生きるための「形」を。
乳がん患者の葛藤によりそう医師の姿勢

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メスを入れても跡が目立たないように。小さながんも見落とさないように。
患者さんの心に寄り添うことを第一に考える、昭和大学病院乳腺外科 明石定子 准教授の思いに迫る。

患者さんが納得のいく治療を

乳がんの罹患者は、年間約9万人も発生している。女性が罹患するがんではトップで、じつに女性の11人に1人が生涯に一度は乳がんを患う計算だ。その数は年を追うごとに増えているが、乳がんで死亡する人の数はほぼ横ばいだ。患っても治る人が増えていることを物語っている。

「怖れなくてもいいんです。リンパ節への転移がないⅠ期なら9割が治りますし、0期で早期発見できれば治癒率は97%を超えます。『いたずらに不安を覚えるよりもしっかりご自身が納得したうえで治療をしていきましょう』と患者さんには伝えています」とは、昭和大学病院の准教授でブレストセンターの明石定子医師。これまで2000例を超える手術に携わり、神の手の異名をとりながらも、それを感じさせない柔和な表情が印象的だ。明石医師がもっとも大切にしているのが患者さん自身の「納得」だ。「ただ治せば良いというものではありません。医師として情報をしっかり提供し、その情報に基づいて患者さん自身に正しい選択をしてもらえることが重要です」。

他のがんにはない乳がんの特徴に、がん細胞の「広がり」という現象がある。乳管の内部にがんができ、浸潤の度合いにしたがってステージが上がっていく点は胃がんなど他の上皮がんと同じだが、乳がんは浸潤がなくても乳管に沿ってがんが広がっていくケースがある。広がりが大きい場合、乳がんのセルフチェックの指標となるしこりが小さくても、切除する範囲が大きく、乳房温存治療が難しくなる。

早期発見であったことを伝えつつも、「『じつは、こういうがんの広がりがあるので部分切除が難しい。でも、切除する部分が大きくても、がんの悪性度が高いということとはまた別なんですよ』としっかり納得してもらうまで説明します。私だけで足りなければ、専門の資格を有した看護師やカウンセラーにも加わってもらっています」。

「形よりも命を」…切実な願い

乳房は女性の象徴でもあり、切除によって心に大きな傷を負うケースも多く、乳房の再建治療をどのようにするかについても、しっかりとした話し合いが必要だ。同センターでも摘出と同時に形成外科医が乳房再建を行う術式を導入し、患者さんの希望を最優先できるようにしている。

2006年には自家組織の移植による再建術が、2013年には人工乳房(インプラント)を使った再建術が保険適用となり、再建を望む人が増えることが予測された。しかし、実態はさまざまだという。

「形はどうでもいいからとにかく『この子のために長生きさせてほしい』と言う患者さんもいれば、『一緒にお風呂に入ったときに子供がびっくりするといけないから再建したい』と言う人もいます。お一人おひとり、患者さんが術後の生活で何を一番大切にしたいのか、それによって乳房に対する捉え方が違います。命をつなぐための手術ですから、その後の状態がどのようになるのか、どんな自分で生きていきたいか、術後の写真などで具体的なイメージを持っていただきながら、しっかりお話しして、希望にあう治療を考えていくことを大切にしています」

患者の目線に立ち、気持ちにとことん寄り添う。その姿勢はセンターの若い医師の目標にもなっている。

昭和大学病院乳腺外科 准教授 明石 定子

乳がんで亡くなる人をゼロに

同センターは究極の目標として、「乳がん死をゼロにする」ことを標榜している。大きすぎる目標にも見えるが、医療をリードする人材の育成、患者に寄り添う医療、そして新しい装置や治療法の導入を精力的に進め、着実に成果を積み重ねている。

この目標へ近づくためにもっとも大切なのは早期発見と正確な治療だ。通常、しこりなど自覚症状があれば、X線を使ったマンモグラフィや超音波の画像で確認し、生検を行って治療法を決める。そして、がん病巣をはっきりと確認できるMRIやPET/CTなどでがんの進行度、広がり、全身状態などを調べて、治療方針を決定する。画像診断は早期発見と正確な治療の大きな鍵だ。

その画像診断のなかで、明石医師は乳房専用PETへの期待を口にする。これは、乳房が入る20センチほどの穴が開いたベッドに患者がうつ伏せになり、その穴に乳房を入れることで乳房のがん病巣を詳細に撮影し、見ることができる装置で、島津製作所は2014年に乳房専用PET「Elmammo」を製品化している。

乳房専用PET装置「Elmammo」
2014年に製品化した島津製作所の乳房専用PET装置「Elmammo」

通常の全身用PETとの違いは検出器までの距離と検出器の性能だ。乳房までの距離がある全身用PETでも、直径1センチ程度の小さながん病巣を発見できるが、乳房専用PETは、乳房を入れる穴の周囲に検出器を置いたことで、検出器までの距離を最小限に抑えるとともに、乳房用に細かい検出素子を搭載した。その結果、高い感度と高い解像度を実現でき、5ミリ程度の乳がんまでとらえることができるようになった。

乳管内進展まで描出できた症例画像
乳管内進展まで描出できた症例画像、PET/MRIによるフュージョン(左上)、マンモグラフィ(右上)、超音波(左下)Elmammo(右下)

この高い性能により、これまではっきりと見つけられなかったがんの広がりも明瞭に確認することができる。何よりマンモグラフィのように検査時に痛みを伴うなどの苦痛がない。
「共同研究で乳がん患者さんの撮影をさせて頂きましたが、見え方はMRIとほぼ同等。造影剤禁忌や閉所恐怖症をお持ちでMRIが使えない方でも検査してもらえるので、恩恵を受ける人は多いでしょう」

がん検診を受けて欲しい

早期発見を増やすうえで、明石医師は、乳がん検診の重要性を強調する。

「私はがんにならない。家族にだれもがんになった人がいないと言って、受けない方が多いんです。加えて職場の健診メニューにマンモグラフィさえ入っていないところが多い。切実な問題として早急に改善を考えてもらいたいですね」と語気を強める。

「マンモグラフィでは、乳腺が発達した高濃度乳房の方のがん病巣が見分けにくいといった欠点もありますが、超音波と組み合わせれば確認することはできます。従来の検査方法に加えて、痛みのない乳房専用PETも検診の選択肢の1つとして考慮すべきではないでしょうか」

日本のがん検診受診率は35%。先進各国の70%以上に比べて著しく低い。がん検診の重要性を訴えることは、医師任せでなくてもできるはずだ。

※所属・役職は取材当時のものです

明石 定子 明石 定子
昭和大学病院乳腺外科 准教授明石 定子(あかし さだこ)

1965年生まれ。東京大学医学部医学科卒業後、同大学医学部附属病院第三外科に入局。1992年より国立がん研究センター中央病院外科勤務。同乳腺外科がん専門修練医、医員を務めたのち、2010年には乳腺科・腫瘍内科外来病棟院長に就任。2011年より現職。女性外科医をサポートする日本女性外科医会の役員も務める。

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