シリーズ挑戦の系譜天気予報で社会に貢献
危険を知らせるだけでなく親しみやすさも兼ね備えた天気予報アプリの開発

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大雨、大雪、暴風。
強大な自然の力に各地で被害が頻発している。
一人でも多くの人の命を救うことを使命と捉えつつも、あくまでも親しみやすい天気情報アプリを開発する。
社内ベンチャーから誕生した異色のチームの奮闘をたどる。

親しみやすく楽しめるお天気アプリ

お天気JAPAN(c)
子どもにも親しみやすいキャラクター、AR(拡張現実)のアニメーションを活用した天気情報アプリ「お天気JAPAN©」

iPhoneのApp Storeで「天気予報」と検索すると、150を超えるアプリが表示される。その中に島津製作所グループから生まれたアプリがある。天気予報アプリ「お天気JAPAN©」だ。

おっとりとした猫のキャラクターが天気予報を伝え、AR(拡張現実)のアニメーションで、屋外の天気を机上などで再現する。開発しているのは、株式会社島津ビジネスシステムズ新事業部気象・防災グループの6名。うち4名は難関国家資格である気象予報士の有資格者だ。

片岡央志

「親子で楽しみながら、天気予報に親しんでもらいたくて。私も小さな子供がいるので、天気に興味を持ってほしいなと見せたりしています」と、企画担当の片岡央志は言う。

だが、サービスの開始当初は何もかもが手探りの状態だった。

時流がアイデアを後押し

リーダーである奥山哲史は1988年の入社。当初は島津製作所情報システム部に所属し、装置のAI化推進というミッションに携わった。3年後、メディカル機器部で臨床検査などで用いる装置のソフトウェア開発に従事した。

1995年、転機が訪れた。前年、気象予報士の国家資格が創設され、幼い頃から気象現象や天気の移り変わりに興味を持っていた奥山は、腕試しのつもりで受験。合格率10%(当時)の狭き門を突破したのだ。

奥山哲史

「資格を取ったといっても、島津は気象予報をしていませんでしたから、ただ持っているだけ。気象予報士になれるなんて思いもしませんでした」

ところが、時を合わせたかのようにチャンスが転がり込む。1996年から4年間、島津は社内ベンチャー制度を行ったのだ。新しい事業アイデアを募集し、会社として事業化を支援していこうというものだ。今から145年前に世のニーズに応えて理化学機器の製造という新規事業に乗り出した島津のベンチャーの気風は生来のものだった。

だが96年当時、世はバブル崩壊から立ち直りきれておらず、今のように起業しやすい環境があったわけでもない。成功する可能性は低かったが、だからこその積極的支援だった。

この第1期募集に、奥山は企画書を提出した。タイトルは「島津forecast(天気予報)」。各業界で活かせるような付加価値のあるビジネス向け天気予報と、ポケットベルを利用した一般ユーザー向けの天気予報配信サービスの二本立て。これまでにないアイデアという点では申し分のないものだった。

「評価は『事業化は難しいとは思うが、一度専門家のアドバイスを受けて、実現可能性を検証してみなさい』でした。島津は開発・製造が主体のメーカであり、コンテンツ開発の経験はありません。まして天気予報とも関わりがない。会社の評価はもっともで、首の皮一枚つながったという状態でした」

しかし、運命のダイスはさらに転がり続ける。1999年2月、NTTドコモが携帯電話によるインターネットサービスiモードをスタート。モバイル環境で情報を送受信できるこれまでにないインフラで、さまざまなコンテンツが爆発的に登場した。

さらに島津側でも変化があった。情報システム部が分社化して株式会社島津ビジネスシステムズが設立された。開発環境が整っている上に、別会社となったことで業務に融通が利かせられることが期待され、そこで事業化してみてはどうかという話になったのだ。

こうして奥山は、外部環境の急変に背中を押され、4年のうちに装置のシステム開発技術者から天気情報配信サービスの開発兼運営、つまり実質ビジネスオーナーとなったのだ。念願叶ってと言いたいところだが、当初はそれほどでもなかったという。

「恥ずかしながら、本当にただの技術屋でしたから、ビジネスの知識はほとんどありませんでした。誰に売ればいいのか、求められているものもさっぱりアイデアがない。最初はもう飛び込み営業です。天候に左右されやすい建設会社さんに『こんな天気予報が出せるので使ってみてください』と頭を下げて回りました。ターゲットとしてはよかったのですが、一人では限界がありました」

一方、携帯電話のインターネットサービスは、時代の波に乗って大きく動き始めた。2001年、自身が開発した一般向け天気予報コンテンツ「J天気ーず」が、J-PHONE(現ソフトバンク)のサービスJ-SKYの公式サイトとなった。気象庁や民間最大手のウェザーニューズ社と同列扱いで、1年後には1万8000人の月額有料ユーザーを獲得した。

「それほど大きな利益を出せたわけではありません。それでも、それまで売り上げらしいものがなかったので、会社から『これはもうビジネスだね』と言ってもらえるようになって、嬉しかったですね」と振り返る。

過去の成功は関係ない

実績が出せたことでスタッフも増えた。2003年、気象予報士の資格を持っていた片岡が加入。翌年にはシステム担当の有本淳吾も加入し、開発もスピードアップした。2008年にはau、翌年にはdocomoにも採用され、ビジネスは軌道に乗ったかに見えた。

しかし、「黒船」が来航した。iPhoneの登場である。キャリアの意向によらず、ユーザーがアプリの良し悪しを判断して自由にダウンロードしていく。よりユニークさやユーザビリティが求められ、チームは対応を急いだ。

有本淳吾

「社内でアイデアを募集したら、別部署の社員が天気予報と目覚ましを合体させたら便利かもと提案してくれ、そこから初アプリとなる『お天気時計©』を開発しました」(有本)

2010年に発売されたお天気時計は、天気に合わせて晴れなら明るい歌、雪ならしんしんと染み込むような静かな曲調の歌が目覚まし代わりに流れるというもので、売り切りの有料アプリだったがそこそこのダウンロードがあった。

2013年には、ARを活用して降雨や落雷の状況を地図上で可視化する「アメミル©」も開発。ゲリラ豪雨の増加に伴い、多くの情報番組で取り上げられるなど、iOS、Android合わせて70万超のダウロードを誇るヒットアプリとなった。そして、2019年の夏、「お天気JAPAN©」のiOS版をリリース。半年足らずで1万5000ダウンロードに到達し、一定の成功と言えそうだが、奥山は表情を引き締める。

「新規事業って過去の成功とは関係のない世界。つねに先を見据えて新しいものを作り続けていかなければいけません。近年、暴風雨で命を落とされる方が増えています。どうすればその方たちを救えたのか。ただ危険を知らせるだけでなく、私たちが積み重ねてきた技術を使って、的確に感じ取ってもらえる防災通知機能を追加していきたい」

つくるものがアプリでも、装置でも、人を救うという目的は同じ。子供向けのインターフェースのスマホアプリという市場は異色だが、奥山らもまた島津のスピリットを形にしているのだ。

昨年7月、気象庁の大雨危険度分布の通知サービス協力事業者5社に島津ビジネスシステムズも選ばれた。それは、地道に積み重ねてきた実績と奥山らの熱意が本物であった証だろう。

天気情報アプリ開発メンバー
天気情報アプリ開発メンバー。写真中央、チームリーダー(株)島津ビジネスシステムズ 新事業部 気象・防災グループ 部長 気象予報士・事業継続初級管理者 奥山哲史、その左隣に同社新事業部 課長 気象予報士 有本淳吾、右隣に同社新事業部 グループリーダー 気象予報士 健康気象アドバイザー 片岡央志。

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