シリーズあしたのヒント言葉の“向こう側”にある思いを掴む

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部下の本音がわからない。伝えたつもりが伝わらない。
コミュニケーションを学ぶ機会は多いのに、実践に移すとうまくいかない。
そんなマネージャーの悩みを、言葉を扱うプロ・田中慶子さんが、同時通訳とコーチングの視点からひも解く。

言葉の意味はいつも同じではない

多様なバックグラウンドを持つメンバーが集うチームでは、リーダーの言葉の届き方も一様ではない。価値観や経験の違いによって、同じ言葉でも受け取り方は変わる。そんなコミュニケーションの難しさに悩んでいるリーダーは多いことだろう。

ただ、同時通訳者として政治家から経営トップ、アーティスト、スポーツ選手まで幅広い著名人の通訳を担当し、コーチングのスキルを活かしたサポートも行っている田中慶子さんは「どんなに自信満々に見える大企業のトップでも、悩んでいないリーダーはいません」と話す。「かつては“答え”を持っていて教えてあげられるのが良い上司とみなされていた時代もありましたが、いまは社会の変化が激しく、正解が一つではない時代。そんななかで仕事を進めていくのですから、互いの考えや前提をすり合わせるコミュニケーションが重要なのです」

同時通訳とコーチングは職種としては異なるが、言葉を通して行うものだけに共通している部分も少なくないのだと田中さんは言う。

田中慶子

「どちらの仕事でも私が大事にしているのが言葉の“向こう側”にあるものです。その言葉を通して何を言おうとしているのか、どのような思いからその言葉が出てきたのか、ということを常に考えるようにしています」

言葉は、その人の置かれた立場や役割、状況などによって意味するところは変わってくる。同時通訳では、それを話す人の立場や声のトーン、前後の文脈などから瞬時に判断して、選ぶ言葉も変えているのだという。そのために、通訳が必要とされる現場以外でもクライアントとコミュニケーションを深め、対話を重ねることでその人がどういう背景を持ち、どういう考え方をするのかを理解することに努めているとのこと。NPO職員などを経て同時通訳の道に進んだ田中さん。これまで多様な経験を積み重ねてきたからこそ、相手の背景に目を向けることを大切にしており、それが著名人をはじめ多くの方からの信頼につながっているのだろう。

田中さんはこう続ける。「場合によっては、言葉を発した本人が、自分の思いや考えを十分に説明できていないことがあります。だからこそ、言葉の“向こう側”にあるものへの意識が大切なのです」

対話の第一歩は相手に向き合うこと

言葉の向こう側にある“本当に言いたいこと”を引き出すために、田中さんが心がけているのが、目の前の相手にしっかり向き合うことだ。同時通訳の仕事では、2人の対話の間に入ることになるが「話者同士が相手を見ていない」と感じることが少なくないという。

「コミュニケーションしている相手を理解しようとすることが一番大事だと思うのですが、緊張する場面だったりすると“次に自分が何を話すべきか”や“どう見られているか”に意識が行きがちな人が多いです。限られた時間のなかだけでは相手のことを全て理解することはできませんが、まず向き合って相手をできるだけ理解しようと努めることが大切だと、自戒も込めて考えています」

田中さんがコーチングの勉強を始めたのは、通訳の合間の時間にクライアントとの対話を重ねていると、さまざまな相談を受けることが増え「少しでも何かサポートできれば」と考えたことがきっかけだった。「通訳は部外者であるがゆえに、利害関係もなく、また守秘義務があり、話の内容が外に漏れることはないので、相談しやすいという面もあったと思います」と話すが、相手と真摯に向き合う田中さんの姿勢を感じ取られたからこそだろう。

そしてコーチングの場面では、意外なことに“アドバイスはしない”ことを徹底しているという。“答えはその人のなかにある”という考え方が原則にあるためで、対話を通して相談者自身がその答えにたどり着くことを目指す。自身で問題の在りかや解決方法に気付くことで、確固たる主体性が生まれ、モチベーションを高く保ち続けるようになるのだという。

部下との1on1ミーティングの場面で、“次に何を話すか”に気を取られたり、ついアドバイスに終始してしまいがちなマネージャーにとって、参考になる考え方だ。

コミュニケーションに絶対的な正解はない

コーチングの仕事のなかで企業のダイバーシティ推進プロジェクトにも関わる機会が多いという田中さん。「誰もが自分らしく、安心して働くためにも、取り組むことは大切」としながらも、「簡単なことではない」とも話す。

田中慶子

「会社から言われたからやるのではなく、多様性は必然であり、それを大切にしたいと考える、その覚悟が問われていると思います」

簡単に答えの出ない課題だからこそ、対話を通じて答えを模索し続ける姿勢が問われることになるだろう。

一方で「リーダーとして決断しなければならないときもある。周りの声に流されず、自分たちはどうすべきかという本質に立ち返り、自分の言葉でビジョンを語る。その姿勢こそが仲間の心を動かすのです」と言葉を続ける。周囲との対話を大切にしつつ、重要な局面ではしっかりと言葉で道筋を照らすことが、リーダーに求められているということだ。

AIの普及が進み、誰もが簡単に“答え”を求めがちな時代になっているが、コミュニケーションの理想形は受け手によっても異なるので、絶対的な“正解”は存在しない。「通訳の仕事を始めて25年ほど、コーチングでも言葉を扱っていますが、未だに言葉について悩み続けていますし、考え続けています。でも、それが面白いことだとも感じています」と、田中さんは柔らかな笑顔で話してくれた。

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この記事の編集こぼれ話「言葉の奥深さに触れて」

※所属・役職等は取材時のものです。

田中慶子 田中慶子
同時通訳者・Art of Communication代表 田中 慶子(たなか けいこ)

愛知県出身。高校時代に不登校を経験、卒業後に渡米しアメリカのマウント・ホリヨーク大学を卒業(国際関係論専攻)。帰国後は衛星放送、外資系通信社、NPO勤務を経て同時通訳者となる。天皇皇后両陛下(当時)や総理大臣、ビル・ゲイツ、ダライ・ラマ、テイラー・スウィフトなどの通訳を経験。2010年、コロンビア大学にてコーチングの資格を取得し、コーチングの分野にも活動を広げている。2023年より倉敷市の大原美術館理事も務める。著書に『不登校の女子高生が日本トップクラスの同時通訳者になれた理由』(角川アスキー総合研究所)、『言葉にすれば願いは叶う 私に勇気をくれる英語フレーズ』(婦人之友社)などがある。

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