職場でポジションアップしたのに、自信が持てない。責任ある仕事を任せたいと言われたのに、「自分にはそれほどの能力はない」と思ってしまう。そんな気持ちが続いてしまうのは、インポスター症候群かもしれない。まだ馴染みのない言葉だが、どんな症状でどのように対策すればいいのか?その道のエキスパートに聞いた。
周囲を“騙している”と感じてしまう心理状態
インポスター症候群と聞いても耳馴染みのある人は少ないだろう。インポスターとは“詐欺師”や“偽物”を意味し、当事者が「人を騙しているような気持ち」になることから名付けられている。具体的には出世やステップアップなどポジティブな変化に対して「自分の能力以上に評価されている」と感じてしまい、周囲と自己の評価が乖離してしまう状態。周囲の評価を信じることができずネガティブに捉え、意欲やエネルギーの低下などが生じるものだ。
「インポスター症候群の概念は、1978年にアメリカの心理学者スザンヌ・アイムスとポーリン・クランスによって初めて報告されました。生涯で一度は経験する人が7割に及ぶと言われ、エマ・ワトソンさんやミシェル・オバマさんなど『社会的に成功している』と思われている方々も経験を告白しています」と語るのは、公認心理師で『インポスター症候群 本当の自分を見失いかけている人に知ってほしい』(法研)の著者でもある小高千枝さん。
「インポスター症候群の難しいところは、周囲から見るとステップアップしている良い状態にみえるのに、本人にとってはその変化に付いていけず自分自身を見失ってしまっているところです。周囲のサポートがあっての成果であり、自分の実力ではない、などと自分を過小評価してしまうのです。さらに、リーダーになったら完璧でいなきゃ、仕事ができる人はこういう人だ、と固定観念に縛られていることもインポスター症候群に陥ってしまう原因の一つで、これらのことは周りに相談しにくい場合も多いですね」
女性が陥ることが多いとされているが、男女ともになる可能性があるため、性別や立場を問わず、まずはその存在を知っておくことが大切だ。
インポスター症候群を未然に防ぐことが一番
もし部下を責任あるポジションに抜擢したときにインポスター症候群と思える状態ではないかと感じた場合、どのように対応すればいいのだろうか。
「そもそも相談しにくいものなので『何かあったら言って』という待ちの姿勢ではなく、日頃から小さなことでも相談できる安全・安心な関係性をつくっておくことが大切です」と小高さんは話す。
本人と周囲の評価のギャップが大きくなる前にすり合わせを図り、未然に防ぐことが重要だという。その上で、もし部下から「自分はそこまでの人間ではない」というような相談を受けたなら、まずは「受容と共感を示すこと」が第一だと言葉を続ける。
「どうしても『そんなことない、自信をもって』と言いたくなってしまいますが、それは逆効果です。相談した人が『自分の気持ちを受け止めてもらえる』と感じられる“安全な人”になることが大切なので、まず相手を受容した上で、なぜそのように感じるようになったのかに耳を傾ける。そして、自分の考えるその人の“真価”を言語化して伝えることがポイントです。インポスター症候群は自尊心や自己肯定感が低くなっていることが、根本の原因にありますので、気持ちに寄り添いながらも次の行動を一緒に考え、背中を押し、見守る。これが安全・安心な関係性をつくる上でも必要なのです」
その上で、一例として自身の経験を自己開示できればなおよい。逆によくないのは、自分の経験談を押し付けたり、「これはダメだ」「こうしなければならない」という“禁止令”を出してしまうことだという。
「こうでなければならない、と思うことが本来の自分とのギャップを広げてしまいますから。禁止令にがんじがらめになってしまうことは、インポスター症候群を助長してしまいます」
チームリーダー自身が安定していることも重要
じつは、マネージャー自身のインポスター症候群も課題となっている。マネージャーがいつでもすべてを受け止めなければならないという体制も、チームとしてパフォーマンスを発揮するためにはよくないという。
「マネージャー自身が安定している状態でないと、部下の言葉を受け止めることはできません。完璧なマネジメントを目指すのではなく、むしろ『マネージャーたる者はこうでなければ』という思い込みを捨てることが大切です。『今日は疲れている』と思ったら、その自分を認め、一息入れましょう。マネージャーなど立場が上にいくほど周囲に相談することや、成果を褒められることが少なくなるため、自尊心が保ちにくくなってしまうんです」
そのため、自分自身の状態や成し遂げてきた成果、今ある課題について、自分に目を向ける時間をつくることが大きな意味を持つ。その際には、仕事の成果だけでなく、家庭やプライベートで果たしている役割についてもきちんと認めてあげることが大切だと小高さんは強調する。
「日本の会社は仕事とプライベートを分けてしまいがちですが、一人の人間としてそこは不可分。プライベートの充実があってこそ仕事もできるようになりますし、家庭に問題があれば仕事にも影響します。その上で、自分を認めてあげる時間を、できれば週に1回、最低でも月に1回は持つようにしてください」
その際、自身の気持ちや状態を言語化することが一番だが、画用紙などに色付きのペンで心の内にあるものを表現することも有効だという。
「太さや色の違うペンを用意し、思いのままに今の自分を表現してみましょう。終わった後はビリビリと破いてしまっても構いません。身体動作を伴うことで、心がスッキリするという効果もありますし、表現することで心の状態に気付くこともできます」
マネージャー的な立場になると、自分のための時間をつくることを後回しにしてしまいがちだが、自分に向き合う時間を設けることが自身のインポスター症候群を防ぐことにつながる。チームメンバーに対し、仕事やプライベートで抱えている課題も開示できれば、“安心して自己開示のできる居場所”というイメージを構築することになるだろう。
コミュニケーションに余白を設けること
近年のSNSの普及も、本当の自分とSNS上の自分に乖離を生じさせ、インポスター症候群の引き金となることがあると小高さんは分析している。リアルなコミュニケーションの機会が減るリモートワークにも、同様の影響を生じさせる可能性があるという。
「リモート会議が増え、雑談をする機会が減ったことでコミュニケーションの余白がなくなり、仲間や自分の今がどうなっているのかがわかりにくくなってしまいます。リモートでも、コミュニケーションに余白を設ける工夫が欠かせなくなっています」
ここでいう余白とは、相手を知る時間ともいえる。例えば、リモートであっても会議が始まる前や後に5分程度の雑談時間を設けたり、チャットで用件だけ送るのではなく電話やオンライン通話でちょっと会話するなど。相手の声のトーンや表情など、ふとした会話だからこそ相手の新しい面やいつもとの違いに気付くこともあるのだ。このコミュニケーションの余白でも大切なのは、仕事の話だけでなくプライベートなことや、個人的なことまでわけ隔てなく話題にすることだ。
「ビジネス上のチームであっても、結局は人と人とのつながりですから。全員と友達になる必要はありませんが、この人と何かを成し遂げたい、一緒に働きたいと思えるつながりが大切です」
インポスター症候群という耳慣れない名称ではあるが、具体的な対処法に目を向けると、基本的な人間関係の構築という身近なテーマが鍵を握っているようだ。
※所属・役職等は取材時のものです。
- 公認心理師・メンタルトレーナー・コーチ小高 千枝(おだか ちえ)
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幼稚園教諭として勤務していた際に虐待やネグレクトを受けている児童、発達障がい児との関わりを通して心理カウンセラーを志す。その後、一般企業にて人事、秘書、キャリアカウンセラーを経てメンタルヘルスケア&マネジメントサロンを開業。モラルハラスメント、DV、対人コミュニケーションなどの個人カウンセリングのほか、企業におけるセルフマネジメントのサポートや講演なども行っている。近著に『インポスター症候群 本当の自分を見失いかけている人に知ってほしい』(法研)がある。
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