生命の起源を探し求め、深海から宇宙へ…!
深海熱水微生物の研究家・高井研が挑む人類史上永遠の謎

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JAMSTEC が誇る“しんかい6500”“ちきゅう”など世界有数の装備を駆使して、深海熱水に“生命の起源”解明のキーを求めてきた高井研さん。
新たに宇宙での生命探索として人類科学史永遠の謎に真正面から向き合っている。

深海熱水に棲む最古の生態系を発見

「冒険的に未知の場所に行くのが楽しいんですね。必ず新発見というものがあって、それが面白くてやっています」と話すのは、JAMSTEC(海洋研究開発機構)で、深海・地殻内生物圏研究を担う高井研氏。日本が世界をリードしてきた深海熱水における微生物研究の第一人者だ。

高井 研

深海には300度を超える熱水が湧く熱水噴出孔がある。深海熱水微生物とは、太陽光の届かない極限環境でも、その熱水に含まれる硫化水素やメタンなどをエネルギー源として有機物を作り出す生物だ。

深海に50回以上もの潜航経験を持つ高井氏とそのチームは、有人潜水調査船や無人探査機を駆使し、水深500~5000mにある深海熱水噴出孔50箇所以上を直接調査。その中でインド洋海嶺の深海熱水に棲む、超好熱菌に注目。2002年の調査で、深海熱水環境に地球太古の生態系(ハイパースライム)が現存することを突き止めた。

「インド洋・かいれいフィールドの深海熱水は、日本近海のそれとは棲んでいる微生物がまったく違いました。原因を突き詰めると、インド洋の深海熱水は高濃度の水素を含んでいることが判明しました。水素を食べてメタンを作り出す菌がいて、別種の微生物がメタンを利用して…と、太陽に依存しない、地球内部から出てくる物質だけに支えられ独立した生態系がハイパースライムなのです。また、この深海熱水の高濃度水素は、周囲にある超マフィック岩という種類の地層が作用していることもわかりました。この発見が大きな転機になりました」

1977年に深海熱水噴出孔が発見されて以来、これこそ“生命の起源”の故郷という仮説が生まれたが、高井氏らの発見はそれを強力に推し進めるものであった。メタン菌などの超好熱菌は、人間にまでつながる系統樹の共通祖先に近い存在だった。さらに40億年前の太古の地球には、コアチマイトと呼ばれる超マフィック岩がふんだんにあったことなどをチームに参加した地質学者らが補完。“ウルトラH3(エイチキューブ)リンケージ”仮説と名付け、理論展開した(※1)。さらには積み重ねたデータやサンプルの分析、最大600気圧をかけられる独自装置で太古の地球環境を再現するなど、理論・調査・実験を何度も何度も積み重ねた結果、2014年には“ウルトラH3リンケージ”仮説が地球最古の生態系であることを証明した。最終的に“JAMSTECモデル”と名付け、アリストテレス以来、科学の大きな命題である“生命の起源”の解明につながることを世に示したのだ。

  • ※1)ウルトラエイチキューブリンケージ/ウルトラ=超マフィック岩(Ultramafic rocks)+H3=熱水活動(Hydrothermal activity)、水素(Hydrogenesis)、ハイパースライム(HyperSLiME)がそれぞれ結びついている(Linkage)

“生命の起源”解明の壮大な夢

「この研究が生命の起源を解き明かすことになるかもしれない」

大学で出会った、熱水に棲む超好熱菌に可能性を強く感じた高井青年は、超好熱菌の研究にのめり込んでいった。

当時はPCR法(※2)の実用化など、分子生物学の大きな転機を迎えており、高井氏は浅海域の熱水や温泉での超好熱菌研究で結果を残していった。

  • ※2)PCR法/ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)を用いて少量のDNAを増幅させ検出する。現在でも分子生物学で欠かせないDNA検査法。

そして、留学先のアメリカで、世界で一番深いマリアナ海溝の底に潜ることができる無人探査機「かいこう」のほか、有人潜水調査船「しんかい6500」や海洋調査船をそろえ、世界的な海洋研究機関として注目されていたJAMSTECの話を耳にする。

写真は「しんかい6500」の実物大模型
写真は「しんかい6500」の実物大模型

「自分の研究手法で深海熱水を調査したら、きっと面白い結果が出せる」

そう強く意識した高井青年は、紆余曲折を経ながらもJAMSTECに特別研究員として参加。半年後には「しんかい2000」で深海熱水調査を実現するなど、熱意と実績でやがて深海・地殻内生物圏研究分野を任されるまでになり“生命の起源”解明に真正面から取り組むことになった。

宇宙に広がる“生命の起源”探索

深海熱水における“ウルトラH3リンケージ”研究に目途が立ちつつあった2011年。高井氏は新たな世界と出会うことになる。

土星探査機カッシーニが、土星の衛星エンケラドスで、地下海と水の噴出現象を発見。にわかに生命の存在の期待が高まったのだ。そこで、深海熱水の生物研究で知られる高井氏に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から、エンケラドス生命探査計画への参加が打診されたのだ。

「エンケラドスには深海熱水があるらしい。宇宙に海があって熱水があるなら、深海熱水の王者を自負する我々としては参加しなけりゃダメだろうと」

エンケラドスで地球外生命を見つけることにはさまざまな意義があるが、特に地球の“生命の起源”探索に大きな意義を持つ、と高井氏は力説する。

高井 研

「“生命の起源”がなぜ解けないのか。それは、これまでは検証が不可能だったから。地球上での“生命の起源”は、1回起きて今も続いているだけなので、必然なのか偶然なのかもわからない。ところが、もしエンケラドスで生命が見つかり、それが地球と同じシステムだったとしたら生命の誕生は必然ということになります。初めて“生命の起源”を検証し、解き明かすことができるかもしれないんです」

“生命の起源”を巡る研究が宇宙に広がる一方で、深海への挑戦も新たなステージに入っている。海溝や中央海嶺にあるトランスフォーム断層(※3)など、超深海生命圏の解明だ。特にトランスフォーム断層は、マントル層の近くまで達しており、マントルによる未知の深海熱水の存在が期待されている。

  • ※3)トランスフォーム断層/中央海嶺などプレート境界に生じる横ずれ状の断層。中には超深海に達する深さのものも知られるが、その奥底の大半はいまだ調査の手が及んでいない。

「宇宙の結果を待つ間に、まだまだ地球でやらなきゃならないことがいっぱいあります」

高井氏はこれから続く冒険に未来を見据えた。

※所属・役職は取材当時のものです

高井 研 高井 研
高井 研(たかい けん)

国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)深海・地殻内生物圏研究分野分野長。1969年京都府生まれ。京都大学大学院農学研究科水産学専攻博士課程修了。博士(農学)。2000年、海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構)入所。以後、JAMSTECにて主に深海の微生物についての研究を進め、2014年より現職。専門は微生物学。超好熱菌の微生物学、極限環境の微生物生態学、深海・地殻内生命圏における地球微生物学を経て、現在は地球における生命の起源・初期進化における地球微生物学および太陽系内地球外生命探査に向けた宇宙生物学の研究を行っている。これまでの有人潜水調査船での潜航調査は、ゆうに50回を超える。

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