光で未来を拓く

  • LinkedIn

レーザー光を使ってDNAやタンパク質、細胞などを集める。
そんな技術が注目されている。
医療や環境分野などで幅広い可能性を持つ「光誘導加速システム」とはどんなものなのか。

光の力で物質を濃縮

私たちを照らし、生活に欠かせない光。人間が物を見ることができるのは光が反射しているおかげだが、じつは光には物質を動かす力もある。

飯田琢也

「光は電磁波の一種であり、粒子(光子)として量子力学的な性質も持っています。光は進む方向に対して運動量を持っていて、物体に当たって吸収・散乱されるとその運動量が物体に乗り移ることになります」と話すのは大阪公立大学大学院理学研究科の飯田琢也教授。世界初の光誘導加速システム(LAC–SYS/ラクシス)に関する研究機関LAC–SYS研究所の所長も務めるこの分野の先駆者だ。

「光の力を使って宇宙を航行する技術を実証した例がJAXAの実証機IKAROS(イカロス)です。ソーラーセイル(太陽帆)で太陽光を受けて加速する航法を実証しました」

ちなみに、人間が太陽光を受けても動かないのは、光を受ける表面積に対して質量が大きいためだ。そのため、1辺10メートル以上の太陽帆は質量を小さく、表面積を大きく取るため非常に薄くつくられている。

「また、光は焦点の付近に物体を引き寄せる力もあります。これは光の波動性を利用したもので、波長の長短によって原子やその集合体であるナノ物質に働く力の方向をコントロールできます。さらに光には、ナノ物質を構成する原子を振動させて熱を発生させ、周りの液体中に対流を起こす性質もあります。レーザー光を照射することでこれらの力や対流を利用し、ナノサイズの生体物質であるタンパク質や遺伝子を光濃縮して反応を加速させる技術がLAC–SYSです」

光の波長や振動方向(偏光)を変えることでさまざまなナノ物質の運動を選択的に制御できるということは、飯田教授が学位論文で理論的に予言してきたことだが、独立したラボを持ってからは金属ナノ粒子を光の力で集めると光散乱が増大する新現象を理論的に予言し、自ら実験系を構築して実証したという。

「理論による仮説を、どうやったら実験で証明できるだろう? と考えていた際に、ナノ粒子を光の力で捕まえる実験をしていた大阪大学時代の先輩でもある伊都将司先生とJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)のプロジェクトで再会し、バイオ分析化学が専門で電気的遺伝子検査法を開発していた同僚の床波志保先生(現在LAC–SYS研究所・副所長)との議論を通じてDNAを修飾した金属ナノ粒子を使った実証実験を着想しました。 お二人とも物理・化学・生物の分野を超えた共同研究者であり、理論物理が専門だった私にとっては実験の師匠でもあります。また、分野を超えた自由な着想ができたのは学生時代の理論研究の恩師のおかげだと思っています」

この共同研究が、現在LAC–SYS研究所で行っているDNAや微量タンパク質の検出検査の研究につながっているとのこと。光濃縮で生体の抗原抗体反応を加速させる研究では、レーザー光を3分間照射することで2京(1京は1016、「1兆」の1万倍)分の1グラムの標的タンパク質を検出することに成功している。これは、従来のタンパク質検査技術の約100倍の感度と速度だという。

早期診断のきっかけに

生体のタンパク質を超高感度で検出できるということは、がんや認知症、感染症などの早期診断を可能にすることにつながる。それも、検査はノートPCサイズの装置で行うことが可能で、検出に必要とする時間も圧倒的に少ない。

「タンパク質はDNAと違い、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法のように増幅することができません。ですが、LAC–SYSであれば極微量のタンパク質を濃縮して高感度に検出可能です。また、同じ装置で抗体を含む試薬のカートリッジを入れ替えれば、新型コロナのような感染症やがん、認知症などさまざまな病気に対応できます」

飯田琢也

装置がコンパクトであるだけでなく、導入コストや試薬などのランニングコストも従来の検査システムに比べて一桁小さく抑えられる。サンプルは微量で済むため、わずかな血液はもちろん、将来的には汗や唾液からも高感度での検出が可能だ。飯田教授は「ゆくゆくは一家に一台置いてもらえるようにしたい」と期待を口にする。

もともとは金属や半導体などの電子材料分野を得意としていた飯田教授が、生体や医療のライフサイエンス分野での社会実装を目指すようになったのは、自身の経験がきっかけだった。

「7年前に人間ドックで悪いものができているのが見つかりました。幸い手術により摘出できたのでいまは元気ですが、早期診断の重要性を痛感しました。身近な者にがんや認知症の患者もいて、病気で苦しむ人たちのお役に立ちたいと考えるようになりました」

将来的には装置をより小型化し、持ち運び可能なものやウェアラブル化なども視野に入れている。これらが実現できれば、汗や唾液からバイオマーカーとなるタンパク質を検出し、クラウド上のビッグデータとリアルタイムに照合するという使い方も可能になるだろう。低コストでの新薬開発や、特定の細胞だけにピンポイントで薬を届けるといった使い方も期待できる。

「LAC–SYSでこれまで測れなかった微量バイオマーカーの数値をデータベース化し、病気になる手前の“未病”状態の数値化を実現して日常的なバイタルデータ収集ができれば健康長寿に貢献できるでしょう」

新たな社会へ

もちろんLAC–SYSが活用できるのは医療分野に限らない。食品の検査や環境分野での汚染物質の検出・浄化、エネルギー生産などにも応用できる。

「細菌などの微生物を濃縮して集めることも可能です。床波副所長の研究では、水を浄化しながら発電するような微生物を集めて環境浄化型微生物発電も推進しています」

現在、島津製作所との共同研究で取り組んでいるのが、LAC–SYSで細胞間の情報伝達を担う細胞外小胞(エクソソーム)の濃縮・捕捉を行った後にICP–MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)でより高度な分析を行うというもの。光濃縮で抗体を集め、そこに選択的に付着するエクソソームも光濃縮することで従来の数百から数千倍の高感度でICP–MSでの測定に成功した。より簡便に分析を行うために、分析装置にLAC–SYSをモジュールとして組み込むことも視野に入れている。

「LAC–SYSはさまざまな分析装置をグレードアップする可能性を秘めた技術だと思います。人類の健康や地球の環境を守るために、オールジャパンの産学官民共創で世界をリードしていきたいと考えています。そして、本研究を陰で支えてくださっている国民の皆さま、 研究所メンバー、家族への感謝を形にしたいと思っています」

科学技術に新たな光が差し込んでいる。

関連リンク
この記事の編集こぼれ話「光の力」

※所属・役職は取材当時のものです。

飯田琢也 飯田琢也
大阪公立大学大学院理学研究科 教授
LAC-SYS研究所 所長
飯田 琢也(いいだ たくや)

兵庫県出身。2001年大阪大学基礎工学部電子物理科学科物性物理学コース卒業。2004年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻博士後期課程短縮修了。JST-CREST研究員を務めた後、2006年より大阪府立大学(現、大阪公立大学)に勤務。2017年よりLAC-SYS研究所の所長を務める。JST未来社会創造事業・研究開発代表者。専門分野は生体光物理、量子生命科学、光物性理論など。

この記事をPDFで読む

  • LinkedIn

記事検索キーワード

VOL.54その他の記事

株式会社 島津製作所 コミュニケーション誌