クラゲで世界一に
倒産寸前の水族館が前人未到の偉業を達成するまで

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倒産寸前だった水族館を“世界一”の座に押し上げたのはクラゲだった。
「クラゲドリーム館」の愛称を持つ鶴岡市立加茂水族館の館長を半世紀近く務めた村上龍男名誉館長に、クラゲとの人生、そしてその魅力を聞いた。

クラゲに光を見出す

村上氏が加茂水族館の館長職に就いたのは27歳のとき。それまで鶴岡市立だった水族館が、市の意向で観光開発を手がける第3セクターに売却されたことがきっかけだ。勤務し始めて2年目、1967年のことだった。

「市の職員は皆いなくなってしまい、残った3人の飼育係の中で私が一番年長だったのです。今考えると、それが苦労の始まりでした」

当時、加茂水族館は年間20万人以上が訪れる人気施設だった。

しかし、周辺の観光開発の失敗により、水族館の売上は、他の赤字施設の補填に使われるようになってしまう。施設の更新もできなくなり、ついには雨漏りも直せなくなった。

来場者も右肩下がりとなっていき、1971年には閉鎖の憂き目に遭う。村上館長は住居を担保にするなど、私財を投じなければならない状況に追い込まれながらも、生き物の餌代を工面し、飼育を続けたことで市民からの寄付が集まり、翌年には再開館。その後、東京の商事会社が経営に携わるも、低迷からの脱却には至らなかった。

1997年には来場者は史上最低を記録。しかし、その年に企画したサンゴの展示水槽から、意外な契機が生まれる。

「その水槽で、小さな生き物が泳ぎだしたんです。はじめは何だかわからなかったのですが、若い飼育員が興味を持って餌を与えてみたら、そのうち成長してクラゲになったんです。どうせならと展示してみたところ、お客さんが声をあげて喜んでくださいました」

世界一のクラゲ水族館に

世界一のクラゲ水族館に
クラゲドリームシアター(写真提供:加茂水族館)

そんなに喜んでいただけるのであればと、近海からクラゲを採って展示してみると、さらに好反応。翌年、クラゲの水槽を増やしたところ、それまで右肩下がりだった来場者数が上昇に転じた。「水族館を立て直すにはこれだ」と村上館長は決意を固めた。

だが、クラゲの寿命は数ヶ月と短くまた販売も数種類しかなく、常設展示をするには自分たちで繁殖させることが必要だった。しかも、泳ぐ力の弱いクラゲは、魚用の通常の水槽では、水流に負けて弱ってしまう。しかし、クラゲ専用の水槽は当時非常に高価で、借金だらけの状態では手が出せなかった。

思い悩んでいると、ある若手の飼育係が手描きの設計図を持って来た。

「この形であれば水がうまく循環してクラゲが飼えるはずだと。業者に作ってもらったところ、驚くほど安価に導入することができました。その水槽を改良してできたのが今の加茂水族館の水槽で、今や世界のクラゲ水槽のスタンダードにもなりました」

たった3人で始めた水族館の再生で、2000年にはクラゲの展示種類数が12種に達し日本一となる。水族館の世界では最も繁殖が難しいとされるクラゲの展示を始めて、わずか4年目の快挙だった。しかし、予想に反して来場者数は上向かなかった。

「考えてみれば、来場者のほとんどが地元のお客さんでしたから、そのころにはだいたい皆さんクラゲを見てしまっていたんです。何か起爆剤が必要ということで思いついたのが、『クラゲを食べる会』でした」

展示をしているクラゲを食べるという思い切った企画は注目を集め、館長自ら企画したクラゲのしゃぶしゃぶや握り寿司は、文字通りの起爆剤となり、マスコミも押し寄せた。館内にはクラゲレストランもオープンし、全国からお客さんが集まるようになった。

村上名誉館長(写真提供:加茂水族館)
村上名誉館長(写真提供:加茂水族館)

時期を同じくして、村上館長は全国規模のクラゲのネットワーク作りにも乗り出す。水族館だけでなく大学、研究施設と連携し、季節によって多種多様なクラゲを提供してもらい、難しいと言われるクラゲの多品種展示に本腰を入れたのだ。

その甲斐あって2005年にはクラゲの展示種類数が21種で世界一に。2012年にギネス世界記録にも認定される。文字通り、名実ともに世界一のクラゲ水族館となったのだ。

展示や繁殖方法など、そのノウハウを求める声が、日本だけでなく世界中から後を絶たなくなり、2015年には国際クラゲ会議を開催。世界9カ国から著名な水族館の関係者約40名が加茂水族館に集まった。

クラゲのネットワークは世界へと広がり、現在は約70種類のクラゲを展示している。そして、同年3月、村上館長は退任し、奥泉和也氏が引き継いだ。実は、クラゲ用の水槽が買えなかった当時、自ら設計し、その後もクラゲ飼育技術を開発したあの若者こそが、奥泉現館長だった。

クラゲチューブ(写真提供:加茂水族館)
クラゲチューブ(写真提供:加茂水族館)

クラゲがつないだ下村脩氏との縁

加茂水族館を語る上で欠かせないのが、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質の発見で2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩氏だ。

オワンクラゲが常設展示されているのは加茂水族館だけだったこともあり、受賞のニュースと同時に多くの人が水族館を訪れた。しかし、当時は発光状態では展示できていなかったという。

「受賞のニュースは、クラゲに関わるものとして自分のことのようにうれしくて、下村先生にすぐにお祝いの手紙を書きました。その際、当館でのオワンクラゲのことも書き添えたのですが、それを見た先生がお電話をくださって、発光させるための方法を教えてくれたのです」

その方法とは餌に発光分子のセレンテラジンを混ぜるというもの。セレンテラジンも下村氏が手配してくれたという。このアドバイスによって、オワンクラゲの発光展示が可能になった。

「通年でオワンクラゲの発光展示ができているのは、世界でもほとんどありません。下村先生は私たちに大きな力をくださった恩人です」

2010年には下村氏が一日館長を務め、地元の小学生を対象に講演会も行われた。

2014年からは名誉館長に就任。同年には下村氏と村上氏の共著『クラゲ 世にも美しい浮遊生活 発光や若返りの不思議』(PHP新書)も出版された。クラゲドリーム館には今も下村氏のコーナーが置かれている。

発光するオワンクラゲ(写真提供:加茂水族館)
発光するオワンクラゲ(写真提供:加茂水族館)

クラゲの魅力

かつて下村氏が務めていた名誉館長の職にある村上氏。ほぼ半世紀にわたってクラゲに関わり続け、誰よりもクラゲを知る村上名誉館長に、その魅力について改めて聞いた。

「まず何よりも見た目がきれいなことですね。ゆっくりと流され、動いて、変化し続ける動的な美しさ、癒しがある。その様に見惚れて、水槽の前でずっと眺めているお客様も大勢います。また、クラゲは繁殖が大変難しく、供給が安定しないので展示に手間がかかります。でも、その分誰もやってこなかった。だからこそ、水族館として挑む面白さがありました。誰かの後を追うのではなく、道を開拓していく面白さも魅力でしょう」

誰も挑まなかった道を切り拓き、その道で世界のトップとなった加茂水族館。

現在、増改築計画を進めており、クラゲの繁殖についての研究施設もオープンする予定だ。ゆっくりであっても常に変化し続けるクラゲの魅力は、この水族館が体現しているのかもしれない。

村上 龍男 村上 龍男
村上 龍男(むらかみ たつお)

1939年、東京都生まれ。山形大学農学部を卒業後、東京での民間企業勤務を経て66年より加茂水族館の飼育主任として勤務。67年、同水族館の売却に伴い館長に就任。2012年、クラゲの展示種類数で同水族館がギネス世界記録に認定。15年、館長職を退任。19年、鶴岡市から水族館名誉館長を委嘱。著書に、『クラゲ 世にも美しい浮遊生活』(PHP新書:共著)『無法、掟破りと言われた男の一代記―加茂水族館ものがたり』(JA印刷山形)などがある。
(写真提供:加茂水族館)

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