シリーズあしたのヒントスポーツメンタルトレーニングから学ぶ
「ポジティブ思考」チームのつくり方

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近年、世界で活躍する日本のトップアスリートが、限界までチャレンジした後に「楽しかった」と笑顔でインタビューにこたえる場面が増えていると感じたことはないだろうか。
笑顔で結果を出し続けるアスリートやチームは、どのようにメンタルをコントロールし、ベストなパフォーマンスを発揮しているのか。
その方法や習慣はチームとしての結果を求められるビジネスの世界にも応用できるのではないだろうか。
メンタルトレーニングの第一人者・東海大学 体育学部 競技スポーツ学科の高妻容一教授にその秘訣を聞いてみた。

気持ちの切り替えや集中するのにも方法がある

部下の高いモチベーションを維持し、チームとして結果を出し続けなければならないマネージャーの仕事は、スポーツチームの監督やコーチと似ている。人間ならば、好不調の波があるのは当たり前だが、それでも一流のアスリートやチームは、常に高いパフォーマンスを発揮し、結果を残さなければならない。そこには何か秘訣があるのだろうか。

「よく『気持ちを切り替えろ』とか『集中しろ』という言葉をかける監督やコーチを見かけますが、どうやれば気持ちを切り替えられて集中できるのか、その方法まで教えている人は少ないですね。気持ちを切り替えるのにも、集中力を高めるのにもやり方があって、技術や体力と同様に心の部分についてもトレーニング方法を身に付ける必要があるのです」

と語るのは、東海大学体育学部の高妻容一教授。日本スポーツ心理学会認定のスポーツメンタルトレーニング上級指導士であり、オリンピックや国体、プロなど多くのチームや選手のメンタル面強化の指導をしている。先のような言葉を部下に投げかけてしまいがちなマネージャーには耳が痛いところだが、プロスポーツの世界でもそうしたメンタル面でのトレーニング方法まで指導できている人は少ないという。

そもそもメンタルトレーニングは、旧ソビエトで1950年代に宇宙飛行士の訓練として開発されたのが始まりだ。その後オリンピック選手のトレーニングにも導入され、高い効果を発揮したことで発展してきた歴史がある。国内でメンタルトレーニングという言葉が根付く以前の1980年代からアメリカでメンタルトレーニングについて研究してきた高妻教授は、その成果を日本に持ち込んだ第一人者だ。

「スポーツの世界には『心・技・体』という言葉がありますが、技術や体力については科学的なトレーニングを取り入れていても、『心』については、いわゆる根性論で済ませる指導者は今でも少なくありません。しかし『心』こそ日頃からトレーニングをしてバランスを取ることが重要なのです」

日常の生活すべてがトレーニングになる

良い結果を出し続けている一流のアスリートに共通するのは、勝敗で心がぶれることなく、どんな状況でも自分を信じ、高めるポジティブ思考だ。とはいえ、言葉で「ポジティブになれ」と言われても、それだけで思考まで変えられる人は皆無だろう。では、どうすればポジティブ思考になれるのか。高妻教授が実技講習の中で行っているのは例えばこんな方法だ。

「まず、下を向いて肩を落としてため息をついてみてください。何度か繰り返していると、どんどん気分が落ち込んでいくのがわかると思います。では、今度は胸を張って上を見て笑顔を作ってみてください。その状態でため息をつこうとしてもできないでしょう。人間の思考はこうやって姿勢や体を使ってコントロールすることができるのです」

高妻教授の講習では、必ず受講者に体験してもらい、変化の感覚を実感できるようにしているという。スポーツの試合前、上を向いて笑顔を作っている選手を見かける機会が増えているのは、こうした指導を続けてきた賜物だ。

「よく、『今すぐなんとかしたいんです』と言われることがありますが、メンタルトレーニングは、科学的な研究や実験から実証されたものです。トレーニングと名が付くように、毎日の積み重ねで得られるものであり、魔法のように1回でできるものではありません。ですから試合の直前だけやっても効果は薄いんです」

高妻 容一

「普段の生活からポジティブな思考ができるようにトレーニングで習慣化しておくことが必要です。また、ポジティブな言葉を発する『セルフトーク』も有効です。練習場や試合会場に着いたら、誰もいなくても笑顔で『おはようございます』と大きく元気な声で挨拶する。それだけでも前向きに練習や試合に挑めますし、挨拶自体を自身がポジティブになるためのスイッチとして習慣化できれば、気持ちの切り替えにもつながります。スポーツの場面だけでなく職場でも同じです」

技術や体力と同様に、メンタルもトレーニングを怠れば衰えていくという。普段からポジティブな態度や姿勢で過ごし、セルフトークでポジティブ思考を鍛えて習慣化しておく。高妻教授が「日常の生活すべてがメンタルトレーニングの場になる」と語るのはこうした理由からだ。

上司のポジティブ思考がチームのメンタルを強くする

選手だけでなく、コーチや監督などに指導をする機会もあるという高妻教授。その内容は、部下を指導する立場にあるマネージャーにも活かせるものが多い。

「私の研究で、選手たちにこれまで出会った悪いコーチの例を挙げてもらうと、筆頭に来るのは『すぐ怒るコーチ』でした。アメリカのスポーツ界では、選手を感情だけで怒るコーチは無能な指導者とみなされます。選手に説明して納得させるだけの根拠やコミュニケーション能力がないという証明ですから。でも、未だにそうした指導をしているコーチは少なくありません」

ほかにも「ミスを許さない」「具体的な改善策がない」「指示を出し続けて考える時間を与えない」「昨日と今日で言っていることが違う」など、そのままどこかの職場にも当てはまりそうな例が並ぶ。

反対に、良いコーチとしては「丁寧な言葉を使う」「理由まできちんと説明してくれる」「どんな選手に対しても平等」「目標や方向性を明確に示してくれる」といった例が挙げられたという。

「感情的に『怒る』と、納得性がある『叱る』は別物です。すぐ怒るコーチというのは、自分も上からそういう指導をされてきて、それ以外の方法を知らない場合がほとんどです。プロの選手ならばコーチを替えれば済みますが、学校の部活などではそうはいかないので、コーチ自身が変わるしかありません」

「私の講習を体験して『怒るのをやめます』と宣言してくれる人もいて、意識が変わった指導者のチームは、県大会止まりだったものが全国大会の常連校になるなど、競技力が高まるといった結果が多く出ています。コーチ自身が変われば自然と選手も変わるのです」

笑顔でポジティブな言葉をかけることで、より高いパフォーマンスが発揮できるようになるのは、自分自身に対しても、チームの構成員に対しても同じだ。まずは怒ったりネガティブな言葉を発することをやめて、前向きな態度で過ごすことを習慣化することが、自身の、そして周囲のメンタルを強く保つための第一歩のようだ。

※所属・役職は取材当時のものです。

高妻 容一 高妻 容一
東海大学 体育学部 競技スポーツ学科 教授高妻 容一(こうづま よういち)

1955年、宮崎県生まれ。スポーツメンタルトレーニング上級指導士。福岡大学体育学部体育学科卒。中京大学大学院修士課程体育学科研究科修了後、フロリダ州立大学へ留学(スポーツ心理学)。近畿大学教養部を経て現職。国際応用スポーツ心理学会、国際スポーツ心理学会、日本スポーツ心理学会、日本メンタルトレーニング指導士会など多数の学会に所属し、様々な競技のプロ選手やチーム、オリンピック・パラリンピック強化選手などのメンタルトレーニングを手掛ける。コーチや指導者、ビジネスマンに向けた講習も多く『令和版 基礎から学ぶ!メンタルトレーニング』(ベースボール・マガジン社)など著書も多数。

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