シリーズ挑戦の系譜患者さんにも技師にも優しい“SHIMADZU”を
院内での安全性、使いやすさ、デザイン性という高い期待に応えた回診用X線撮影装置の開発

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患者さんのため、医療現場のために、世界をまたいだ密なコミュニケーションが生んだ製品。
本当に必要とされる装置の実現に開発陣が応えた日、拍手が鳴り止むことはなかった。

伸び縮みする支柱

「装置のコンセプトはわかるんだけど」
「支柱はどうなってるの?」
「伸び縮みする支柱を載せてくれないと、売れないよね」

医用機器事業部の診断X線グループの面々は、かけられる言葉に居心地の悪さを隠せずにいた。年に2度の海外販社代表と開発チームを一堂に集めた戦略会議の席。俎上に上がっていたのは開発中の回診用X線撮影装置 MobileDaRt(モバイルダート)の次期モデルだ。

病院内を自由に移動させられて、どこでもX線撮影ができるこの装置は、島津製作所のグローバル戦略を代表するヒット商品だ。シリーズの世界販売台数累計は4000台。世界中で販売され、最大市場の米国でシェア1位をとったこともあった。

とはいえ、先代のMobileDaRt Evolutionが発売されてからすでに7年。競合もMobileDaRtを研究し、島津が先行していた走行性能で肉薄。さらに使い勝手を大きく向上させる工夫を盛り込み、シェアを奪い返しにきていた。その最大の工夫が「伸縮式支柱」だったのである。

支柱とはX線管などの主要部品が取り付けられた柱のこと。かつて回診用X線装置の支柱は固定式で高さ180センチほどあった。だが競合はこの支柱を伸縮式にし、撮影しない時はコンパクトな姿とすることに成功していた。

医用機器事業部 グローバルマーケティング部 主任 柴田眞明

「院内を走行している時に、支柱が伸びていると視界を邪魔してしまう。患者さんはもちろん、医師や看護師などが緊急対応のために急いでいることも多く、ぶつかってしまったら一大事です。医療現場の立場から考えると、たしかに、伸縮式の支柱はもっともな要求でした」(柴田)

伸縮機構の要望はそれ以前から聞かされてはいた。だが、医用機器に求められる耐久性・安全性を満たしながら、自在に伸縮できる機構を作ろうとすると、大幅なコスト増となり競争力が失われてしまう。様々な代案を提案してみたが、現場の空気を知る販社メンバーには響かなかった。

彼らが開発陣へ期待をかけたのにはもう一つワケがある。それは、MobileDaRtがお客様との関係を築く重要な「ドアオープナー」だったからだ。

施設の設計から検討しなければならない大型のX線装置と違って、回診装置は設置場所の制約がなく価格も低めなので、商談にかかる時間が短い。初めて訪問するお客様であっても、MobileDaRtの性能に満足してもらえば、島津の他の製品にも興味を持っていただきやすい。それだけに、デモでお客様にあっと言っていただける伸縮式支柱は、是が非でも実現してほしかったのだ。

「これは、やるしかなさそうだな」

販社メンバーの期待に満ちた視線を受け取った新型機の開発チームリーダーとなる経営戦略室ヘルスケア事業戦略ユニット係長の中村俊晶は、一つ大きく息をつき、メンバーを見渡した。出席していた開発メンバー全員の目にも、光が宿っていた。

「SHIMADZUを持ってきて」

かくして、次期MobileDaRtに伸縮式支柱が採用されることが決まった。開発には時間がかかると見て、チームは次期モデルの仕様が決まる前に先行して伸縮機構の開発をスタートさせた。

医用機器事業部 技術部 主任 早川徹

「今度の機種は伸縮式支柱が不可欠ですから、開発に失敗したら製品そのものがなくなってしまう。正直プレッシャーはありました」とメカ担当の早川は振り返る。

伸縮機構の鍵を握るのはバネとワイヤーだ。他社製品には、電動式の伸縮機構もあった。しかし、回診装置に積めるバッテリー容量を考えると、貴重な電気は少しでも撮影に回したい。チーム全員が共有していた「後発で、他社より劣るわけにはいかない」との思いが、早川の奮起を促した。

試行錯誤を経てたどり着いたのは、らせん形の巻き取り機にワイヤーを巻き取りつつバネの力を伝える機構。巻き取り機をらせん形にすることで、バネの反発力の変化を吸収し、最初から最後までスムーズに支柱を動かすことができるというイメージだ。

仕組みはシンプルだが、各部に絶妙なバランスが求められ、簡単には成り立たない。数学の教科書を手に、シミュレーションと試作、実験を繰り返す日々。いつしか教科書も油の染みだらけになった。

幾度も試作を繰り返し、伸縮式支柱にある程度見通しが立ったところで、正式に開発にゴーがかかった。もう後戻りはできない。

年を越えるとデザイナーの杉江もチームに加わった。杉江はその頃、並行して島津の医用機器のデザインすべてに踏襲する統一コンセプトを策定するプロジェクトにも加わっていた。新MobileDaRtは、そのコンセプトが適用される初号機になることが言い渡された。

総合デザインセンター デザインユニット 副主任 杉江智哉

「新しいコンセプトは『ブライト BRIGHT』。患者さんにも技師さんにも明るい気持ちになってほしいと、シンプルなデザイン、明るい色にすることを決めました。ただ、じゃあ明るい白ってなんなんだと。調色の業者にお願いして何度も色の調整を行ったり、できた色見本を海外販社のマネージャーに送って確認してもらったり、それだけで何ヶ月もかかりましたね」(杉江)

デザインに関しては海外販社からの要望もあった。「SHIMADZU」のロゴを側面に大きく入れてほしいというのだ。

「この装置を入れて院内を移動するときに、SHIMADZUという名前をアピールしたいんだって言うんです。『回診車を持ってきて』じゃなくて『SHIMADZUを持ってきて』と言われるようになりたいと」(柴田)

コミュニケーションの力

「11月の北米の展示会に間に合わせること」という事業部長命令を守るには、開発は徐々に遅れ始めていた。だが、開発実務に専念する中村からチームリーダーを引き継いだ高柳が中心となり、品質保証部や生産部門、サービス統括部も巻き込んでの怒涛の追い込みが続いた。

医用機器事業部 技術部 課長 高柳剛

「従来どおり開発をすすめていれば、遅れを取り戻すのは困難でした。でも最重要商品として、医用機器事業部の各部門を横断して情報共有を図る連携プロジェクトが進められました。そうすると、発生した問題をすぐさま関連部署で情報共有し、各部門長を含めた組織としての意思決定や問題解決が速くなった。目的を共有したコミュニケーションの重要さを改めて痛感しました」(高柳)

2017年11月、目標だった北米放射線学会の会場に島津の最新型回診用X線撮影装置「MobileDaRt Evolution MX8 Version」はあった。白く明るい出っ張りの少ないシンプルな形状に仕上げられた最新型は、管球のポジショニングを行う時も、スーッと管球が動き、少しの力でも片手で操作できた。触った誰もがそのスムーズさに歓声を上げた。

医用機器事業部 技術部 課長 中原忠彦

長年、MobileDaRtの開発に携わってきた中原は、開発陣を代表して学会に参加していた。「展示会前日、全世界の販社メンバーを集めた決起集会でお披露目すると、全員がスタンディングオベーションで迎えてくれた。あの興奮は一生忘れられそうにありません」(中原)

販売と開発、そして事業部全体が綿密なコミュニケーションをとり、一つの目標に挑んだ結果、たどり着いた成果。MobileDaRt Evolution MX8 Versionは、患者さんと技師の関係を大きく改善したとして2018年度のグッドデザイン賞を受賞した。

MobileDaRt Evolution MX8 Versionを囲む開発・技術・デザインメンバー
MobileDaRt Evolution MX8 Versionを囲む開発・技術・デザインメンバー。写真右下から時計回りに、医用機器事業部 グローバルマーケティング部 主任 柴田眞明、総合デザインセンター デザインユニット 副主任 杉江智哉、医用機器事業部 技術部 課長 高柳剛、同課長 中原忠彦、同主任 早川徹
回診用X線撮影装置「MobileDaRt Evolution MX8 Version」
支柱が縮まるコンパクトデザインで狭い場所でも快適な走行を実現した回診用X線撮影装置「MobileDaRt Evolution MX8 Version」

※所属・役職は取材当時のものです

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