日本のクラフトコーラのパイオニアである伊良コーラ。
創業者・コーラ小林さんの冴えわたる勘の源とは-
新感覚のコーラ

いまも昭和の香りを色濃く残す東京・中野。駅前の狭い道の両側に個性的な店が軒を連ねる。そこにクラフトコーラのパイオニア「伊良コーラ」の中野五丁目店はある。オーダーすると、その場でコーラのシロップと炭酸をパウチに注ぎ、仕上げにレモンスライスを1枚。“できたて”のコーラが提供された。琥珀色の炭酸の泡とともにスパイシーな香りが立ち上がり、飲めば、複雑ながらもさわやかな味わいが口の中いっぱいに広がる。やがて、お腹の中がポカポカと温まってくる。
そうでしょう、というように伊良コーラの創業者・コーラ小林さんは小さくうなずくと、こう説明した。
「うちのコーラは、名前の由来になっているコーラの実をはじめ、シナモンやバニラビーンズ、クローブといった十種類以上のスパイスを配合してつくっています。スパイスは漢方でいえば生薬です。生薬は組み合わせることで効能がさらに引き出されます。そのため私たちも、味や香りはもちろん、効能まで考えて配合を決めています」
つまり、伊良コーラはおいしくて“体にもよい”という。コーラといえばどこか背徳感のある飲み物とのイメージがあるが、それとは真逆にある、新感覚の飲み物ともいえる。
とはいえ、どちらもコーラであることも事実。では、そもそもコーラとは何か。
コーラは1886年、アメリカで薬剤師ジョン・ペンバートンが開発した強壮剤が原型だ。ペンバートンの没後、引き継いだ者たちがコカ・コーラ社を設立。1910年頃、秘伝のレシピ開発に成功して大ヒットし、現在に至る。
「コーラの定義は“コカ・コーラのような味と香りがするもの”とされています。つまり、原材料は何でもよいのです」
コーラはつくれる
小林さんがコーラをよく飲むようになったのは、大学生のときのことだ。
「子どもの頃から片頭痛に悩まされていたのですが、コーラが効くと聞き、試しに飲んでみました」
すると、症状が落ち着いた。以来、日常的にコーラを飲むようになった。学生時代、1年間休学してバックパッカーとして世界中を旅した際も、行く先々でご当地コーラを楽しんだ。
社会人1年目、小林さんは運命の発見をする。長らく、コーラができた頃の味は再現できないと言われてきたが、インターネットで「100年前のコーラのレシピ」なるものを見つけたのだ。
「そのとき初めて、最初のコーラがスパイスから抽出した精油や香料を調合してつくられていたことを知りました。ならば、スパイスからコーラをつくれるのではないかとピンと来ました」

勘が働いたのにはワケがある。小林さんの祖父は生薬を加工して漢方問屋に納品する和漢方職人で、小林さんも幼い頃、生薬づくりを手伝ったことがあったのだ。記憶の奥底に眠っていた祖父との思い出が気付きを与えてくれたのかもしれない。
小林さんは興味に駆られ、早速、原材料となるスパイスをかき集め、自宅のキッチンで試作した。
「勘を頼りにつくってみたら、そこそこのものができました。ただし人に飲んでもらうには、もう一息といった感じでした」
出だしこそよかったが、その後はすんなりとはいかなかった。平日の夜や休日を利用し、ときには寝不足になりながら、100回以上試作を繰り返した。しかし、2年半が経過してもなお、何かが足りないという状態から抜け出せないでいた。
それでもあきらめなかったのは、コーラの奥深い魅力に気付いたからだ。
「後々、ペンバートンは漢方の知識をコーラづくりに取り入れていたこともわかりました。西洋のものなのにルーツは東洋にあったり、調合次第で体によいものになったり。コーラには固定観念をくつがえす、芸術に似た面白さがあるのです。こんなプロダクトはなかなかありません」
ブレークスルーのきっかけとなったのは、家族との別れと思い出話だ。和漢方職人だった祖父が亡くなり、遺品を片づけながら思い出話をするうちに、それらをコーラに活かせるのではとひらめいたという。早速、火の入れ方や工程を変えてみると、味も風味も格段に良くなった。
「会社の同僚に飲んでもらったところ、『売ってほしい』と言われ、これならいけると確信しました」
小林さんにしかつくれない、唯一無二のコーラの誕生だった。小林さんは自身がつくるコーラを「クラフトコーラ」と名づけ、2018年7月、「伊良コーラ」を立ち上げた。奇しくも、祖父が工房「伊良葯工(いよしやっこう)」を立ち上げた年齢と同じ、28歳のときのことだった。

イヨシが拓くコーラの新しい世界線
世界を回った経験から、海外でも売れると確信している、と小林さん。着々と海外進出の準備が進んでいるという。
「日本的なもののルーツの多くは京都にあると思いますし、海外向けと考えると京都発と名乗る方が通りがよさそうとも思うのですが、僕は東京出身なので、やはり東京発にこだわりたい。下落合、渋谷神宮前に続き、江戸時代からの歴史と文化をあわせ持つ浅草にも店を構えました。近々、隅田川沿いにファクトリーストアもオープンする予定です」
さらに京都、台北、そしてコーラ誕生の国である米国はニューヨークへの展開を構想する。猛スピードで突き進むが、「機が熟すまでなんて待てません」と迷いはない。
「コカでもペプシでもない存在になりたいのです。僕の気持ちが折れなければ必ずできると信じています。新しい価値観をつくり、飲む人に感動するひとときを感じてほしいのです」
自分の足で立つことにこだわっています―写真撮影の際、カウンターに寄り掛かるポーズを提案すると、小林さんはきっぱりと言い切った。自身で「砂の中の妖精をつかむ」と表現するように、冴えわたる勘に従って行動しているようにも見える。しかし、その根元にあるのは、深い洞察力と経験に裏付けされた揺るがない信念、やり抜く力、そして圧倒的な覚悟だ。

※所属・役職は取材当時のものです。
- コーラ小林(コーラこばやし)
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伊良コーラ株式会社代表取締役。1989年、東京生まれ。幼い頃から生き物が好きで、北海道大学農学部へ進学。大学を1年間休学し、世界一周を敢行。一番印象に残っている国はメキシコ。海外で飲んだ飲料からヒントを得て、コーラをパウチに入れて販売することを思いついた。「伊良コーラ」の屋号は、祖父の工房「伊良葯工」から取っている。
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