測定しやすい形に整え、そこにイオンビームを用いた蒸着で電極をつなぐ。これであれば、試料をダイヤモンド面に直接押し付けることなく、圧力を媒介する液体の中に浮かせて「よい圧力環境下」で、物質の変化を測ることができる。手先の器用さも求められる地道な作業で、「世界でも数グループしかできないのでは」と藤代准教授は語る。

さらに、赤外線を使って分子の震え方を見たり、強いX線を使って原子がどのように並んでいるかをつぶさに見ていくと、常圧の世界では現れない、物質のもう一つの姿が見えてくる。実際、世界的に注目されている高温超伝導物質を調べた際には、それまで信じられていた構造とは違う姿であることを明らかにし、共同研究者たちと大いに喜んだという。

電子にとっての“大事件”を引き起こす

高圧の世界では、物質の中で何が起こっているのか。

原子は、中心にある原子核と、そのまわりに広がる電子からできている。結晶構造を持つ固体では、原子が規則的に並び、原子と原子の距離もおおよそ決まっている。

そこに圧力がかかると、原子と原子の距離が縮み、電子同士の距離も近づく。すると、あるところで、もとの構造のままではエネルギー的に都合が悪くなり、物質はまったく違う構造へとガラッと変わる。

藤代有絵子

「高温超伝導体など、もともと電子がひしめき合って互いの身動きを気にし合っているような物質では、わずか0.1%の距離の変化も“大事件”なんです」

測定する物質を変え、条件を変えて、まだ誰も知らなかった変化を見つける。それは、超高圧という未踏の世界の「地図」を描いているようでもある。

さらに、“新世界”の発見を常圧の世界へ持ち帰ることも視野に置く。実験に使われる圧力は10万気圧を超えることもある。地下300キロのマントルにも相当するが、物質の元素を一部置き換えることで、原子が窮屈な状況をつくれるという。

「10万気圧くらいなら、常圧に持ってこられるのではないかと私は考えています。いつかは常識を破るような新物質をつくりたい。そのために、極限環境へ行かなければわからない新しい知見を開拓することが、私たちの役割だと思っています」

仲間とともに旅に出る

子どもの頃、藤代准教授は宇宙に夢中だったという。両親に買ってもらった宇宙図鑑のとりこになったが、吸い込まれそうな宇宙の写真に畏怖を覚え、「私がこれから生きる人生なんて、宇宙のスケールで見たら本当に一瞬。そう考えたら、すごく悲しい気持ちになってしまった」と表情を曇らせる。

その悲しさを克服するには、自分自身が宇宙の謎を全部解き明かすしかない。そう思い、宇宙の研究者になろうと東京大学の門を叩いた。

転機になったのは、大学で受けた太陽電池の授業だった。科学を使って人の役に立とうとする研究者の姿に心を動かされ、物理工学の道に進んだ。

物質を合成する研究を選んだが、そこで手に取った「合金図鑑」にある違和感を覚えた。合成を志す者にとって、合金の図鑑は辞書のような存在である。元素と元素を何度で混ぜるとどうなるのか。先人たちの知の蓄積が、そこに網羅されている。

「それを見るたびに、『これって地表の圧力下での話だよね』と思っていました。もっと条件を変えれば、面白いものがたくさんつくれる可能性があるのに、もったいない」

その後、飛び込んだ超高圧環境の世界は、どうやら水が合っていたようだ。

「圧力を変えることは、地球から少し飛び出しているような感覚なんです。極限環境や宇宙を旅行しているような気持ちですね」

物性物理学者となっても、宇宙が好きだった少女の頃の夢が研究を後押ししてくれているようだ。

大学院修了後は理化学研究所で活躍。研究成果が評価され、国立研究開発法人科学技術振興機構らによる若手女性研究者を表彰する「羽ばたく女性研究者賞」で最優秀賞も受賞した。革新的なアプローチに加え、若手研究者の支援が評価されたものだ。

そのリーダーシップを期待され、30代前半にして母校の東大に准教授として迎えられた。

「プレッシャーはあります。大学からのサポートはもちろん、いろんな先生からも応援していただいている。ただ、高温超伝導と高圧の組み合わせは、ここ数年で爆発的な盛り上がりを見せています。そのなかで、日本を率いる研究者として、もっともっと成長していきたい。スタッフや学生も育てて、日本一のチームをつくっていきたいと思っています」

仲間とともに、まだ誰も見たことのない究極の物質を探す旅が始まっている。

※所属・役職は取材時のものです。

藤代有絵子 藤代有絵子
東京大学総合研究機構/大学院工学系研究科物理工学専攻 准教授藤代 有絵子(ふじしろ ゆかこ)

2021年、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。同年、理化学研究所基礎科学特別研究員となる。2024年、同研究所創発物性科学研究センター/開拓研究本部の極限量子固体物性理研ECL研究ユニットリーダーに就任。2026年より現職。専門は物性物理学。超高圧などの極限環境を用い、未踏量子物質の創成と制御に取り組む。2025年度、第4回「羽ばたく女性研究者賞」最優秀賞受賞。

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