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国民的女優の運命を変えた意外なきっかけ
沢口靖子が追い求める「魂の表現」とは?

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テレビドラマシリーズ『科捜研の女』(テレビ朝日系)をはじめ、映画やテレビドラマ、舞台など数多くの作品で主役を務める女優・沢口靖子さん。誰もが認めるキャリアを積んできた国民的女優として、今だからこそ感じることとは――。

まじめさとコミカルさを併せ持つ「マリコ」を演じる楽しさ

私が主演を務める『科捜研の女』はおかげさまで第16シーズンが終了し、来年、第17シーズンが放映されます。30代半ばでこのドラマに出会って以来、これほど長く一つの作品に関われていることに感謝の気持ちでいっぱいです。

主人公の榊マリコは、科学を武器にハイテク化・凶悪化する犯罪に立ち向かう法医研究員。頭の回転も行動も速いという役なのですが、私自身はおっとりしたタイプなので、ついていくのに必死です。でも、科学オタクの半面、芸術オンチでもあり、まじめさの中に時折コミカルな一面をのぞかせるマリコをとても気に入っています。

マリコの名パートナーである捜査一課刑事・土門薫役の内藤剛志さんとはお互い大阪出身。日常生活の中に自然にお笑いがある環境で育った者同士ならではの、あの絶妙な間合いでのセリフのかけ合いができるのは楽しいですね。

書道から女優の道へ運命を変えたオーディション

素晴らしい作品との出会いに恵まれ、ここまで歩んで来ることができましたが、デビュー以前は女優になりたいと思ったことはありませんでした。地元にも親戚にも芸能関係者はおらず、芸能界はとても遠い世界でした。

幼いころはキャビンアテンダントや保育士さんに憧れたこともありました。でも本当に大好きだったのは書道です。母方の祖父と母が達筆で、伯母が書道教室の先生という環境で育ち、自然と字を書くことが好きになりました。小学校時代は、書道の授業の前日になると、授業で納得のいく字が書けるようにと、母にお願いして特訓してもらうほど入れ込んでいました。将来は「字を書く」ことを仕事にしたい。いつしか真剣にそう考えるようになり、高校3年生になると、書道に打ち込める大学を目指して受験勉強に励みました。

そんな「書道ガール」だった私の運命を変えたのは幼なじみです。彼女が「東宝シンデレラオーディション募集」の新聞広告を見つけ、私を推薦してくれたのです。私も高校時代の記念にと軽い気持ちで応募したのですが、何しろ受験生ですから準備をする時間などなく、オーディション会場のある東京に向かう新幹線の中で、申し訳程度にセリフや歌の練習をしたことを覚えています。そんな調子で受けたオーディションでまさかのグランプリを受賞し、芸能界デビューをしてしまうのですから、人生分かりませんね。

沢口 靖子

無我夢中で務め上げた朝ドラヒロイン

デビュー翌年に出演したNHK連続テレビ小説『澪つくし』は、女優として歩みだしたばかりの私にとって本当に意義深い作品となりました。当時、下宿していた所属事務所の経理部長の自宅から東京・渋谷にあるNHKのスタジオまで、毎日満員の通勤電車で通い、山のようなスケジュールを無我夢中でこなしていました。

一番苦労したのはセリフまわしです。ドラマの舞台は千葉県だったため、当然、関西なまりはNGです。でも、収録中に感情が込み上げると、どうしても慣れ親しんだ大阪弁が自然と出てしまいます。そのたびに撮影は中断です。共演者やスタッフの方々にご迷惑をおかけするのが本当に心苦しかったですし、ずいぶんと歯がゆい思いもしました。

おかげ様で多くの方に観ていただき、全国的に沢口靖子を知っていただくことになったのですが、長期にわたる収録が終わっても、私自身はそんな実感はありませんでした。今考えると、当時の私は女優として仕事に臨むというより、演技スクールに通っている感覚だったのだと思います。

そんな私に「(あなたは)今、やっと女優の卵からひなにかえったところですよ」 と厳しくも温かい言葉をかけてくださったのが、脚本家のジェームス三木先生です。今でも強く印象に残っていますが、当時はその言葉の意味でさえいまいちつかめていませんでした。今振り返ると、あの時、今の沢口靖子に続く道を意識し、一歩踏み出したのだと感慨深く思います。あれから32年も経っているのですが、今でも「澪つくし、観ていましたよ」と声をかけていただくことがあり 朝ドラの影響力の大きさには驚くばかりです。出演が決まった時、当時の社長をはじめ周りの方が大変喜んでくださったのも改めて納得しています。

明日のためにむやみに落ち込まない

作品を通して、夢や希望、感動を届けられる女優という仕事は、本当にやりがいがあります。役を全うするために、脚本家が描いた世界観を心から理解し、与えられた役柄はその魂まで表現したい。その一心で、毎回取り組んでいます。

一方で、正解のない難しさもあります。セリフが自分の「言葉」になるまで脚本を読み込み、演技プランを考え、監督からOKが出ていても、いざ画面を通すと自分が表現しようとしていたことが映し出されていないことがあります。何年女優を続けていても、いまだに反省することもしばしばです。

でも、いつまでもくよくよと悩むことはしません。大変だったなと思う日ほど、夜はあえてさっと寝て、翌朝すっきりとした気分で改めて問題と向き合うことにしています。こうすることで、むやみに落ち込んだりせず、解決策を建設的に考えられますから。こうして心身の健康維持に気を配っていることも、長く仕事を続けられている秘訣かもしれません。

沢口 靖子

人間の深みを表現できる女優へさらに進化するために

人間には強い面も弱い面もありますし、美も醜もあります。傷ついたり傷つけたりすることも、つまずくこともあるでしょう。そうした人生の経験が俳優の内面を豊かにし、豊かな内面から湧き出る表現が感動を呼ぶのではないかとも思います。

ところが私の場合、ポジティブであるが故に、これまで自分のなかで壁らしい壁にぶつかったり、スランプを感じることがありませんでした。素晴らしい方々と作品に恵まれ、幸か不幸か、現在に至るまで順調に女優人生を歩んで来てしまった分、今一つ、表現者として真の何かをつかみ切れていないのではないか、結果を出せていないのではないか。30年を超えた今まさに、私の内側でそんなふうにもがいている自分がいる感じがして仕方がありません。もしかしたら、今のこの状態が私にとっての本当の壁であり、次への進化のきっかけなのかもしれませんね。

キャリアを積み重ねてきたからこそ、気づけることも表現できるものもあるはずです。これまでは、いわゆる正統派の役柄をいただく機会が多かったのですが、今後はもっと人間の深みを表現できる役柄にも挑戦したい。そのためにもさまざまな出会いに一層感謝し、もがいている今の自分を大切にしていきたいですね。

沢口 靖子 沢口 靖子
女優沢口 靖子(さわぐち やすこ)

1984年『刑事物語 潮騒の詩』でデビュー。1985年NHK連続テレビ小説『澪つくし』で全国的に人気を博し、以降、ドラマ・映画・舞台で活躍。テレビドラマ「科捜研の女」「鉄道捜査官」(テレビ朝日系)、「警視庁機動捜査隊216」(TBS系)、「検事 霞 夕子 」(フジテレビ系)、舞台「蔵」(1995年)、「細雪」(2000年)など代表作多数。最新作は映画『校庭に東風吹いて』(ゴーゴービジュアル企画/映画「校庭に東風吹いて」製作委員会)。

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