シリーズあしたのヒント「経験学習」で育て上手な上司に
社内の人材育成に重要な3つの要素

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「若手社員が育たない」と嘆くだけの上司や先輩になっていないだろうか? そう問いかけるのは、「経験学習」をテーマに研究を重ねる北海道大学大学院 経済学研究科 松尾 睦 教授。
人が育たないのは伝え方の問題でもあると指摘する松尾教授が、育て上手なリーダーになるためのコミュニケーションのコツについて語った。

すべて本人任せでは成長に限界が訪れる

就職市場は今、空前の売り手市場。だが、なぜか戦力と言える人材がなかなか育たない。そういった嘆きの声が、企業のリーダーたちから聞こえてくる。会社の教育制度は十分で、OJTなど人材の成長を支える研修の場はたっぷり用意しているにもかかわらず、思ったように育たないと言うのだ。

現在、大学ではキャリア教育が熱心に行われており、就職支援も手厚い。学生にとって〝教えてもらえる〞という環境が当たり前になっているなか、採用説明会で必ずと言っていいほど、「御社の教育制度は充実していますか?」といった質問が飛んでくるという。

受け身だから成長しない――そう厳しい見方をするリーダーもいるかもしれない。だがよく顧みてほしい。果たして上司や先輩である自分の育て方は、部下や後輩たちに伝わっているだろうか? 北海道大学大学院経済学研究科の松尾睦教授は、人が育たないのは伝え方の問題でもあると指摘する。

「元来、職人気質の強い日本人は、『俺の背中を見て自分で考えろ』という指導が長年当たり前でした。また、それでちゃんと育っていたのも事実です。しかしパソコン仕事がメインとなり、背中を見ても何をやっているのか見えない時代となった今、ポテンシャルの高い優秀な人材ならともかく、普通の人は何をどうしたらよいかわからず埋もれてしまうんです。一方、同じ職人気質が強いと言われるドイツのマイスターたちは、初めて仕事に臨む人には、後で本人が自分で成長できるように最初にしっかりと説明します。説明不足なのは、コミュニケーションが苦手な日本ならではの問題なのです」

リーダーが何の道も示していないにもかかわらず、成長できずにあえいでいる部下に対して「受け身で育たない」というレッテルを貼ってしまっていないだろうか。それこそ育つのを〝待つ〞のではなく、育つように育てること。それがリーダーの使命なのだ。

北海道大学大学院 経済学研究科 教授 松尾 睦

挑戦し、振り返り、楽しむ経験学習で成長を促す

人を育てる企業づくりのために、松尾教授は「経験学習」という概念を提唱している。仕事を実際に経験した上で内省し、かつ教訓を引き出して次へとつなげていく。これが経験学習の基本的な考え方である。

この経験学習では「挑戦し、振り返り、楽しむ」という三要素が重要な鍵となる。松尾教授はこの言葉を、目標に向かって挑戦する力である「ストレッチ」、内省や他者からの指摘などによる振り返りである「リフレクション」、仕事に面白さややりがいを見出す「エンジョイメント」に置き換えている。挑戦的な目標に取り組み、仕事を振り返りながら、仕事の意義とやりがいを感じた時、経験から学ぶ力はぐっと高まっていくのだという。

なかなか人が育たないと嘆くリーダーたちの多くは、この三要素の展開がうまくいっていない可能性がある。特に育て下手な上司で目立つのは、ストレッチの前段階であるアサインメント、つまり仕事の割り振りの時点ですでに問題を抱えているということ。

「やや背伸びすれば届くような仕事にアサインし、達成感を得られるようにするのがベストなのですが、過剰にレベルの高い仕事を与えられて躊躇する若手も少なくありません。そして一番の課題はアサイン時の説明不足。育て上手のマネージャーは、ドイツのマイスターのように仕事の初めの部分をしっかりと説明しています。作業内容ではなく、会社や組織における仕事の位置づけ、この仕事を経験することでどんな成長を期待しているのか、成功のためのコツやポイントなど、その仕事の意義、重要性などを説明しているのです」

その人にとって意義ある仕事を手掛けているという実感を持たせること。さらには問題の乗り越え方を少しだけ示して、〝先〞を見せていくこと。これが本人のモチベーションを高め、自律し、成長を遂げていくための力となるのだ。

経験の振り返りは日々の声かけから始まる

また、育て下手な上司のもう一つの問題として、コミュニケーション不足が挙げられるという。部下との対話が少ないせいで、部下が自分の仕事の今を振り返る場であるリフレクションが絶対的に不足しているのだ。

「おそらく半年ごとの面談だけであったり、業務・作業の確認のみで終わっている定期ミーティングがほとんどだと思います。毎日2〜3分でよいので業務を振り返る機会を何度も持つこと、そして何をやったかの業務報告ではなく、所属組織のビジョンを意識しながら『われわれは何を目指しているのか? 今取り組んでいる仕事はどうあるべきか?』といった話をすることが大切です」

これを習慣化することでビジョンが伝わり、細かなコミュニケーションを通して若手たちも見守られている安心感を抱き、方向性のズレなどもその場で適宜修正できる。まさしく一石三鳥である。

ただここで気を付けたいのは、あれもこれもと手取り足取り細かく指導しすぎないこと。無意識のうちにリーダーの望む姿・作業だけを押し付けてしまい、身動きが取れなくなることで、本人の自発的な考えを否定することにつながってしまうのだ。それではいくらコミュニケーションを取っても成長のチャンスを与えたことには決してならない。監視と見守りは違うと松尾教授は言う。

「伝説の国語教師である大村はまさんによれば、『先生のお陰で成長できました』と言われたら教師は二流だと思うそうです。一流は恩義など感じさせないうちに生徒を成長させている。育て上手な上司もまさに共通しており、本人に『すべて自分でやり切った』と思わせることで、自信をつけさせているのです」

ここで重要なのは「やり切らせる」ことだ。本人が独力でやり切ったという感覚は、そのまま仕事の楽しさ=エンジョイメントにつながっていく。おのずと仕事にやりがいを見出し、「次はもっと頑張ろう」と前向きな気持ちが自然と芽生える。

さらにこの瞬間もマネージャーは見逃してはならない。よかったことは褒め、修正すべき点はきちんと指摘する。本人が「なるほど」と思えるようなポジティブフィードバックをしっかり行うことで、さらなる成長の足がかりを作っていくのである。本人に前向きな意識が芽生えた時の指摘こそ、心に響くものがあるのだ。

北海道大学大学院 経済学研究科 教授 松尾 睦

ちょっとしたきっかけが育ちやすい組織の土台となる

経験学習に重要な3つのサイクル「ストレッチ」「リフレクション」「エンジョイメント」。これを長い人生のなかで絶えず回していく原動力となるのが、本人が大切にしている価値観である「思い」と、他者との「つながり」だという。その思いを他者に理解させ、つながりを作らせる場を上司が本格的な経験学習プログラム上で行うとなると、ハードルが高くなるかもしれない。しかし難しく考えず、簡単な振り返りから始めることで、経験学習の習慣が派生していく。

「ミーティング前に二人一組のペアを作り『先週経験したこと、学んだこと』を1分間考え、2分間で共有するというエクササイズを実践することをおすすめします。議論の準備運動になりますし、お互いの価値観が共有されることで相互理解につながり、経験を振り返る習慣が身に付きます。まずは小さなきっかけから始めてみるのも良いのではないでしょうか」

日々、互いに対話を繰り返していけば、振り返りもしやすくなり、部下の業務だけではなく、一人の人間として理解できる。まずは言葉を交わす。育て上手なリーダーへの近道は、今も昔も同じである。

※所属・役職は取材当時のものです

松尾 睦 松尾 睦
北海道大学大学院 経済学研究科 教授松尾 睦(まつお まこと)

1964年東京都町田市生まれ。小樽商科大学商学部を卒業後、北海道大学大学院文学研究科修士課程にて行動科学を専攻する。東京工業大学大学院社会理工学研究科の博士課程を経て、英国ランカスター大学経営大学院にて博士号を取得する。塩野義製薬、東急総合研究所で勤務後、岡山商科大学、小樽商科大学、神戸大学大学院などを経て、2013年より現職。経営組織論を専門としており、『経験学習』などをテーマにした研究を重ねている。著書に『職場が生きる人が育つ「経験学習」入門』(ダイヤモンド社)などがある。

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