440年以上続く餅屋からクラフトビール世界一に
伊勢角屋麦酒の物語

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三重県伊勢市に、世界に知られた小さなブルワリーがある。
国内外のビールコンテストで受賞を重ね、2017年にはビール界のオスカーとも呼ばれる権威ある賞も受賞した。
そのブルワリーは440年余り続く餠屋だった。

酵母と遊びたかった

いま、空前のクラフトビールブームが到来している。大規模な設備によらず、小さいながらも個性的なビールを生産するブルワリーが日本各地に約400社あり、ビール好きを楽しませている。

そんなクラフトビール業界で一目置かれる存在がある。伊勢角屋麦酒だ。隔年で開催される世界で最も歴史あるビール審査会「インターナショナル ブルーイング アワード(IBA)」で2017年2019年と2大会連続で金賞を受賞するなど、ゆるぎない評価を手にしている。

伊勢角屋麦酒

もともと角屋は伊勢神宮の門前町にある茶店、二軒茶屋餅角屋が母体だ。昔から変わらない製法のきな粉餅が名物で、いまもお伊勢参りの人々に親しまれている。創業はなんと天正3年(1575)。440年以上続く伊勢でも有数の老舗だ。それがなぜビールなのか。

「酵母と戯れたかったんです」
そう少年のように笑うのは21代目でビール事業に乗り出した鈴木成宗社長だ。

伊勢市は面積の4分の1が伊勢神宮所管の広大な鎮守の森で、多くの生き物の楽園だ。幼い鈴木少年にとっても格好の遊び場だった。「とにかく生き物が大好きでいつまで見てても飽きなかったですね。自分たちとはまったく違う構造を持っているのが面白かった」

子供向け科学雑誌の付録で手に入れたプランクトン観察キットも、生き物の世界へといざなった。普段は目に見えないが、そこに人間にはわからない営みがある。小さな水槽は、鈴木少年の探究心を搔き立てた。

大学は農学部に進学。海洋微生物の培養や代謝物の構造解析に取り組み、生物と密に接した。充実した日々だったが、老舗の息子の宿命を自覚していた鈴木氏は、卒業するとすぐに実家へ戻った。

しかし、実家での日々には、なかなか馴染めなかった。朝起きて、餅をつくり、お客さんに出す。生活も仕事も半径20メートルでほとんどが済んでしまう。研究者らと議論をかわし、生物の謎に挑む刺激に満ちた学生生活とのギャップは大きかった。

1994年、運命を変えるニュースが入る。酒税法の改正により、ビールの最低製造量が大幅に引き下げられ、巨大な生産能力を有する大手メーカーにしか許されていなかった製造免許が取りやすくなったのだ。鈴木氏の脳裏には、むくむくとビールづくりに勤しむ自分の姿が浮かんできた。

「また微生物と遊べる」
そうなると居ても立ってもいられず、当時社長だった父親の許可を得て、ビール事業を立ち上げた。鈴木氏はその日からビール事業にのめり込んでいく。やるならとことんやる。目指すは「世界一のビール」だ。

鈴木 成宗

とはいえ、ビールなどつくったこともなければ知識もない。とにかく世界の味を知りたいと、勉強して審査員にもなった。それでもなかなか思うような味が出せない日々が続いたが、折からの地ビールブームに乗り遅れまいと、世がどんな味を求めているかを振り返る暇もないまま、ただひたすらに世界一を目指し続けた。

もちろん内情は火の車。400年以上続いた暖簾を自分の代で下ろすことになるかもしれないというプレッシャーに押しつぶされそうになる夜が続き、ありとあらゆる失敗を繰り返す年月が過ぎていった。

「無謀だったと思います。今思えば、交通量の多い高速道路を横断して不思議と渡れたようなもので、壁があったとしても、自分がガツンと勢いよくぶつかって初めてそこに壁があったと気付くといった感じでした」

そんな悪戦苦闘をつづけること9年。2003年、ついにその時が来る。日本企業として初めて世界的なビールコンテストで世界一になったのだ。

「しかし、それだけでした。世界一になれば売れるなんて、僕の妄想でしかなかった」

世界一の称号は、思い描いていた未来にはつながらなかったのだ。それでも腐ることなく、地ビールブームが下火になっても、一途にビールづくりを極め、まったくの素人だった経営も猛勉強し、やがて鈴木氏は、誰もが認める本物のビール会社の社長になっていった。

科学は使わなきゃ損

ビールの価値を決めるのは、味や香り。いわゆる人間が行う官能評価だ。しかしクラフトビールの命である酵母がどれだけ活性化しているか、他の菌が混じっていないか、最適な条件の見極めは人間では難しい。

大学で分析技術を学んだ鈴木社長は、世界一のビールをつくるために科学の目を大いに活用した。同時に技術を高めるべく、忙しい社長業の傍ら三重大学大学院にも通い、最新の分析手法を用いて伊勢の森の樫の樹液から酵母を単離する研究論文で博士号を取得した。鈴木社長は、ごく自然に自社工場に分析装置を持ち込み、ビール製造を科学の目で見える化し、研究し続けたのだ。

鈴木 成宗
酵母愛にあふれた鈴木社長の著書。島津製作所との共同研究は、伊勢角屋のビールに感動した分析計測事業部の武守佑典(グローバルアプリケーション開発センター)が、面識のなかった鈴木社長に直接メールで提案したことがきっかけとなり実現した。

2018年、そんな姿勢が奏功する出来事があった。生産量を増やすため、新工場に引っ越したのだが、旧工場と同じ条件で仕込んでいるにもかかわらず、明らかに品質にばらつきが出てしまったのだ。

「当然といえば当然で、プラントの一部を変えただけでも味が変わるのに、水も、濾過器も、麦芽の粉砕機も全部が変わっていて同じ味が出るはずがない。しかも想定の数倍も開きがあって、さて困ったなと」

さまざまな分析を行う中で、島津製作所も依頼を受けて新・旧工場のビールの成分の網羅解析を行った。わかったのは、酵母が大きなストレスを受けているということだった。鈴木社長はその結果を受けて、旧工場と同じにしていたパラメータの一つをあえて大幅に変えてみた。するとこの作戦がうまく行き、新工場でも素早く同じ味を再現するに至ったのだ。

2017年にIBAで金賞を獲得後、新工場に移ったにもかかわらず2019年も金賞を獲得できた背景に、科学の目が一役買っていたのは間違いないだろう。

IBAで金賞を獲得

生物は進化し続ける

世界一の称号を得て日本のクラフトビール業界を牽引する立場となった鈴木社長はいま、次世代を担う若手の育成に力を注いでいる。

「私は社長業に専念し事業の方向を示すだけにとどめるようにしています。できるだけ若手に任せると同時に、刺激のある環境をなるべくたくさん与えるようにしています。授賞式も今は若手に行かせています。行くとなると皆、世界の素晴らしい醸造家と人脈をつくったり、自分たちでどうしたら良いものがつくれるかを試行錯誤しながら、のびのびといろんな体験や感動をして、自然に成長して帰ってくるんですよ」

若い世代の感性こそ、次の時代をつくると確信しているのだ。

「若い人のほうが間違いなく発想が豊かでぶっ飛んだことができる。人間だって進化していますから。僕は生物学を勉強したので、よく知ってるんです。後から現れるやつのほうが優れている。間違いありません」

鈴木 成宗 鈴木 成宗
伊勢角屋麦酒(有限会社二軒茶屋餠角屋本店)
代表取締役社長 博士(農学)
鈴木 成宗(すずき なりひろ)

1967年、伊勢市生まれ。東北大学農学部卒業後、20代続く家業の餠屋の仕事に就く。1997年、ビールづくりに乗り出す。2003年、日本企業初の「Australian International Beer Awards」で金賞受賞し、以来、数々のビール審査会で受賞を続けている。著書「発酵野郎!世界一のビールを野生酵母でつくる」(新潮社)。

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