シリーズ島津遺産

あらゆる光を解析し産業発展を支える、まばゆく美しいデバイスの正体

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「カイセツコウシ」という虹色に輝く美しい部品がある。
見慣れないこの部品が、実はあらゆる産業の発展を支えてきた多くの製品の心臓部として、なくてはならない存在であることはあまり知られていない。
しかしこの「回析格子」の歴史は長く、さまざまな技術の鍵を握ってきた。その用途はいま、さらに多彩な分野に広がっている。

光を分析すれば、遠い星の素顔もわかる

夜空に浮かぶ星の輝き。

かつて人類はそんな星をただ「明るい」「暗い」「赤い」「青い」といった形容詞でしか区別していなかった。だが、いまや我々は、その位置や移動速度、成分組成、密度や圧力も知っている。分光測定という技術が浮き彫りにしたものだ。

分光測定とは、任意の波長の光を物質に当てることで、目的の物質に何が含まれているのかを非破壊、非接触で判別する技術。材料の組成のほか、対象の濃度や屈折率、結晶性なども計測でき、材料工学、石油化学、薬品製造、鉄鋼、自動車、半導体製造などおよそあらゆる産業でなくてはならない技術となっている。

光の波長については、プリズムの実験を思い出すとわかりやすい。人間の目で捉えられる可視光線は「白色光」と呼ばれるが、プリズムにこの白色光を通すと、虹のような多様な色に分解される。

この色の違いは光の波長の差。つまり、白色光はさまざまな色の光が集まったものなのだ。実は物質によって反射したり、吸収したりする光の波長は全く異なる。リンゴが赤く見えるのは、緑の光が吸収されるので、その補色である赤の光が反射して目に入ってくるからだ。

分光光度計では、機器内の光源から数センチ先の試料を測っているが、その原理は何億光年も離れた星の光を調べる分光観測でも同じだ。遠い星々がどのような成分で成り立っているのか、どれくらいのスピードで地球から遠ざかっているのか、あるいは回転しているのかもわかる。

近年は分光観測の精度が向上し、恒星の周囲を回る惑星の成分も調べられるようになり、水などの有無を通して、生物生存可能な惑星の探索が盛り上がっている。

回折格子なら不可視光線にも対応

その分光測定の肝である“光を分ける”デバイスには、かつてはプリズムが使われてきた。

1952年、島津製作所が初めて自社で作り上げた「紫外可視分光光度計QB‒50型」もプリズムを搭載していた。しかし、高度経済成長期に入り、産業の急激な発展にともない、より正確で、微細なレベルの分光測定が求められるようになり、分解精度が優れているとは言い難かったプリズムの限界がささやかれるようになった。

そこで脚光を浴びたのが「回折格子」だ。回折格子は、プリズムと違い、可視光のみならず、紫外線やX線、赤外線などにも対応でき、用途がぐっと広くなるだけでなく、分解精度も高いため、ものづくりが高度化していくなかで必須のデバイスとなっていった。

回折格子そのものは、ガラス板などに1µm前後の細かい溝(スリット)を規則正しくつけたデバイスで、回折と呼ばれる現象を起こす。回折とは“波”が障害物の背後などを回り込んでいく現象のこと。防波堤の隙間を縫って波が押し寄せるのも回折の一つであり、ぶ厚いコンクリートの建物内でも、外の音が回り込んで聞こえてくるのも回折による効果だ。

トロイダル回折格子
トロイダル回折格子

水や音と同様、光もまた波の性質を持っている。白色光が回折格子を通過するとき、障害物であるスリットを避けようと、特定の波長同士が同じ角度で曲がっていく。その中で光が重なり強め合うことで、同じ波長、つまり同じ色の光が回折格子の向こう側でくっきりと描かれることになる。

島津の回折格子メーカーとしての歴史は、1950年代にさかのぼる。当時、回折格子は希少な製品だったが、技術提携をしていたアメリカのBausch & Lomb社から輸入すると同時に、製造に必要な技術を習得していった。

内製を後押ししたのは1975年、回折格子の特許を取得していた理化学研究所の技術をもとに行った商品化に向けた共同研究だった。理研から基礎技術を習いながら進めた最先端の研究は、回折格子の加工技術開発と性能向上を果たし、共同特許を取得。自製化を加速させた。当時、分光測定の市場はますます広がっており、島津独自の分光装置を次々に生み出す、なくてはならないキーパーツとなった。

直読式光電分光分析装置
直読式光電分光分析装置
  • 写真は1957年の『改組40年記念誌』より。写真のような分光装置に回折格子が使われている。この装置は、金属工業の品質管理用として合金の分析に使われ、分光分析された合金の成分や量が光電式測定法によって即座に記録される。

医療から半導体、食品まで用途は広がり続けている

現在、島津製の回折格子は、自社の分光光度計に使われるほか、他社のさまざまな製品にも採用されている。

健康診断や検査などで採取した血液や尿の成分を分析するために分光測定が用いられているが、回折格子の品質が測定精度を左右する。ほかにも、光センサを活用して出荷前のフルーツや青果物の糖度や酸度などを測ったり、種や浮皮(うきかわ)を見つける装置や、河川や土壌に含まれる物質評価のための装置をも支えている。

2000年前後からは光通信分野にも広がっている。回折は、光を分けて、進む方向を変えることができるため、膨大な情報を乗せてファイバーの中を進む光の交通整理をするには欠かせないのだ。

2013年には光ネットワーク内で光の波長を切り替える「波長選択スイッチ」にも採用されており、ITが仕事にも生活にも欠かせない重要なインフラとなった昨今、その需要は今なお右肩上がりで伸びている。

冒頭で触れた天文学でも、島津の回折格子は大いに活躍している。2013年にJAXAが打ち上げたイプシロンロケットに搭載された惑星分光観測衛星「ひさき」の宇宙望遠鏡にも採用された。地球上では捉えられない極端紫外光を宇宙空間で観測し、惑星の大気を分析することで、各惑星の大気に太陽光が及ぼした影響を詳しく調査。惑星の謎の解明に新たな糸口を与えようとしている。(「ぶーめらん」30号参照

このように、世の中のあらゆる産業において、回折格子は科学技術の発展を後押ししている。これら技術・装置の心臓部ともいえる必要不可欠な存在として、重要な役割を担い続けてきた。それゆえに、常に時代に合った厳しい技術進歩が求められてきた歴史がある。

島津は、お客様や時代が求める高い技術を提供しつづけることを目指し、国内で唯一、回折格子の外販も行っている。外販で島津以外の分野に対応することは、回折格子の性能向上につながるだけでなく、回折格子を採用する製品自体の性能向上をも実現している。その根底にあるのは、社会に貢献できるものを広く世に届けたいという創業者の精神そのもので、そのこだわりは、唯一無二の高い技術を持つ職人を多く生み出すことにもつながっている。

多様なニーズに応え続けてきた結果、いまや島津の回折格子のラインナップはトータルで1000種類を超えるに至っている。いまなお回折格子は新たな用途が探究されており、国内にとどまらず、世界の多くの分野でキーデバイスとして、ものづくりの発展をさらに支えていくだろう。

※所属・役職は取材当時のものです

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