超高齢化で増え続ける国民の医療費負担
解決策となる「予防医療」が日本で進まない理由とは

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病気になったら病院で治してもらう。これまで当然とされていた医療の姿が、変革のときを迎えている。超高齢化が進むこれからの医療はどうあるべきなのか。医師だけの問題ではなく、今すべての人が問われている。
日本医学会会長 門田 守人 博士に話を伺った。

急がれる治療から予防へのシフト

2025年、団塊の世代が75歳の後期高齢者となり、国民医療費は今より25兆円増えて65兆円に達するとされている。現役世代がどれだけ汗を流し働いても、到底まかなえるものではない。いったいどうすればよいのか。

「これまでの医療の考え方を根底から変える必要があります。もっと広い視野で考えて、社会全体で対策していかなくてはならない。そういう時期が来ています」
とは、堺市立病院機構の理事長で、128もの学会を束ねる日本医学会の第七代会長を務める門田守人氏。その言葉の裏には、がん対策の計画策定責任者として経験した忸怩たる思いがある。

門田氏は、2011年から2017年の6月まで、国のがん対策推進協議会の会長を務めていた。同協議会では、2007年から5年ごとに「がん対策推進基本計画」を発表しており、国としてがんとどう向き合うか、その指針を示している。

第1期計画は、門田氏が協議会会長に就任する前、2007年に策定された。盛り込まれた主要テーマは、がんの死亡率を下げ、患者と家族の苦しみを軽減することで、10年でがんの死亡率を20%減ずるとの目標が掲げられていた。

「それから10年が経ちましたが、目標からは程遠い結果にとどまっています。死亡率の減少には、直接的な医療の進歩に加え、予防意識を高めることでがんになる人が減ることが織り込まれていました。ところが、予防面で掲げた目標がことごとく達成できていないのです」

2007年から2015年の間に、成人喫煙率は24.1%から18.2%に減少した。だが、同計画では「2022年に12%まで減少」が目標だ。また、国はがん検診の受診率を2016年までに50%にすることを目指していた。しかし、現状の受診率は30~40%台で、これも目標を大きく下回っている。

「この10年、がん拠点病院ができて、高度な医療が普及し、画期的な新薬も登場しました。にもかかわらず、がんの苦しみを減らすという目標は達成に至っていない。予防がいかに重要かを考えさせられました」

医療に携わるものの責任を痛感した門田氏は、第3期基本計画を練る過程で、社会全体で予防に取り組んでいく重要性を強く訴えた。

「がんに限らず、生活習慣で予防できる病気は数多くあります。これだけ分析技術が進んだ現代では、未病の状態で病気の兆候を捉えて、発症を遅らせたり、治癒させることも容易になると思います。今までの医療は個人を見ていました。これからはマス(集団)で見ていく必要があります。マスとしてマスの動きを捉えれば、個人では見えなかったものが見えてくる。“私の健康”から“自分たちの健康”へ。医師も考え方を変えないといけない。もっと歩みを早めるべきです」

人間らしく生き人間らしく死を迎えるために

人間らしく生き人間らしく死を迎えるために

だが、医療のあり方を議論する以前に、もっと根深い問題が横たわっていると、門田氏は指摘する。

「たとえば、たばこが健康に良くないということは、誰もが知っています。ところが受動喫煙を防ごうという取り組みは、遅々として進まない。喫煙は憲法に定められた権利だとまでいう議員もいる。でも、受動喫煙は違います。吸わない人に害を与えている。もはやそんな遅れた国はほとんどありません。明治以来、大学進学率は高まり、生活は豊かになった。その一方で、日本は大切な何かを見失ってしまっている気がしてならないのです」

なぜなのか。長く臨床医として働くなかで、門田氏はひとつ気がついたことがあった。生と死に関して多くの人に誤解があるというのだ。

「どうやら多くの人は、自分が死ぬとは思っていないんです」

どういうことなのか。

「医者にどれだけ止められても、たばこを吸い続ける患者さんがいますが、そういう人は自分だけはがんにならないと思っているのです。そんな人でも当然がんになる可能性があるわけで、いざがんだと知った途端、『もうたばこはやめます』と言ってくるんです。他の人は別として自分には死は訪れないという思い込みがある。もちろん生物が死ぬということは知っていますが、本当に命の危機が迫るまで、それを自分のこととして考えられていないのです」

門田 守人 博士

その原因を、門田氏は日本の風土に見ている。近代の日本は、極力日常から死を遠ざけてきた歴史や文化があるからだ。考えられる理由はさまざまだが、結果的に我々が身近な日常として死を目にすることはほとんどない。
一方、キリスト教の国では、子供のころから十字架に磔にされたキリスト像を目にして、死と向き合っている。

「これが理由のすべてではないでしょうが、死生観の違いが、たばこ対策やがん検診にも表れているのではないかと思うんです」

現在臨床の現場では、クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を高めることに加えて、最期の時を、どれだけ人間らしく、自分らしく迎えるかというクオリティ・オブ・デスの視点が注目されている。しかし、自分はまだまだ大丈夫と、死をリアルに受け止められない人間に、よく生きて、そして、自分なりの生を全うすることの意義をイメージできるはずもない。

「時間はかかるでしょう。でも、やらなければなりません。家庭教育がカギとなるのか、行政でできることがあるのか、それはわかりません。しかし、人が人間らしさを身につけて、人間らしく死を迎えられる社会を、社会全体で作り上げていくことこそが、もっとも大事な視点だと思います」

学者は真実に基づいてこそ

こうした理念のもと、門田氏は、いくつもの直言を発している。

「長く医学、科学に携わっていて、現在の日本では専門家のプレゼンスが弱くなっているのではないかと懸念しています。学者とは本来専門的な見地から、真理を語り、物ごとの是非を明確に表現する立場のはずです。しかし、ともすれば経済的な事情を優先したり、それこそ政治的な忖度で、真実を覆い隠したり、場合によってはねじ曲げてしまうような時勢に押し流されているように思えます。そんなことは決してあってはなりません」

真実一路。その姿勢を取り戻さなければいけないのは、何も学者に限ったことではない。

門田 守人 門田 守人
日本医学会会長 医学博士門田 守人(もんでん もりと)

1945年広島県生まれ。大阪大学医学部卒業、医学博士。米国メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターへ留学後、阪大に戻り、教授、副学長を務めて退任。がん研究会有明病院病院長を経て、現在は堺市立病院機構理事長。2015年9月からは日本臓器移植ネットワーク理事長。日本外科学会や日本癌学会など学術団体の会長や理事長を歴任し、17年6月から日本医学会会長。

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