世界中のエネルギーをまかなえる夢の技術
人工光合成が変える未来

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温暖化を食い止めるには、化石原料の使用を減らさなければならない。
ではその代替となるものは?
長く人類を悩ませ続けた課題に、解が生まれようとしている。
水素と水素由来の燃料や化学原料を製造する人工光合成プラントを化石原料を下回るコストで実現しようと尽力する研究者の思いを聞いた。

光を当てれば水素が生まれる

人工光合成を再現した光触媒シート
人工光合成を再現した光触媒シート
(水が分解して水素と酸素が発生している様子)

照明を落とした実験室で、一か所だけがほの青く光っている。近づくと、強い光が当てられた水槽の中のプレートから、泡粒が威勢よく湧き続けていた。

「水が分解されて発生した水素と酸素です。これをサハラ砂漠の3%に敷けば、世界中のエネルギーをまかなうことができますよ」

水槽の仕組みは「人工光合成」だ。三菱ケミカル株式会社の瀬戸山亨エグゼクティブフェローは、人工光合成といえばこの人といわれる研究者だ。

二酸化炭素を吸収して酸素を出す光合成。その光合成によって、植物は酸素だけでなく糖も作り出している。糖はデンプンとして貯蔵され、その植物の成長のために使われる。また、多くの生物の食料となり、細胞呼吸のもっとも重要なエネルギー源となる。光合成は呼吸をするあらゆる生物の“いのちのもと”を作り出している。

人間も糖をエネルギー源としているが、人間がおりなす社会のエネルギー源といえば、ほとんどが化石燃料だ。石油はエネルギー源であると同時に、化学原料としてプラスチック製品や薬品に使われるなど、私たちの生活を支えている。

「私たちはいま、水素をエネルギーとして使うだけでなく、二酸化炭素と反応させて化学原料であるエチレンやプロピレンを作ってしまおうとしています。燃料は燃やすと無くなってしまいますが、原料は利益を大きくとれますから」
瀬戸山氏は経営者の表情も見せる。

瀬戸山 亨

ゼロ・エミッション実現に向けて

ただの水と太陽の光で水素を作り出す人工光合成は夢の技術だ。水素は、燃やしても水以外の排出物を出さないことから、化石燃料に変わるクリーンな代替エネルギーとして期待されている。現在、我々は、あらゆる素材の原料として化石燃料を使い、製造時には二酸化炭素を大量に放出している。だが、人工光合成が実現すれば、カーボンフリーで水素を生み出すことができる。

昨年、政府は、温室効果ガスの排出量を2050年にゼロにするという目標を掲げた。環境負荷をなくすゼロ・エミッションを目指す姿勢を明確にしたことは大いに歓迎され、人工光合成に対する産業界の期待も一段と増した。しかし「遅すぎます。2030年を目指さないと」と瀬戸山氏は声を高める。

日本での人工光合成研究の歴史は1970年代にまでさかのぼる。1972年、東京大学で酸化チタン電極を用いて紫外線を照射することにより、水を水素と酸素に分解する効果があることが発見された。以後、可視光でも水素と酸素に分解でき、その効率を高められる電極の素材開発が、多くの研究者を巻き込んで進められてきた。

2012年には、経産省の直轄事業としてプロジェクトがスタートし、「人工光合成化学プロセス技術研究組合」が結成された。2014年からはNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)にマネジメントが移管され、瀬戸山氏がプロジェクトリーダーとなる。産学官から総勢150名が参画し、実用化を目指した研究が始まった。

実用化に向けた目標は三つ。一つ目は水を分解する光触媒の太陽光変換効率の引き上げ。二つ目は水素を安全に分離し、かつ耐久性のあるモジュールの設計。三つ目は、取り出した水素と二酸化炭素から、化学原料となるオレフィンを効率的に合成することだ。

このうちもっとも時間がかかるとみられるのが、一つ目の太陽光変換効率のアップだ。天然の植物は、光合成によって太陽エネルギーを化学エネルギーに変える。その変換効率は0.2%だ。

「ゲノムを編集して強力な葉緑体を作りだせたとしても、せいぜい2.5%が限界でしょう。しかし、私たちが開発しようとしている光半導体触媒は、変換効率10%を目標にしています」

天然の植物の、実に50倍のパフォーマンスだ。産生する水素をエネルギーとして利用するなら、なんと30万平方キロ、例えば岩手県くらいのスペースがあれば、世界中で消費しているエネルギーをまかなえるという。赤道に近い場所ほど効率がよいので、サハラ砂漠などは絶好の立地となるだろう。

努力が生みだす自信

光半導体触媒の構造として現在二つの方式を検討しており、うち一つでは10%が達成できる見通しはついているという。ただし、製造には高い技術が必要で、そのぶんコストも高くなる。

一方、もう一つの方法は、粉末の光触媒をシートに塗布するという簡単な製法で製造でき、コストも大きく下げられる。工業化を検討するにあたっての目標値は3%。「このまま研究を進めていけば、なんとか達成できそうだ」と自信をのぞかせる。

自信の背景にあるのは良好なデータだ。2020年5月には、紫外線領域ではあるものの、光反応によって発生した原子・分子の数と吸収された光子の数の比率である量子収率が、100%の触媒を開発したのだ。これはきわめて重要な成果だった。

「実験用の触媒を作る際、いつもは白金のるつぼで材料を混ぜていたのですが、たまたまいつものるつぼが見当たらず、アルミのるつぼで混ぜたらアルミの成分が混じった結晶ができてしまったんです。ところがこれで試すと驚くような結果が出た。セレンディピティの塊のような話です」

二つ目の目標、水素の安全な分離も課題が山積みだ。光触媒で発生するのは水素と酸素の混合気体だ。スパークなどが発生すれば、大爆発する恐れがある。そこで、発生した混合気体を安全に分離する仕組みが必要となる。しかし、「水素だけを透過する膜を使ったモジュール。これは門外不出です」といたずらっ子のような表情で自信をのぞかせる。

設計には絶対に爆発事故を起こしてはならないという本質的安全対策が必要だが、逆転の発想で引火しても爆発が広がらない方法も検討している。

化石原料由来に負けない価格を

瀬戸山 亨

三つ目の目標である化学原料の製造は、もっとも現実に近いかもしれない。従来も水素と二酸化炭素を反応させて化学原料をつくる技術はあった。だが、高温高圧の環境が必要でコストも高かった。これを低温低圧で高収率をあげられるシステムにするための工夫が繰り返されている。

「メタノールやアンモニアの製造はコストがかかる、というのが長く常識とされてきました。これを打ち破る手法を作り上げたい」と意気込む。

瀬戸山氏が研究で一貫して強調しているのがコストだ。

「日本は、EUに比べれば2周遅れです。スタートも遅ければ、採算度外視で研究を進めるという戦略性もない。この技術が世の中で役に立つこと、そして市場で勝つためには、革新的な技術を生み出し、経済性で優位に立つしかありません。

人工光合成は日本が得意な分野。水素製造コストで化石原料を下回るレベルまで持っていくことができれば、広く受け入れられます。そのためにも建設費用、営業運転コストとも導入時から逆算して、低コストの手法を開発する必要があるのです」

空に太陽があるかぎり、光は枯渇することはない。地球温暖化を食い止めるとともに、エネルギーや資源問題を解決するこの技術は、人工水素ガス田として、砂漠地帯や海上、耕作放棄地に広がっていく。何十年かのち、そんな景色が当たり前になっていることだろう。

※所属・役職は取材時のものです。

瀬戸山 亨 瀬戸山 亨
三菱ケミカル株式会社
Science & Innovation Center,Setoyama Laboratory
所長・エグゼクティブフェロー
瀬戸山 亨(せとやま とおる)

鹿児島県出身。1983年、東京大学大学院工学系研究科修士修了、同年三菱化学入社。2009年MCRC合成技術研究所長、2010年、無機系機能材料研究所長、11年フェロー、12年三菱化学理事、13年執行役員。14年、瀬戸山研究室室長に就任。

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