シリーズあしたのヒント男性の子育て参画で社会と職場が成長する
男性の育休取得がもたらすものとは

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改正育児・介護休業法が施行され、男性社員に育休取得を促すことが企業の義務となった。そんななか、上司はどのように男性部下と接し、チームのマネージメントを行えばよいのか。
NPO法人ファザーリング・ジャパン理事であり、3児の父としてそれぞれで育休を取得した経験を持つ塚越学さんに聞く。

企業も育児チームの一員になることが求められる

「年末に子どもが産まれます」
そんな男性部下の言葉に「父親になるなら、仕事をがんばらないとな」と笑顔で励ます。そんなよくある光景が、2022年4月から施行された改正育児・介護休業法では、違反となる可能性がある。

「この改正で、子どもが産まれる男性社員に取得希望が無くても、①育休制度 ②育休の申出先 ③出生時育児休業給付金 ④社会保険免除を説明し、取得意向を確認することが企業の義務となりました。この4つを説明したうえで『育休はいつ取る?』と尋ねるのが、人事部や上司のやるべき仕事です」

この法改正に合わせ出生直後の8週間に取れる「産後パパ育休」制度や、子どもが1歳になるまでの育休を分割して取得できる制度もスタートし、企業の育児休業取得状況の公表も一部義務化された。なかでも、企業から育休制度の説明と意向確認をするという部分は、国への政策提言で法改正を後押しした塚越さんがこだわったところで、将来的には、男性の育休期間を延ばし、男女の期間差を無くすのが狙いだ。

「ファザーリング・ジャパンの調査で、取得しなかった男性への『何があれば育休を取ったか?』の問いで断トツだったのが、『上司の後押し』でした。給料が減るとか、キャリアが遅れるといった理由が一般的ですが、じつはこれが本音だったのです」
とはいえ、取りたくない部下もいるかもしれない。
「育休は妻という思い込みや制度の無理解も多い。さらに上司なら『国や会社の方針だから』ではなく、『育休実現の職場が私の理想』と自らの想いを示し、『仕事で不安があるなら対処するのが私の仕事』と協働意思を示すのがポイント」と力を込める。

また、もし部下の出産を出産後に知った場合は、「妊娠すら言えない職場だったか」と反省し、心理的安全性の高い職場を実現して欲しいと付け加える。

育児の大変さを知って男性こそ経験すべきと確信

塚越 学

「男性社員の育休取得促進は、『イクボス』を増やす絶好の機会です。イクボスとは、部下や組織を、そして社会や自分も『育てられるボス』という意味もあり、ダイバーシティマネージメントや人的資本経営ができるボスです。人材確保が大きなテーマとなっているいまの時代に求められるリーダー像と言えるでしょう」

塚越さんがこの活動を始めたのは、自身の経験がきっかけだ。第一子で取得したのは有給休暇を使う「隠れ育休」だったが、妻の退院直後から新生児育児をした経験は「衝撃だった」。
「あまりにも大変で、3日でもう無理だと思いました。当時の育児日記から算出した1日の育児時間は平均11時間強。労働時間なら3時間残業程度で大したことなさそうなのに、実際はクタクタになっている。ここに育児のマジックがあります。残りの13時間は自由時間に見えますが、それは育児外の小間切れの合計。新生児は授乳回数が多く、その前後のお世話が増えます。レム睡眠で眠りも浅く、少しの物音でも起きてします。その都度、どうして泣いているのか、オムツなのか授乳なのか、寒いのかなど対応しながらあやしてまた寝かせることの繰り返しなのです」

その間に親も食事、洗濯、買い物、お風呂、掃除などもこなすので、睡眠不足で1日中育児をやっている感覚。3日でクタクタになった理由が見えてくる。しかも相手は生まれたばかりの命。こちらは育児の素人。親も緊張の連続で休まらない。産後の女性は心身がボロボロなので本来自分のケアに集中すべき時期だが、男性は育休でも取らないと、この過酷な環境が見えないかもしれない。
「なかには部屋が汚いとか、自分の食事の用意がないと文句を言ってしまう男性も。産後の女性はオキシトシンという愛情ホルモンが分泌されますが、育児に協力しない者を〝敵〟とみなす作用もあり、産後女性の52%は離婚を考えたという調査結果もあります」

また、もっと深刻な問題は、妊産婦のメンタルヘルスだ。出産という大イベントに向けて増えていったエストロゲンとプロゲステロンが、出産後は急激に低下する。それにより産後うつを発症する女性もおり、妊産婦の死因の第一は自殺だ。これまでデフォルトだった実家のサポートも、いまは両親も働いているか、高齢出産の連鎖で高齢だったりして期待できない。上司は、部下の家族の命の問題として、産後パパ育休取得を推すこと。育休を取らない場合でも、残業させない、すぐに妻と連絡が取れるなどの配慮をして欲しいという。

部下の育休はチームが成長するチャンス

塚越さんは「父親こそがワンオペ育児を経験するべき」と強調する。赤ちゃんというコントロールできない相手に、小刻みなタイムマネージメントが必要な育児経験は、仕事の生産性を上げることを実感しているからだ。

塚越 学

「乳幼児が好きなのは“快”と“安心安定”を与えてくれて“興味関心”を向けてくれる存在です。これを父親がやれば父親を好きになります。また、『母性』は女性に備わっているものではなく、育児経験が脳を変化させて生じるため、男性も同じ経験をすれば同じように脳が変化するという研究があります。産むことができない男性こそ、育児経験で子育て脳をつくる必要があるのです」
子育て脳を持つと、ゼロから人を育てる経験獲得に加え、早く子どもに会いたいと効率よく仕事を進める意識に変わり、育児で身につけた育成力とタイムマネージメントで、労働生産性は向上する。

さらにチームとしての成長を目指すなら「エース社員こそ育休を取らせるべき」という。
「育休となったら、その人の仕事を“渡す・止める・なくす”しかありません。特にエース級が担う仕事は「止める」わけにいかないので、ほかのメンバーを育成し、引き継ぐ。エース社員に頼ってきたメンバーの底上げが図れます。休む本人は育休体験で人間力を上げて帰ってくる。チームにとって成長の起爆剤になるんです」

しかも、育休は事前にわかるため準備期間が十分にある。コロナ禍で急にメンバーが長期間休む経験をした企業なら育休対応のほうが容易だろう。また、育休が取得しにくい企業では、若手が離職しやすい点も留意が必要だ。

育休制度は女性の活躍を推進するための施策ととらえられがちだが、活かし方を工夫すれば、男性のキャリア、組織の成長の起爆剤になる。法改正をチャンスととらえられるか否かは、近い将来、必ずチームや企業の成長に大きな差として現れるだろう。

※所属・役職等は取材時のものです。

塚越 学 塚越 学
(株)日本ギャップ解決研究所所長 、(株)東レ経営研究所 ダイバーシティ&ワークライフバランス特別研究員、公認会計士
NPO法人ファザーリング・ジャパン理事
塚越 学(つかごし まなぶ)

公認会計士として監査法人トーマツ(現:有限責任監査法人トーマツ)に勤務。育児と介護を同時期に経験したことを契機に東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス推進部に転職。ワークライフバランス推進をテーマに、企業・労組・自治体などに対し、講演・ワークショップ・コンサルティングを行う。2023年7月より日本における各種ギャップを解決すべく、日本ギャップ解決研究所所長として活動。

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