持続可能な社会のために必要な素材として期待される世界初の生分解性ポリマーの開発

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まったく違う分野の知見が組み合わさったとき、世の中を驚かせるイノベーションが生まれた。
カネカが開発した実用性の高いカネカ生分解性ポリマーPHBH®は、環境問題の解決に、確かな一歩を刻んでいる。

言葉が通じない

目の前の相手が何を話しているのかわからない―。だれもが一度はそんな場面に出くわしたことがあるだろう。使っている言語が違うわけでも、方言が強いというわけでもない。初めて聞く単語ばかりで、さっぱり理解できないという場面だ。しかし、その出会いがあったからこそイノベーションを生み出せた会社があった。

「私たちの会社は、創業の頃から、発酵と高分子という異なる分野の技術を持っていました。それがうまくいった要因じゃないでしょうか」と言うのは、株式会社カネカ生産技術研究所の植田貴志氏だ。

2009年、同社は世界で初めて100%植物由来で、軟質性、耐熱性を持つ生分解性ポリマーPHBH®を開発した。生分解性ポリマーとは微生物の働きによって分子レベルまで分解され、最終的に二酸化炭素と水となって自然界へ循環していくポリマー素材のこと。

同社の開発した生分解性ポリマーは、土中のほか海中の微生物でも短期間で分解される。しかも、植物由来なので、分解されても大気中の二酸化炭素は循環するだけで増えることはない。また、硬いものから軟らかいものまで幅広い特性をもつポリマーをつくることができるため、さまざまな製品に加工が可能だ。

カネカは現在、カネカ生分解性ポリマーPHBH®の大型プラントを建設し、量産化を急いでいる。そこには深刻な環境問題が関係していた。

カネカ
株式会社カネカの佐藤俊輔氏(写真左)と植田貴志氏(写真右)

近年、マイクロプラスチックと呼ばれる微小なプラスチック粒子が海洋生物の体内に蓄積されるなど、生態系への影響が懸念され、ヨーロッパを中心に強く問題視されている。それを解決し、持続可能な社会のために、今後必要な素材として大きく期待されているのがカネカ生分解性ポリマーPHBH®だった。

開発を担当した植田氏とともに中心に立ってきたのがバイオテクノロジー研究所の佐藤俊輔氏だ。植田氏とは部署は違うが、このプロジェクトでは社内を横断する形で、一つのチームを組んだ。

植田氏はポリマーなどの生産プロセス開発の専門家、佐藤氏はバイオテクノロジーの専門家だ。佐藤氏は、2004年の入社時に、PHBH®のプロジェクトに加わりたいと直訴。念願かなって配属となった際、大学時代との設備の違いに、「企業の研究ってこんなにすごいんだ」と顔を輝かせていた。しかし、植田氏らと初めて顔を合わせたときに、言葉があまりにも通じなかったことにショックを受けたという。

高分子とバイオ。同じ理工系であっても、実験のプロセスや使っている用語はまったく異なる。大学で4年~8年過ごしている間に、研究室での常識が自分の常識となり、他の分野に進んだ同級生とのコミュニケーションはなくなっていく。もし入社したのがカネカでなければ、あるいはPHBH®の研究に携わらなければ、二人は一生クロスすることがなかったかもしれなかった。

「今はだいぶ歩みよって言葉もわかるようになりましたが、最初の頃は、言葉も違えば、考え方も違って、衝突することもしばしばでした」と佐藤氏は笑う。

手を携えて環境問題の解決へ

カネカは1949年の創業。当初から、塩ビ製品を中心にした高分子事業と、パン酵母や医薬品の原料を製造する発酵事業を2本柱としてきた。

20世紀も終わろうとしていた頃、時代に合わせてそれぞれの事業が多彩な領域に踏み出していくなか、『これからのものづくりは環境問題を意識しなければいけない』と、生産技術研究所から声があがり、微生物がつくるポリマーをやってみようと、部門を横断してのプロジェクトが立ち上げられた。

植物由来のポリマーの開発は、まず候補となる微生物を探すところから始まる。微生物も人間と同じように摂取した栄養分を体のなかに脂肪のようにため込む能力がある。何を栄養分にして、どんな物質として蓄えるかはその種類ごとに異なる。

日本中から土を採取してきては、新しいポリマーをつくる微生物がいないか、島津製作所の高速液体クロマトグラフProminenceを使い、しらみつぶしにスクリーニングした。

Prominenceシリーズ
Prominenceシリーズ

その過程で、一つだけ有望そうな微生物が見つかった。「それが本当にたまたまなのですが、カネカのこの高砂工業所の土の中にいた微生物なんです」(佐藤氏)と驚きを語る。

可能性を見込んだ当時の担当者は、理化学研究所に評価を依頼。結果、有望な素質を持っていることが明らかになった。

「もちろん、最初はポリマー材料なんかじゃないのです。微生物はエネルギー源としてためているだけなので、実用化可能なポリマー素材とは似ても似つきません。そこにカネカならではの発酵並びに高分子技術を導入することで実用化可能なポリマー材料になるようにするんです」(佐藤氏)

「製品となったときの競争力を決めるのは力学強度などの品質であったり、ポリマーを効率的に回収できるプロセスだったりします。生分解性であることは大前提ですが、製品としてしっかりしたもの、工業的に生産できるものにする必要がありました。『こういうのができないか』と佐藤に要望を伝えると、『できます』と言って本当につくっちゃう。僕ら高分子屋からしたら理解できない。バイオ技術には無限の可能性があるということを思い知らされました」(植田氏)と、二人は開発の様子を振り返る。

高砂工業所内の実証プラント
高砂工業所内の実証プラント
高砂工業所には、島津製作所の高速液体クロマトグラフProminenceシリーズをはじめ、ガスクロマトグラフGC-2010Plus、GC-2014や紫外可視分光光度計などが100台以上稼働している。

遠慮せずに要望をぶつけられる相手

生分解性ポリマーの研究の歴史は意外に古い。1925年には早くも仏パスツール研究所が枯草菌の体内にポリエステルに似た性質の物質があることを発見した。その後も納豆菌などがポリマーをつくることが発見されたが、折からの石油化学産業の隆盛で、手間のかかる生分解性ポリマーの開発は後回しにされるのが常だった。

時代が流れるなかで、温暖化とプラスチックごみの問題が深刻になるに従い、世界中で、化石燃料に頼らず生分解するポリマーの開発が進められるようになったが、実用レベルに至るものはなかった。

そのなかでカネカが世界初を成しとげた要因を佐藤氏はこう推測する。「ただ素材をつくるのでなく、その素材が最終的にどんな製品となるかをうまくイメージできるよう、私たちは、お客様の声をつねに吸収することに重きをおいています。その声から最終製品の品質を目指して開発してきたことが、うまくいった理由だと思っています」

株式会社カネカ 佐藤俊輔氏
株式会社カネカ 佐藤俊輔氏

「異分野であるバイオと高分子の部署の連携が、違和感なく進められたのは、お客様の声の実現を一番に目指したからです。その連携が素直にできていなかったら、もしかしたら、うまくいっていなかったのではないかと思います。違う分野、価値観であってもお客様のために、お互い遠慮せずに要望をぶつけられる。それがカネカでやる意味だと思いますので」と植田氏も口をそろえる。

株式会社カネカ 植田貴志氏
株式会社カネカ 植田貴志氏

かくして出来上がったカネカ生分解性ポリマーPHBH®は、前述のような優れた特性を示し、世界から大いに注目されている。カネカが歴史上二足のわらじを履いていたことが成功要因だったとすれば、「言葉が通じない」異分野が出会う機会は、今以上に大切にされてもいいかもしれない。

※所属・役職は取材当時のものです

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