認知症は予防できる
早期発見する方法を開発した研究者の想い

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認知症は予防が可能な病気である。
だが、そのためには、前兆をとらえて発病前から何年も予防に努める必要がある。どうすればその仕組みをつくれるか。パズルに当てはまるピースが、一つひとつ形になっている。株式会社MCBI 代表取締役 内田 和彦氏にお話をお聞きした。

遺伝的要因はわずか7%

「認知症は生活習慣病。防げる病気です」

というのは筑波大学発医療ベンチャー、株式会社MCBI代表の内田和彦氏。研究者として、認知症の予備軍「軽度認知障害(MCI)」の兆候を早期発見するマーカー物質を発見。一方、経営者としては、その事業化や予防医療の啓発に取り組む。2足のわらじを履き、予防医療普及のための仕組みづくりに奔走している。

アルツハイマー病やパーキンソン病は、長く原因の多くを遺伝に求めるのが一般的だった。しかし、病気の仕組みが徐々に明らかになるとともに、発症するまでには非常に長い時間があり、その間、生活習慣によって進行が大きく左右されることがわかってきた。

昨年、イギリスの医学誌に「認知症の35%は予防できる」という研究論文が掲載され話題を呼んだが、その論文でも遺伝的要因はわずか7%に過ぎないとされていた。

「アルツハイマー病では、進行した方の脳は大きく萎縮しています。この萎縮を起こしているのは、どうやら本来異物を攻撃するために我々が備えている免疫機構なのではないかという説が有力となっています」

認知症を食い止める物質を特定

認知症を食い止める物質を特定

たとえば認知症のなかでも、もっとも患者数の多いアルツハイマー病の患者の脳を調べると、神経細胞の周囲にアミロイドベータというたんぱく質が蓄積していることが知られている。このアミロイドベータ自体、毒性を持っているので、脳内を巡回している免疫細胞は、これを見つけるとせっせと食べて排除している。ところが、アミロイドベータの量が一定量を超えると、免疫細胞は総攻撃のスイッチを入れる。炎症を起こす物質を放出して絨毯爆撃し、正常な神経細胞まで焼け野原にしてしまうのだ。

「医療機関で認知症と診断されるのは、脳が萎縮して日常生活に困るほど認知機能が下がってしまった段階。この段階から治療を行っても低下した認知機能は戻りません。しかし、脳が萎縮する前に前兆を捉えることができれば、認知機能の低下を防ぐことができるのです」

そこで内田氏は、前兆をつかまえるバイオマーカー探しに取り組んだ。アミロイドベータは神経細胞の老廃物質で、実は誰の脳でも発生している。それなのにアルツハイマー病になる人とならない人がいる。

その違いはどこにあるのか。認知症患者と健常な人の膨大な数の血液サンプルを網羅的に調べてその差を見つける研究が始まった。ラボには島津製作所の液体クロマトグラフや質量分析装置も大量に導入された。

内田 和彦

その結果、3つのたんぱく質が特定された。いずれのたんぱく質の血中濃度も認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)の時点で明らかに低い値であり、認知症患者ではさらに大きな差があった。つまり、このたんぱく質が減少してしまったことで、アミロイドベータの毒性が高まったり、免疫細胞の暴走を許してしまったと考えられた。

内田氏はこのデータをもとにアルツハイマー病発症の可能性を早期に発見する「MCIスクリーニング検査」を開発。2015年4月に実用化し、全国2000以上の医療機関と連携し、2万人近い検査を重ねてきた。判別精度は約80%。保険適用外で2万円程度の実費がかかるが、申し込みは後を絶たないという。

運動は万能薬

これまで捉えることができなかった前兆を見つけ、信頼度の高い検査を実現できた。だれもが認める画期的な成果だ。だが、内田氏はまったく満足していなかった。

「たとえ将来、認知症になるリスクが高いとわかったとしても、その方から〝では、どうすればいいのでしょう〞と言われた時に何もできなければ事業としては不完全です。予防法を提供できる仕組みを構築しなければ、意味がないのです」

その予防法として着目されているのが、何を隠そう運動だ。運動中の筋肉から認知症を防ぐ物質が分泌されることが証明されており、しっかり汗をかくことが何よりの予防になる。肥満や高血圧、喫煙、活動量の低下、糖尿病などが認知症のリスクファクターとなることもわかってきた。こうなると、多くの生活習慣病となんら変わることはない。

だが、内田氏はここで大きな壁にぶつかる。

「人間というのは基本的に楽をしたい生き物。99%の人は、時間があれば、体を動かすことより横になることを選んでしまうのです」

スポーツジムが流行っているといっても、そこに集まるのはスタイルをキープしたいと考えている人で、マーケットがまったく異なる。「将来認知症になりたくない」という気持ちを運動に結びつける妙手はないか。内田氏は、さまざまな分野の協力者を募り、啓発策を考え続けている。

「人の心はなかなか変えることができません。それなら、社会の仕組みを変えるくらいのことが必要でしょう。楽をしたい、得をしたいという気持ちをうまく利用するアイデアがあれば、ぜひ検討していきたい」

2025年、団塊の世代が75歳に到達すると、現在の社会保険制度は増え続ける高齢者を支えきれなくなると予測されている。となれば医療費を少しでも削減するために、予防できる病気は予防するしかない。

※所属・役職は取材当時のものです

内田 和彦 内田 和彦
株式会社MCBI代表取締役内田 和彦(うちだ かずひこ)

1983年奈良県立医科大学医学部卒業後、同大学院医学研究科で腫瘍病理学を専攻。
1987年医学博士を取得。国立がんセンター研究所を経て、1989年筑波大学基礎医学系・細胞生物学講師。2003年に株式会社MCBIを設立。2008年より筑波大学准教授(人間総合科学研究科生命システム医学)。

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