80歳を超えてなお、現役の映画字幕翻訳者として第一線を走り続ける戸田奈津子氏。
幼少期から多くの作品に触れ、そして携わってきたからこそ見える、今の日本の姿とは。
自分の基準を持っているか
9歳で太平洋戦争の終戦を迎え、以来、88歳の現在に至るまで、実生活はもちろん、映画や本を通して、世界情勢や価値観の変化、科学技術の進歩を見てきました。
科学技術は、いい面ばかりにスポットが当たりがちです。でも、すべてのものごとには、いい面と悪い面があるもの。原子爆弾開発の裏側を描いた映画『オッペンハイマー』(2024年公開)は、そのことをよく表しています。
身近なところでも、スマートフォンはたしかに便利。でも、あの小さな画面の中だけですべてを完結させていないでしょうか。ちょっと顔を上げて窓の外に目を向ければ、素晴らしい世界が広がっているのに、指先でポチポチしている。人は直接会ってコミュニケーションする動物なのに、数十文字程度のつぶやきや絵文字だけで、コミュニケーションをした気になっている。そのうえ、匿名で誹謗中傷するなんていうことまで起こっています。
便利なこと、いい面ばかりを追い求めると、どんどん先走ってしまいがちです。でも、そこには必ずマイナスの側面がある。それを見極め、自分はどう振る舞うべきか、判断しなければなりません。そのためには、一人ひとりが自分自身の判断基準を持つ必要があります。
ところが日本人は「忖度」なんていう言葉からもわかる通り、人の目ばかり気にするところがあります。世界的に見ても、日本は自由でいい国だと思いますが、周囲の雰囲気に流されがちで、なかなか本音を明かさないところは、決していいところとは言えませんね。
その点、私自身は、自分の信念に従って行動してきたつもりです。もちろん、いろいろな価値観に触れる中で自分が変わったこともありますし、変わっていく価値観にある程度従わざるを得なかったことも、個人の力ではコントロールできなかったこともあります。でも、ただ流されるのではなく、誰かにアドバイスを仰いだり本で学んだりしながら、最終的な決断は自分で下す、ということは徹底してきました。ときには率直にものを言い過ぎて、誰かを憤慨させたことがあったかもしれません。でも、自分を偽ってまで人に合わせて生きたいと考えたことはありません。
これは幼い頃から変わりません。一人っ子だったということもあります。また、母は、戦死した父に代わって勤めに出ていたため忙しく、代わりに育ててくれた祖母も含め周りの大人も自由にさせてくれたからでしょうね。
誰とでもオープンに付き合う
翻訳や通訳を務めたのがご縁で、プライベートでも親しくお付き合いさせていただいているハリウッド俳優や映画監督が何人もいます。
なぜそんなことが可能なのか、自分のどこに魅力があると思うか、ですか?そんなこと、自分ではわかりません。相手に聞いてください(笑)。ただ、少なくとも、誰に対しても自分をさらけ出し、率直であることは心掛けてきました。
先入観を持たないことも大切にしています。あの人は気難しいから気を付けてください、などと言われても、会ってみたら全然違った、という経験を何度もしてきましたから。職場では、自分より上の相手にはご機嫌をとり、逆に立場が低い人に対してさげすむような態度をとる人もいたのですが、あれは本当に見苦しい。絶対にしてはならないことです。
通訳の仕事は、字幕翻訳とは全く関係なく、監督や俳優が作品のPRのために来日する際に担当します。そうして接する映画人は、映画のイメージ通りの人と全く違う人、両方のケースがありました。映画のイメージにかなり近かったのは、ロバート・レッドフォードかな。一世を風靡した二枚目ですが、プライベートでもいつもきちんとして、崩したところを見せない。そこは徹底していました。トム・クルーズも大変すばらしい人。でも普段は誰にも気遣いを見せ、またおおらかによく笑う、とても付き合いやすい人です。
画面の印象と全然違ったのは、リチャード・ギアです。プライベートでもとても親しいから言えるのですが、映画ではあんなにカッコいい二枚目なのに、私生活ではいつも、ものすごくラフな格好をしてるし、よくふざけるし、面白い人です。
皆さん、自分の内面を役に反映させながらも、基本的には自分を殺し、役になり切って演技をし、すばらしい作品をつくり上げている。そして、何より仕事を愛し、そのための努力を惜しまない、心から尊敬できる方ばかりです。
制約の中でいちばんの答えを探す
字幕には、1秒に3~4文字、最大13文字×2行、つまり全体で最大26文字に収めるという厳しい字数制約があります。当然、直訳なんてできません。では、訳す際に何を大切にするかといえば、エッセンスです。その作品、そのシーンで、伝えたいことと、役柄の気持ちがきちっと伝わるセリフにする。どんな言葉を選ぶかは、翻訳者それぞれの個性と日本語力が出るところですが、誰が訳しても、エッセンスは同じでなくてはいけません。
作品のジャンルで一番苦労するのは、ジョークです。その国・土地の歴史や文化の知識がないと、笑えないのです。例えば「カレーがかれー(辛い)」というギャグは日本語だから面白いわけで、それを英語で「スパイシー」とか「ホット」とか言っても通じないのと同じです。本なら注釈を付けられますが、映画の画面に「注」は入れられません。なんとか似たような日本語に置き換えてみたこともありますが、うまくいった記憶は、正直、ありません。そもそも日本人の観客は、面白かろうが悲しかろうが、感情を表に出すことが少ない。反応がないのは翻訳者にとっては、ちょっと悲しいことです。
専門的な知識が要求されるものも難しいですね。そもそも専門家でもないのに、その世界の人たちが話す独特の言い回しなど、知ろうはずもありません。とはいえ、そうした映画はその道の人たちが結構観てくださる。いい加減な翻訳はすぐ指摘されます。例えば『トップガン』のときは自衛隊の方に監修していただくなど、その分野のプロのお力をお借りするのです。
限られた文字数の中で訳すためには、一目で意味が伝わる「漢字」も重要な役割を果たすのですが、使える漢字も時代の変化に影響を受けます。映画の字幕では「狂」という字が使えないんですよ。「時計が狂う」という表現もNG。信じられないでしょう?
では、ひらがなにすればいいかというと、それも違いますよね。昨今のマスコミでも、漢字を使わず、ひらがなで置き換えることが多いようですが、即座に読みにくく、字数も増えてしまい、字幕的には苦労の種です。確かに言葉は生き物だから変化することはわかりますが、でも、行き過ぎてしまうのもどうでしょうね。
感情を訳す
翻訳の作法は人それぞれだと思いますが、私の場合は登場人物になりきります。そして、俳優のように頭の中でお芝居をします。それでなくては、そのシーンにふさわしい、感情のこもったセリフは出てきません。
登場人物になりきるというのは、幼い頃、物語を読みながらしていたことと全く同じです。皆さんもご経験があるのでは?物心がついた頃から物語が大好きで、親戚の家の本棚や学校のブックコーナーに並んでいた本は、手あたり次第読んでいました。当時から翻訳ものもあって、『クリスマス・キャロル』をはじめディケンズの一連の作品や、『巌窟王』を読みあさっていました。中学生の頃は『風と共に去りぬ』が大好きでした。長編ではありますが、翻訳本だけでなく最後は英語の原書まで読み切りました。
一人の人間が生涯で経験できることなんて、ほんのわずかですよ。特に私は部屋にこもっていたタイプでしたから、なおさらです。でも、物語は自分が体験できないことを、イマジネーションの力で体験させてくれます。頭の中で想像力を駆使して、世界中を飛び回る。これこそ、フィクションの醍醐味です。
時空を超えて空想の世界に飛び出すイマジネーションや、ゼロから何かをつくり出すクリエイティビティは、人間だけに与えられた究極の力です。モーツァルトの音楽も、セザンヌの絵画も、人間の脳が産み出した。その力は昨今話題のAIも、現時点ではかなわないのではないでしょうか。
自動翻訳してくれるAIもありますよね。私も少し触ってみたことがあります。たしかに、ロジカルな文章はきちんと訳してくれました。でも、100%正しくはない。全体的にはいいように見えるけど、やはり修正したいところがある。その根底には、感情のある無しがかかわっているように思います。データの操作だけでは表現できないものがある。そういう意味でも、小説や映画のように感情がからむ作品の翻訳は、当分、AIに任せることは難しいでしょうね。もちろん、将来どうなるかはわかりませんが……。
コミュニケーション力を磨く読書
人間のもう一つの特権は、コミュニケーションにあると思っています。コミュニケーションとは、自分の考えや感情を伝え合うこと。そして、きちんと伝えるためには、表現力が不可欠です。
表現力を磨くには読書がいちばんだと思いますが、若い世代の活字離れはちょっと心配です。数文字で表されるSNSの表現に慣れすぎて、200文字で自分の思うことを文章で書け、と言われてもきちんとしたものを書ける人がどれだけいるか。見えているもの、感じていることを自分の言葉で表せなくなってしまう、これはとんでもなく恐ろしいことです。字幕翻訳者だからもっと映画を観てほしいのは本音ですが、それ以上に本を読んで、と言いたい。若い人の活字離れは私が今、一番憂いていることの一つです。
人間は、太古の昔から言葉でコミュニケーションしてきた動物。その力を自ら放棄したら人間社会は一体どうなるのか。どんな時代であろうと、言葉を大切にして、考えや想いを表現することに向き合い続けてほしいですね。
※所属・役職は取材当時のものです。
- 戸田 奈津子(とだ なつこ)
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1936年生まれ、東京都育ち。映画字幕翻訳者、通訳者。終戦後、ハリウッド映画を観たことがきっかけで映画に夢中に。大学卒業を機に字幕翻訳の道を志すが、字幕翻訳者になる道はなく、一旦は生命保険会社に就職。1年半で退職した後、翻訳や通訳のアルバイトをしながら機会を待った。76年、40歳のときにフランシス・コッポラ監督の推薦で『地獄の黙示録』の字幕を担当したことを機にブレイク。以後、年に50本を手がける超売れっ子となり、「体調を崩す暇がないほど」(戸田氏)多忙を極めた。現在も年10本前後の字幕翻訳を手がける。「楽しいと思える限り、続けたい」(戸田氏)。
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