シリーズ島津遺産

7000年前から進化し続ける天びん
正しさだけでなく、ストレスのない計測時間が科学や産業を支えている

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天びんは、あらゆる研究・開発の現場でなくてはならない道具だ。
明治以降、何度かの大きなイノベーションを経て、より精度を増し、計測スピードを高め、科学や産業の発展を支え続けている。

正義を象徴する天びん

片方には死者の心臓、もう片方には神の羽が載る。天びんの目盛りを読んでいるのは、冥界の神アヌビス。つり合いが取れたら楽園への切符を手にし、不均衡なら死者の心臓は化物の餌食となる。

古代エジプト時代、転生の願いを込めて死者とともに埋葬された『死者の書』には、天びんが神の道具として描かれており、太古の時代から人類が天びんを重要な道具として用いてきた事実がうかがい知れる。

天びんは紀元前5000年頃から西アジアやエジプトで用いられてきたといわれる。用途としては商取引が主体で、金銀や香辛料・薬品、宝石などを適正に取引をするために活用されていた。一方で工業技術や科学の発展にも深くかかわっている。紀元前3500年頃から始まるとされる青銅器時代においては、銅に混ぜる錫の比率を正確にはじき出すために天びんが用いられていた。

そもそも重さを量るという作業は、すべての科学や産業の原点である。目の前のものの重さを量り、比べることや、調合において複数の物質の量を調整するといった作業は、いまもってラボの日常的光景だ。

100年の歴史を積み重ねる

日本において、天びんは主に商取引の場で使われていたが、明治維新後、西洋から続々と新技術がもたらされると、科学分野でも本格的に活用されるようになった。

欧米の科学メーカー製の天びんがさかんに輸入され、大学などの研究室に整備されていった。島津製作所も、1875年の創業当初から天びんの輸入代理店として活動していた。1918年には独自に実験用天びんの製造を開始し、れい明期の日本の科学を支えてきた。

天びんには「微量計測」用と呼ばれる天びんがある。当初、主なユーザーは大学や公的な研究機関だったが、そこでの成果が波及して、次第に民間の医薬品や化学品の研究開発にも広がっていった。

天びんは正確さが何よりも大事だが、もう一つ、ユーザーの高い要望があった。それは、結果が出るまでの時間だ。学生時代を思い出してもらいたい。理科室の天びんで対象物の質量を計測するには、ピンセットで何回も分銅を置きなおす必要があった。また、釣り合うまでブレ続ける目盛りを読み解くのにも相応の時間がかかったはずだ。

明治の初期から、科学者たちはここに大きなストレスを感じていた。正確さは確かに重要だが、本来はその結果を用いてその先の実験や分析に時間を使いたいのだ。にもかかわらず、1日に何度も何度も揺れ動く天びんと格闘せざるをえない。

そんな問題を解消したのが1948年に開発された「直示天びん」だ。

最初の直示天びん“ドディック”(1948年)
最初の直示天びん“ドディック”(1948年)

分銅を置くという作業の代わりにダイヤルを操作して目盛りを読み取ることで計測時間を大幅に短縮したのである。島津が世界で初めて作った天びんで、当時のキャッチフレーズは『測定時間はわずか1分以内』。一度使ったら昔の天びんには戻れない――

事実、研究者の間からは、そんな声も聞こえてきたという。ちなみに島津の直示天びんという名称は、後年、計量法そのものにもその名が採用されることになる。

戦後まもない頃に島津で撮影された直示天びんで試料をはかる様子。
戦後まもない頃に島津で撮影された直示天びんで試料をはかる様子。天びんによる計量は、いまなおおよそあらゆる産業や研究開発の現場で日常的に見られる光景だ。

天びんは進化し続けている

それから30年近く、直示天びんは、研究開発の第一線で活躍を続け、日本の化学、薬学の発展を下支えしてきた。

そして1970年、第二のイノベーションが起こる。

「電磁力自動平衡式天びん」が登場したのだ。分銅を使わず試料を載せるだけで測定可能な電子天びんの原型である。

この電子天びんにおいては、分銅の役割が電磁力に取って代わられ、電流を力に変えて釣り合いを取る方式となった。それまでの分銅式天びんでは、人が目で見て釣り合いを取っており、直示式もダイヤルを回しながら自分で判断しなければならなかった。

島津ではこの問題を解消するために、目盛りにあたる部分に2分割型のフォトダイオードを採用。平衡が取れたときには、両者には同一の量の光が当たるという仕組みである。加えて、マイコンを世界で初めて搭載することで、測定者によるばらつきがなく、天びん計測の負担が大幅に軽減された。さらに、現在までに0.1mgならば3~4秒という計測時間を達成するに至っている。

しかし、この電子天びんにも当初問題がなかったわけではない。コアとなるセンサブロックは、従来70個もの異なる素材でできた部品で構成されており、素材の違いによる温度変化の影響だけでなく、組立時に影響を受けやすい極薄のばね(弾性支点)を含めた部品を一つひとつネジで取り付ける形を取っていたため、作業者の熟練度によって品質に違いが生じていたのだ。

しかし、2003年に製品化したアルミ一体型質量センサ「ユニブロック」が、この問題を解消した。島津の最新機種に搭載されたこのユニブロックは、70個もの部品を組み立てていたセンサブロックを、1個のアルミの塊から「ワイヤー放電加工」という最新の精密加工技術により、削り出していくという逆転の発想で考え出されたものだった。構造上、70ミクロンほどの薄い板も含まれているが、これも削り出しによって形作られ、ネジ締結がなくなった。文字通り緻密な技術により、品質の均一化が実現されたのである。

ユニブロック
質量センサ「ユニブロック」(UniBloc)

微量計測の生産性向上を目指して

その後も天びんの性能は日進月歩で高まっているが、精度が高まれば高まるほど繊細な計測となるため、想像できないような力の影響を受けてしまう。エアコンの風や振動、静電気、気圧などの要因でもずれが発生するのだ。計量値が想定した値と異なると思ったら、日本から遠く離れたスマトラ島で地震が発生していたというエピソードがあるほどだ。

昨今、微量計測分野の天びんの用途が広がっており、なかには品質管理でフル活用されているケースもある。超小型化した精密機器の部品に塗布したグリースを0.01mgレベルで計測したい――

そんな細やかな要望にも応えていく必要があるというから、微量計測が可能な天びんの役割はますます大きくなっている。

無論、微量だからといって計測に時間がかかってしまっては意味がない。計測の見えない敵である静電気を除去する装置を本体に組み込み、正確・安心な計測の提供と併せ、今後も計測の高速化・高信頼性はさらに重要な意味を持つことになる。

今後は天びんで量った結果をそのまま他の分析装置に反映できるような一体化や自動化、IoT化なども視野に入れたものを目指すなど、約7000年前から人類が活用してきた天びんは、いまなお、科学や産業の発展に無くてはならない存在として進化し続けている。

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