サイエンスコミュニケーション分野における研究と人材育成を、島津製作所とともに推進する同志社大学。
桝太一氏は、同大学ハリス理化学研究所の助教としてサイエンスコミュニケーションを研究している。
テレビとアカデミア、双方を知るからこそ見えてきたものとは-
相対的にフラットなメディアになったテレビ
幼少期から昆虫が好きで、自然の仕組みに強い関心を持っていました。大学で生物学を研究したい一心で勉強に励み、東京大学理科二類に進学。大学院でアサリの研究に勤しんだ後、2006年に日本テレビのアナウンサーになりました。退社して同志社大学に勤め始めたのは、2022年のことです。
僕の主な研究対象は、マスメディア、特にテレビにおける自然科学全般に関するコミュニケーションの実情と課題です。これだけメディアが多様化し、オールドメディアとさえ言われることもあるテレビに注目しているのは、私がテレビ局のアナウンサーだったから、というだけではありません。
そもそもテレビとは何だと思いますか。僕は、番組表、つまりプログラムの内容が決まっているものと定義しています。これはSNSとは大きく異なる特徴です。SNSではアルゴリズムに沿ってその人が興味のある情報ばかり流れてくるため、得られる情報も偏ってしまいます。
例えば、情報番組ではアイドルの話題の次に政治や事件の報道が続きます。この「興味の有無にかかわらず見ているだけでいろいろな情報が入ってくる」のが重要です。もちろんテレビ局が多くの情報のなかから選別したものを流すという意味では、ある種のアルゴリズムが存在しますが、SNSに比べテレビは相対的に、均一な情報に触れられるメディアではないでしょうか。
僕が子どもの頃は、よく親から「テレビばかり見るな」などと言われたものですが、一周回って、「ちょっとはテレビを見なさいよ」なんて言われる日が来るのではないか。そう信じて、今日も意欲的にテレビ研究に取り組んでいます。

露呈した科学報道の課題
なんとなくテレビを見ている人も少なくないと思いますが、実はテレビにはコミュニケーションのアイデアが詰め込まれています。そもそも民放テレビ局は広告収入で成り立っています。ビジネスとして何千万人もの人に見てもらわないと成立しないため、実は非常に繊細なコミュニケーションを展開しているのです。
例えば、朝と夜、平日と土日では視聴者層が異なるため、番組制作や編集方針が異なり、それに合わせてアナウンサーの言葉づかいや、テロップの書体や大きさ、映像のテンポなども変えています。
一方で、テレビにおけるサイエンスの伝え方には、はっきりとした課題が存在します。その根本的な原因は、民放テレビ局に科学専門部署がないことにあると考えています。サイエンス関連のニュースは普段報じられる機会が少なくコストパフォーマンスが悪いのです。そのため、サイエンスを取り上げる際、どうしても慣れない人材が担当することも生じます。結果、微妙にポイントがずれた内容を伝えてしまうことも起こりえます。
こうした問題意識を持つようになったのは、2011年の東日本大震災がきっかけです。地震発生直後の4月に、僕が総合司会を務めていた朝の情報番組『ZIP!』が始まりました。開始早々、放射線の報道にも取り組んだのですが、モヤモヤすることも多かったです。例えば、数値の上では問題ないという結果が出ていても、目に見えないものに対する不安をぬぐい切れない人も少なくなかったと思います。より正確に状況を把握してもらうための伝え方の工夫があるはずと思っていたのですが、そのときの僕の立場と能力では、どうすることもできませんでした。
それから10年間、さまざまな経験を積んだ後、報道番組『真相報道バンキシャ!』でコロナ禍を伝えるときも難しさを感じることがたくさんありました。例えば「ワクチン接種者が感染することを指す『ブレイクスルー感染』が増えている」と、単に感染者の「数」の増加を示すグラフを出す話になったのですが、ワクチン接種者、つまり母数が増えたのだからブレイクスルー感染の「数」は増えて当然。母数に占める「割合」で見ないと、本当に増えているかはわからないはずです。ところが、やや複雑な伝え方になることもあり、なかなかそこの考え方を共有できず、制作会議で多くの議論を交わしながら適切な伝え方を模索しました。
こういう考え方は、理系のバックグラウンドや、普段から数字に触れる機会が多くないと、意外と思い浮かばないものです。テレビはもう少しサイエンスの伝え方に慣れた人材を増やしていくべきだと思った出来事でした。
研究と実践の両輪を回す
こうした問題意識が研究対象になると知ったのは、2015、6年頃のことです。大学在学中にお世話になった東京大学の石浦章一名誉教授に「サイエンスコミュニケーションという学問領域があるよ」と教えていただいたのです。そこから、石浦先生の元を訪れる機会が多くなり、この学問を研究してみたいという思いが募っていきました。
またその頃、テレビ局でいわゆる管理職になったこともアカデミアへの転身を後押ししました。いつまでも現場にいたいと思っていても、社歴が長くなると、そうもいかなくなります。でも、やっぱりサイエンスの現場にかかわる仕事がしたい。限られた自分の人生の時間をやりたい仕事に注ぎたい。そう強く思うようになりました。
決定打となったのは、自身の立ち位置の珍しさに気付いたことです。かっこよく言えば、サイエンスコミュニケーションの世界で、「サイエンスとテレビとの間にちょうど立てそうな経歴の人」は、いまの日本には僕以外にあまりいなそうだ、ならば、チャレンジしてみる価値はあるのでは、と思い、アカデミアへの転職に至りました。
とはいえ、テレビから完全に離れたわけではありません。今も『真相報道バンキシャ!』や『ザ!鉄腕!DASH!!』をはじめとした番組に携わりながら、大学での研究で得た知見を番組づくりに落とし込もうとしています。
この取材を受ける数日前、「世界初『完全養殖』のウナギ、試験販売へ」というニュースを放送しました。通常なら、つい「これでうなぎが安く食べられる」という視点で報道しがちですが、自身が大学院で学んだ保全生態学の観点からは、天然資源保全の一環であることこそが本質。同時に、基礎研究の大切さを伝えるチャンスだとも思い、その両方をバランス良く入れ込んだ報道の仕方をスタッフと一緒になって考えました。プラス、実際に食べて「おいしい!」という親しみやすいパートも入れて、一本のニュースにしました。おかげさまで視聴率も良かったんですよ。サイエンスの観点から外せないポイントを入れつつも、テレビならではの見せ方を組み合わせれば、より多くの視聴者に適切な情報を届けられると確信できた仕事でした。
このように科学者とテレビがお互いの強みを合わせれば、もっといいサイエンスコミュニケーションができるだろうと思っています。

逆算のコミュニケーション
ところがいまの日本では、テレビと科学者の分断が進んでいるのではないかとの懸念も抱いています。その一因には、SNSや動画配信で科学者個人が伝えたいことを伝えたいように発信できる、テレビを必要としない、という時代の変化もありそうです。でも、実際その情報は誰にどれくらい届いているのか、客観的に考えてみてほしいとも思っています。例えば、YouTubeで科学関連動画が10万回再生されたとします。数としては大きく感じてしまいそうですが、テレビの視聴率でいうと、0.1パーセント単位に過ぎません。実は社会全体からすれば、ほとんどの人に届いていない、と判断せざるをえない数字です。
では、科学をより多くの人に伝えるために発信者が意識すべきことは何でしょうか。僕は、オーディエンスが知りたいことから、伝えるべきことを導き出す、という発想の順番だと思っています。「逆算のコミュニケーション」と呼べば良いでしょうか。これが、できていそうで、できていないのです。
理想は、科学者が自身で逆算のコミュニケーションができることです。実際、世界で初めてiPS細胞の作製に成功し、ノーベル賞を受賞された京都大学の山中伸弥教授はうまく実践されていますし、トレーニングと経験を積めば多くの科学者ができるようになると思います。とはいえ、日々の研究と同時進行となると負担が大きすぎるとも思うので、そこにサイエンスコミュニケーターの出番があると思っています。
サイエンスコミュニケーターとは、科学者とほかの科学者や企業、一般の方などとの間に立って、必要に応じて橋渡しする役割を担う人材のことです。実際、僕もよく科学者から「広く市民に伝えるにはどうすればいいか」と質問を受けます。でも、「広く市民」という言葉自体の解像度が低いので、「もっと相手の解像度を上げましょう。このシンポジウムは誰に届けたいですか?」と聞きます。その答えが中高生なら例えば文化祭の振替休日を狙って、主婦なら平日昼間か祝日に、というように、開催時間も場所も内容も変わってくるはずです。
いわゆる「いますぐには役に立たない」研究、つまり基礎研究を伝える難しさもよく話題に上るのですが、僕は基礎研究を伝えるコミュニケーションの目的は二つだと思っています。一つは、国の税金を使っているならば社会への恩返しとともに応援し続けてもらえる存在を目指すため、もう一つは、いずれ基礎研究を担ってくれる若手を育てるためです。
目的から逆算すると、前者の場合は必ずしもこと細かに研究の中身を伝える必要はないということにもなります。それよりも、研究のヒューマンストーリーや、研究者が夢中になって取り組む姿など、別の視点から伝えることで目的が達成される、つまりコミュニケーションは立派に成立するはずです。
あるべきコミュニケーションの形を求め
僕の最新の研究テーマとして「科学・科学者へのトラスト(信頼)」にも注目しています。ひと昔前のサイエンスコミュニケーションでは、「一般の人が科学的な判断をしづらいのは科学の知識がないから」という考え方が主流でした。しかし、欧米の先行研究ではすでに「人は知識さえあれば科学的な判断をするとは限らない」ということが明らかになりつつあります。そして、知識より有効なものとして注目されているのが「トラスト」です。
科学者へのトラストを形づくっているものはまだ明らかになっていなくて、僕も日本での調査研究の準備を進めているところです。それは研究の質よりも科学者の人間的な部分になってくるのではないかと考えています。
例えばノーベル賞の報道で、受賞者のご家族や地元の同級生、いきつけのお店を取り上げたりしますよね。あれが好ましくないという受賞者は多いようで、ご本人のお気持ちは非常によくわかるのですが、世間は難しい研究内容よりも、その科学者がどんな人物で、信頼に値するかどうかを知りたいのかもしれません。コミュニケーションの目的が、科学の知識を広めるだけではなく、科学者への信頼を形づくるという目的だと考えて逆算するならば、今のノーベル賞報道の全てが必ずしも間違っているとは僕は思いません。研究活動を市民の皆さんが文字通り支えてくれているのならば、それもまた必要なコミュニケーションの一つではないでしょうか。
とはいえ、日本におけるメディアと科学者のあるべきコミュニケーションの形、適切なバランスについて、まだ確たる答えを持っていません。でもいつか良い選択肢を提示できるよう、これからもテレビとアカデミアの最前線で探り続けていきます。

※所属・役職は取材当時のものです。
- 桝 太一(ます たいち)
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同志社大学ハリス理化学研究所専任研究所員(助教)。1981年、千葉県生まれ。2006年東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。同年、日本テレビ入社。2022年、日本テレビを退社し同志社大学へ。共著に『コロナ禍、誰が何を伝えたか』(東京化学同人)、著書に『桝太一が聞く科学の伝え方』(同)など。
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