シリーズ挑戦の系譜寒暖差や湿気に異臭…過酷なラボの室内環境を改善する、画期的な給排気コントロールシステム

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夏は暑く、冬は寒い、梅雨には結露が絶えない。
こうしたラボでの悩みは、研究室内の給気と排気のバランスに原因があった。
局所排気システムを手掛ける島津理化のチームが、研究者の職場環境改善のために立ち上がった。

研究者の健康を守る装置が研究室に及ぼしていたもの

「こんな環境を、そのままにして良いわけがない」
ある顧客の企業ラボ。その場に漂う薬品臭を嗅ぎ取った蝦名知樹は、決意を固めた。

蝦名 知樹
島津理化 事業本部 研究設備課 蝦名 知樹

蝦名が所属する島津理化は、ドラフトチャンバーや実験台などの研究設備をトータルで提供している。お客様の安全のために重要なドラフトチャンバーが、実は環境に良くない影響を及ぼしているのかもしれない。そんな危機感をこれまでも抱いていたなか、なんとかしなければ、という強い想いに駆られたのだ。

ドラフトチャンバーは局所排気装置の一種で、ニュースや科学番組では研究者が薬品などを囲い式のフードの中で混ぜたり、確認したりしている光景を目にする。化学実験などの際に、有害な気体を人が吸わないよう、その囲い式フードと排気ファン(空気を吸い出す装置)をダクト(管)でつなぎ、手元の空気を局所的に外部に排気するのだ。製薬分野をはじめ、分析やその前処理を行う現場でも広く用いられるラボには欠かせない装置で、法律でも設置義務がある。

研究設備
ドラフトチャンバー
Shimadzu Tokyo Innovation Plazaに設置されているドラフトチャンバー。給排気のコントロールを行い、ラボ内の環境を良好に保っている。

ドラフトチャンバーは、一般家庭の換気扇とは比べものにならないくらいの量の空気を超高速で排出している。そのため、稼働中は負圧でラボのドアが開きにくいというのもよくある現象で、もっとひどいものでは、壁が変形してしまうところもあるという。しかし、それだけの排気を行っていても、ラボを訪れると、化学薬品の匂いが強かったり、頭が痛くなったりすることもある。これらの現象は、決してすべての研究現場で起こっているわけではないが、なかには過酷だと感じる環境があることは事実だった。

これは、ドラフトチャンバーの排出量と速度だけが問題ではなく、室内から送り出された空気に対し、取り込む空気の量が不足していることに起因する。研究者の健康を守るための装置が、結果として研究者を過酷な環境に置いてしまうというのは皮肉な結果だ。

「長年その環境で仕事をして慣れてしまっている方もいらっしゃいますが、現場でヒアリングをしてみると、じつは多くの方が悩みや不満を抱えていることがわかりました。ドラフトチャンバーをお届けしている立場として、この状況を放置することはできませんでした」と蝦名は語る。
社に戻り、同僚と課題を共有するうちに、この問題の解決に向けたプロジェクトが自然発生的に立ち上がった。

研究設備と建築設備
双方の知見を活かして

しかし、その解決は容易ではなかった。
「法律上、排気は必須ですが、給気は定められていないため、設計時点で組み込まれていないのが通常です。また、最初から組み込むにしても、建物内のラボに大量の空気を供給するためには、建物自体の設計を一から見直さなければならないことも。建築業者の分野まで、異業種の私たちが踏み込んでいくべきなのかとためらいがありましたが、我々がやらなければという責任感の方が上回りました」と話すのは研究設備営業1課の家永直人だ。

家永 直人
島津理化 東日本営業部 研究設備営業1課 家永 直人

ラボに設置するドラフトチャンバーの数は、あとで追加されることも多く、機器の更新や追加の際に給気環境を見直す必要があることも少なくない。もちろん、建築業者は建物全体の給気や排気を考えて設計を行っている。しかし、ドラフトチャンバーがどれだけ特殊で、大量の空気を排気しているのかを正確に把握するのは困難なのだ。

「私たちの標準型『CBH-Sc』シリーズだと、1台で1時間に一般的な50メートルプール一杯分の空気を排出します。通常複数台設置されていることが多く、排出された量と同じだけの外気を取り入れる必要があります。装置を含めてラボ全体をトータルで提供し、把握している私たちが給排気のコントロールまで責任持って考えるべきだろうと思ったのです」(家永)

環境の改善には、研究設備と建築設備の双方の知識が必要だが、島津理化では特殊空調技術など建築設備についての知見もあった。どちらもできるのが自分たちだけである以上、そこに踏み入るのは必然だったといえるかもしれない。

「ラボによって、ドラフトチャンバーの設置数や性能も違いますし、建物の給排気システムも千差万別なので、オーダーメイドにならざるを得ません。当然、営業だけでできる話ではないので、技術者と密に連携しながら提案や調整を行う必要がありました」(家永)

給気コントロールだけでなく排気低減のメニューも用意

ドラフトチャンバーが排気した分の空気を室内に送り込む。文字で書くとそれだけのことだが、これを建物の環境やラボの稼働状況に合わせて提供するのは、一筋縄ではなかったという。研究設備課の鈴木悠介が話す。

鈴木 悠介
島津理化 事業本部 研究設備課 鈴木 悠介

「たとえば1時間にプール10杯分の排気に対し、同じ量の給気を常時行えば良いのなら話は簡単ですが、それでは導入コスト・運用コストともにかさんでしまいます。室内に送り込む空気も空調設備を通して温度管理などを行わなければ、環境は改善しません。運用コストを抑えて使ってもらえるシステムにするために、工夫が必要でした」

まず取り組んだのは、「低風量ドラフトチャンバー」の開発だ。排出される空気の量を抑えつつ、チャンバー内の空気が室内に出ることを抑えられれば、ラボ内の環境悪化や、給気の量も低減することができる。そのため、排出する勢いでドラフトチャンバー内の空気を引き出すだけでなく、作業のために手を入れる前面のシャッター側からも空気を送り込むことで有害物質の流出を抑えた低風量型ドラフト「CBH-LV」を開発。封じ込め性能はそのままに、排気風量を約40%削減することに成功した。

もう一つが「可変風量ドラフト」の開発。従来品は前面のシャッターの開き具合に関わらず、同じ量の空気を排出し続けていた。そのままでは排気の無駄も多く、その分の給気をすればコストもかさむ。シャッターの開き具合に応じて風量を調節し、開口部の風速を一定に保つ可変風量型を導入することで、最大で80%の排気風量を削減することが可能となった。

この可変風量型ドラフトの実現に、大きな役割を果たしたのが「高速可変風量装置」だ。VAVと呼ばれる可変風量装置は、一般的な空調装置では、風量の調整に分単位の時間がかかっていた。人体に有害な物質の流出を防ぐには、高速化が不可欠。全開から全閉までを3秒以内に行える高速タイプのVAV開発により、排気の風量を抑えるだけでなく、後述の給気量も合わせて制御することが可能となった。

稼働するドラフトチャンバーの数や、排出する風量に合わせて給気をコントロールできる「給排気風量制御システム」は、ラボの環境改善に切り札となるものだ。ドラフトチャンバーは複数設置されていても、常にすべてが使われているわけではない。たとえば、10台すべてが全開で使用されている状況と、3台が稼働し、2台はシャッターを閉じた状態で運転されているような状況、そのどちらにもリニアに対応できるのがこのシステムだ。

「ただ、すべてのラボに給排気風量制御システムが必要なわけではありません。ドラフトチャンバーを低風量型や高速型のVAVを導入した可変風量型にすることで無駄な排気を削減すれば、給気設備などを追加しなくても改善することもあります。ラボの規模や予算に合わせて、選べるシステムを用意することで多くのラボの環境改善に貢献したいです」(鈴木)

垣根を越えたチームで環境改善に挑む

システムを選べるということは、個々の状況に合わせて最適なソリューションを提案する必要があるということでもある。
「そういう意味でお客様へのご提案が複雑で、非常に大変なシステムなんです」(家永)

家永 直人

開発した2019年当初は、代理店販売も検討していた。だが、社内でも対応できる社員が限られるほど難しい内容であるため、現在は、自社の営業担当の育成に注力している。そこで家永が大切にしているのが、「わかるように伝えること」だ。営業や技術など社員同士、このシステムがどのようになれば貢献できるのか、お互いが理解し、説明できること、伝わることこそがお客様のためになると考えている。

「現場を回っていると、温度や湿度などに悩む研究者の方が本当に多い。導入にはそれなりのコストと時間がかかりますが、環境は劇的に改善するので喜んでいただいています」と家永も確かな手応えを感じている。事業としてドラフトチャンバー単体での販売では価格競争になることもあるが、給気やラボの設計までトータルで提案できることは、島津理化ならではの強みだ。
「『島津に任せてよかった』と言われるのは本当にうれしいです」(家永)

トータル提案だけでなく、その後の工事の分担やシステム導入後の調整など、技術者も現場に出向くことが多いのもこのシステムの特徴。そのため、営業や技術の垣根を越えたチームとしての動き方も板についてきた。
「ラボ完成まで、何度もお客様と打ち合わせを重ねます。5年かかった案件も、多様なご要望に誠実な対応をした結果、『おかげで会社に来るのが楽しい』と言っていただけています」(蝦名)

現実に向き合い、設計や工事といった新たな分野にも踏み入れたのは、より良い環境で研究に取り組んでもらいたいという強い想いだった。彼らのその想いが、顧客の職場環境を改善に導いた。「なんでもつくる」「売りっぱなしにしない」という初代島津源蔵から受け継いだ遺伝子は、島津理化にもしっかりと継承されている。

プロジェクトメンバー
開発にあたった島津理化のプロジェクトメンバー。
左から事業本部 研究設備課 蝦名 知樹、東日本営業部 研究設備営業1課 課長 家永 直人、事業本部 研究設備課 鈴木 悠介。

インタビュー動画

※所属・役職は取材当時のものです

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