島津製作所が2025年9月に発売した複合劣化促進ユニット「CDAS-1000」。
材料の自然環境下における劣化を評価する世界初の前処理装置はどのような経緯で生まれたのか。その過程を追う。
新たな市場を開拓する
「こんな製品があったらどうですか?」
分析計測事業部技術部新事業開発推進グループの長谷川雪憲は社内外で声を掛けて回っていた。

“こんな製品”とは、素材の劣化を促進する装置。屋外で使用する塗料や樹脂などの素材メーカーでは、製品の耐久性や寿命を予測するために耐候性を評価する試験を行う。太陽光などの自然環境下で劣化させる屋外暴露試験と呼ばれる手法や、劣化を促進させる機器を用いた促進耐候性試験が一般的だが、前者は数年〜数十年、後者でも数千時間というタイムスパンを要する。加えて、促進耐候試験機は大掛かりで設置できる場所に制限がある。
「より短時間で劣化を促進できる装置、そして劣化の状態を分析できるシステムがあれば活用できる幅は広いはずだと考えました。化粧品メーカーなどでは製品を窓際に数か月置いて、変色を見たりにおいを嗅いだりという、人による評価も行っていますから。劣化の際に発生するガスを捕集してガスクロマトグラフ質量分析計(GC–MS)などで分析するシステムはニーズがあるはずだと思いました」(長谷川)
開発のきっかけは当時の事業部長から打診されたことだった。その頃はマイクロプラスチックによる環境汚染の問題が注目されるようになってきており、プラスチック製品が劣化して細かく分解することによってマイクロプラスチックが生まれる過程についての分析にも活用することを視野に入れての依頼だったようだ。
過去には装置の原型となるものもあった。2012年に外資系素材メーカーとの共同研究で試作されたものだが、すでに写真しか残っていなかったという。プロトタイプをつくりながら、どういった業界でニーズがあるのか、どのようなシステムが求められているのかをヒアリングする日々が続いた。
「スタートアップで言う“事業計画”をつくる段階です」と話す長谷川は、副業として複数社の経営を手掛け、スタートアップ支援事業にも長く関わってきた。スタートアップが資金を集めるためのポイントは“事業計画”と“チームビルディング”にあることを熟知していた。
さまざまな業界でヒアリングを続けていくなかで、ターゲットとなる市場が見えてくるようになる。
「促進耐候試験機のユーザーのなかには、劣化によって素材から発生するガスまで分析したいと考えている方もいることがわかりました。特に素材メーカーの研究開発分野で、劣化の過程を分析するニーズがあったので、そこがメインのターゲットになると考えました」(長谷川)
学会発表で協力者を集める
試作機が完成したのは2021年のこと。担当したのは、技術部で長年新規開発などを行ってきた小田竜太郎だ。「技術的にはそれほど難しいものではなかった」と話すが、新たな市場の開拓を目指す製品だけに、実際の現場で使ってもらった上でフィードバックを得ることが不可欠。完成した試作機は塗料メーカーをはじめ、いくつかの素材メーカーに貸し出され、フィードバックをもとに改良されていった。

「塗料メーカーには塗膜の状態や劣化の過程を見たいというニーズがありました。そのため、捕集したガスを分析できるという独自機能を評価してもらえました。試作機は劣化を促進する光源がUV(紫外線)のみでしたが、製品には太陽光の波長全域を再現できるキセノン光源も追加することになります。これは試用して頂いた方々の声を反映したものです」(小田)
製品として完成した「CDAS-1000」には、二つの光源に加えて、温度や湿度という自然環境下で想定される負荷を与えられるようになっている。湿度を加えられるようにしたのも、湿度の違いによって発生するガスが異なることがわかったからだった。試料は10×50ミリメートルで厚さ3ミリメートルまでのものを測定することができるが、この点も塗料の成分だけでなく、実際に塗料を塗った状態で分析したいという塗料メーカーのニーズと合致していた。
メーカーでの実地試験と並行して、その結果をもとにした論文を執筆し、学会で発表する活動も進められた。「顧客や協力者を見つけるために非常に重要な活動でした」と長谷川は振り返る。コンセプトを示し、共感してくれる人を募るクラウドファンディング的な活動でもあった。医学博士の学位を持ち、学会での発表経験が豊富な長谷川の強みが活かされた場面でもあった。
社内に強力な助っ人
事業化のためには、社外の顧客や協力者に加えて、製品化の受け皿となる社内のビジネスユニットも探さなければならない。冒頭に挙げた言葉を、長谷川は社内でもさまざまな部署に掛け続け、ついにGC・TAビジネスユニットでの製品化が決まった。2024年のことだった。
同時に、月に1回のペースで学会発表を行い、顧客のヒアリングに社外を駆け回っていた長谷川たちに強力なチームメイトが加わる。管理部門で長くプロジェクトマネジメントを経験した後、新事業開発推進グループにやってきた加藤裕樹だ。

「毎週の部内定例会で長谷川さんたちのやっていることは耳にしていました。貢献できることがありそうだと思っていたので、声を掛けられたときは嬉しかった」と加藤は振り返る。
管理部門では事業部の支援や工場の立ち上げなどを担当してきただけに、加藤は会計業務に強く、社内の予算計上の流れも熟知している。チームにCEO(最高経営責任者)的な立場の長谷川、CTO(最高技術責任者)に当たる小田、そしてCFO(最高財務責任者)といえる加藤の三人が揃ったことで、プロジェクトは急速に実現に向けて動き出して行く。
「私は外に出ていることが多かったので、加藤さんが社内で着実にプロジェクトを進めてくれるのが非常に心強かった。一気に進行が早くなりました」と長谷川は回想する。
とはいえ、社内でもスムーズにことが進んだわけではなかった。長谷川も小田も「早めに製品を出して市場の反応を見たい」と考えていたが、「島津製作所は製品の性能や品質だけでなくデザインも完璧に仕上げたものを市場に出すスタイルを続けてきました。そのなかで新しい市場の扉をノックする製品というのは珍しく、理解を得るのには時間がかかりました」と加藤は話す。
新しい市場を開拓する製品は、完璧につくり込むよりも早めに市場に出してフィードバックを集めることが重視されるが、島津製作所ではそうした製品の例があまりない。いままでの企業風土との相反を乗り越える必要があった。
「研究開発部門をおもなターゲットとする製品で、ユーザビリティをどこまでつくり込むのかという部分ではだいぶ社内で調整が必要でした。例えば、近年はタブレットのような操作パネルが増えていますが、この製品の場合はキッチンタイマーのような操作性の方が合っていたりする。そういう話し合いを続けるなかで、徐々に理解を得ていきました」(加藤)
理解が得られてくると、各工程の担当者が「ここは省いてもいいのでは」とアイデアを出してくれる場面も増えていった。時間はかかり、発売も当初の予定より約6か月遅れることになったが「社内のみんなで同じ方向を向けるようになったのがよかった」と加藤は振り返る。製品が発売された後は営業チームからも「こういうお客さんはどう?」という提案も届くようになっているという。
長谷川が重視する“事業計画”と“チームビルディング”という二つの成功要素が揃ったことで事業化できた製品といえるだろう。
社内外に新風を巻き起こしながら世に出ることとなった「CDAS-1000」。市場を開拓するという位置付けの製品だけに、今後はユーザーからのフィードバックを得ながら育てていくフェーズに入る。

「いまの段階では研究開発部門で利用されることが多いと思いますが、活用できる範囲は広いと考えています。疑似的な太陽光だけでなく、温度と湿度を制御して劣化の過程を分析できるので、漆塗りなど伝統工芸の世界でも使って頂けるのではないでしょうか。研究開発だけでなく品質保証や食品などの分野で活用してもらうためには、ISOやJISの取得が不可欠ですが、それができればさらに多くのお客様に使って頂けると思います」と長谷川は今後の展開に期待を膨らませる。
現在は営業チームへの説明会を繰り返しながら、促進耐候試験機との相関性の確認を進めるなど忙しい日々を送っている三人だが、「新しい市場を開拓するのは楽しい」と口を揃える。社内外の壁を越えて新たな製品を送り出したチームは、さらに大きくなりながら新たな市場を切り拓いていきそうだ。

(右から) アナライザーG 小田竜太郎、新事業開発推進G 長谷川雪憲と加藤裕樹
※所属・役職は取材当時のものです
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