シリーズあしたのヒントどこからがパワハラなのか…
あいまいな境界線を見極め、組織のコミュニケーションを円滑にする

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職場でのコミュニケーションは仕事を進め、部下を育てる上で不可欠だ。
しかし、パワーハラスメントを恐れるあまり部下との日常会話まで減ってしまう例を耳にするほど、近年はハラスメントのなかでもパワハラを課題とする組織が増えてきている。
パワハラはなぜ起こり、どう防げばよいのだろうか。
一般社団法人職場のハラスメント研究所所長であり、労働ジャーナリストの金子雅臣氏に伺った。

文脈や人間関係によって変わる境界線

「ハラスメントの土台となるのは、『人権侵害はダメだ』という思想です。相手の人格を否定するような言葉を投げつけてはいけないという認識は、近年どの企業でも共有されるようになってきました。今問題視されているのは、どこからがハラスメントになるのかの境界線がわかりにくいということで、いわば次の段階に入ってきているということではないでしょうか」

と語るのは東京都で長く労働相談に携わり、2008年からは一般社団法人職場のハラスメント研究所の所長として、国際機関や行政、メディアや企業に提言や教育を行う金子雅臣氏だ。

「同じ言葉を投げかけても、文脈やその人との人間関係によってハラスメントになる場合もあれば、ならない場合もある。それが部下を持つ立場の人にとってはわかりにくさにつながっているのだと思います。

金子 雅臣

ただ、職場以外の場面では私たちは文脈や人間関係によって使う言葉を変えているはずです。例えば、普段から仲良くしている人に対してはフランクな言葉遣いでも問題ありませんが、同じ言葉を初対面の人に使ったら失礼に当たる場合もあります。基本的には、それと同じことだと考えればいいでしょう」

たしかに私たちは普段の社会生活において、無意識に相手との人間関係の深さや前後の文脈などによって言葉遣いを変えている。それを職場の関係においても意識することは、そう難しいことではなさそうに感じるだろう。しかし、明確に「この言葉はNG」という境界線がない以上、これは言ってもいい、これはいけないといった判断も難しい。

「基本的には、その言葉を受けた側がハラスメントだと感じるかどうかが基準となります。電車で足を踏まれることにたとえると、踏まれた側は痛さを感じて不快になりますが、踏んだ側は痛みがわからない。なので踏まれた側が『痛い』と声を上げることからしか解決に向けた道は始まらない。それと同じなのです」

足をわざと踏む人がまれであるのと同じように、パワハラにしろ、セクハラにしろ、“ハラスメントをしてやろう”と考えて行うことは少ない。その中で、ハラスメントをなくして円滑なコミュニケーションができる職場をつくるためには被害者の痛みにつながる基準を知る必要がある。

組織や業界の慣習が一般常識よりも優先される文化

「ひとつの基準は『その言葉や行為は仕事に直結しているか?』ということです」と金子所長は言葉を続ける。

「例えば大きなミスがあったときに、頭を小突いたり、『親の顔が見たい』とか『こんなこと小学生でもできる』と言う人がいたとします。でも、よく考えてください。この言動は、仕事とはおよそ関係ないのではないでしょうか。毎日毎日仕事とは関係ない内容でなじったり体罰を加え続けた結果、『足を踏まれた側』が続く痛みで業務が満足にできなくなったと、もしハラスメントで訴えたら反論はできません。

ミスを叱る場合、感情に任せず、本当に仕事に関係しているのか、叱るその言葉が厳しくても部下の成長につながるのかを基準に考えるべきでしょう」

考えてみれば当然のことのように思えるが、そうしたハラスメントの事例がなくならないことに対して、金子所長はこうも指摘する。

金子 雅臣

「文化が悪影響し、日本のハラスメント対策が世界からかなり遅れていることが問題視されはじめています。世間一般の常識よりも、職場や業界の慣例やしきたりが重視されてしまう文化もその一つ。2018年はスポーツ界で多くのハラスメントが明るみに出ましたが、これもそのスポーツの世界や組織内での論理が、世間の常識よりも上位に置かれていたためだと考えられます。

もし会社で部下に暴言と体罰で指導する文化がよしとされていたとしても、通勤電車やご近所付き合いのなかで隣の人に同じようなことをしてしまったら、明らかに問題になりますよね」

“常識人”として振る舞っている人でも仕事となると、ついついその業界や会社内の慣例を優先してしまうことはビジネスマンならば心当たりがあるだろう。そこで一度踏みとどまり、会社や業界を離れた状況でもその論理が通用するのかを考えることが、職場のハラスメントの根絶につながるのだ。

部下に期待する姿勢が信頼関係を生み出す

同じ言葉を使ってもハラスメントになる場合とならない場合があるが、そこには信頼関係の有無が大きく関わっている。では、その信頼関係を築くためにはどうしたらよいのだろうか。

「強く言えないからといって、なんでもかんでも褒めればいいというものではありません。部下に対して期待感を持って接することです。その期待が具体的な言葉として表に出てくるようになると、関係が変わってきます。

また、『おれの背中を見て学べ』とコミュニケーションを取らないまま、頭ごなしに『どうしてできないんだ?』と言って通じる時代ではなくなっていることも理解する必要があります。社内で立場が上の人は、下の人より仕事ができるのはいわば当然で、むしろ、できない人のほうが『どうすればいいか』を聞きたいはずですから、部下と日々向き合い、『こうすればいいのでは』と具体的な方法を指南したり、『一緒に考えよう』と関わることで、上司に対する信頼感が大きく変わる。人間として誠実かどうかも、今の時代は必要なのです」

仕事や責任の重さが増してくると、ついついミスをした部下に厳しくなりがちだ。時には本当に厳しい言葉で伝えなければならないときもある。

もし部下の指導方法に迷ったら、人格を否定していないか、その論理が会社や業界の外でも通用するものかどうか、仕事と無関係な部分にまで及んでいないかをもう一度問い直してみるといいだろう。

※所属・役職は取材当時のものです

金子 雅臣 金子 雅臣
一般社団法人職場のハラスメント研究所所長 労働ジャーナリスト金子 雅臣(かねこ まさおみ)

1943年、新潟県出身。静岡大学文理学部卒業後、東京都庁に入庁し、労働相談を担当するかたわら、労働問題を扱うジャーナリストとしても活躍。2008年に一般社団法人職場のハラスメント研究所を立ち上げ、企業での講演や指導などに多数関わる。著書は『パワーハラスメントなんでも相談』(日本評論社)、『壊れる男たち』(岩波新書)、『部下を壊す上司たち』(PHP研究所)、『労働相談(裏)現場レポート』(築地書館)、『職場のモンスター』(マイコミ新書)など多数。

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