シリーズあしたのヒント「長時間労働の改善」だけでは幸せになれない?
幸せ度を高める働き方に共通する、4つの因子とは

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世の中がやっきになって取り組んでいる働き方改革で、企業は今、長時間労働の改善にばかり目を向けている。だが、本当に目を向けるべきなのは社員の“幸せ”ではないだろうか。
“幸せに働く”ために、私たちが考えなければならないことは何か。このテーマに科学的な視点で分析を試みた人物がいる。慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 研究科委員長 前野 隆司教授に、“幸せ”をかたち作る「4つの因子」についてお話を伺った。

エンジニア視点で“幸せ”の全体像を明らかに

前野教授は、「幸福学」というテーマを掲げ、製品づくりやマネジメントにおいて多くの提言を行っている。かつてはメーカーのエンジニアであり、現在もロボット工学や機械工学の研究をしているなかで、なぜ一見工学とは無縁の“幸せ”の研究をするようになったのだろうか。

「製品に“人を幸せにする”という設計変数が入っていないことに疑問を覚えたのです。設計する際、『使う人を幸せに』と考えても、どの機能がどう人を幸せにするのかという具体的なところに落とし込むまでは考えられていないことが多く、せっかくの機能がエンジニアの自己満足に終わる可能性が出てしまいます。経営においても『社員の幸せ』と企業理念に謳っていても、具体的に何を実現すれば社員は幸せになるのかまで考え、明示している会社は少ない。製品や制度も〝“人を幸せにする”ことを目標にし、この条件を満たせば幸せを実現できるのだということを明確に設計すべきなのではないかと考えたのです」

前野教授は、これまで心理学者が研究してきた幸福論が、分野毎に特化していたことから、全体を見た分析が必要と考え、得意とするエンジニアリングの手法で、幸せ全体のかたちとその因子を工学として明らかにすることに取り組んだ。日本人約1500名ものアンケートをもとに因子解析し、その構造や軸を科学的に求めたのだ。

順番が逆になっている働き方改革

そして明らかになったのが、4つの“幸せ”因子だ。

個人の在り方としての3つの因子。やりがいや成長、自己実現に関連する『やってみよう』因子。楽観や前向きな気持ちに関連する『なんとかなる』因子。独立や自分らしさを表す『ありのまま』因子。そして関係性の質の因子として感謝やつながりがもたらす『ありがとう』因子だ。

やりがいに関わる『やってみよう』因子の大敵となるのが、上司からの命令で仕方なくやっているというやらされ感だ。現在、世の中で働き方改革が叫ばれているが、多くはまず労働時間の短縮という数値目標ありきになっている。労働時間の短縮には業務を効率化して生産性を上げ、経済成長力を上げなければならず、無理やり「何かアイデアを出せ」と上意下達で考えさせられているような状況だ。

「これでは順番が逆で、時短という目標を達成するために社員が疲弊してしまい、多くの不幸を生んでしまっています。現状の働き方改革のやり方は、水がすでにいっぱいになっているコップを『まず小さくしろ』と言っているようなもの。水を減らすための方法はコップを小さくしてから考えよと。それではうまくいくはずがありません」と前野教授は力を込める。

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 前野 隆司

「幸せな社員は不幸せな社員よりも、労働生産性が1.3倍高く、創造性は3倍高いという研究成果が多数あります。人間は自ら変化し成長することで幸せを感じると言われています。自分の会社で働くことがその幸せにつながれば、長くこの会社に貢献したいと考え、社員自らが工夫することで個々の生産性が上がり、結果的に労働時間の短縮にもつながる。さらには働き方や心と体の健康などさまざまに良い影響が出て、健康経営にもつながる。ですから、まず社員の幸せを考えることが重要なのです」

“幸せな働き方”を実現するためには!?

では、どうすれば幸せな働き方を実現できるのだろうか? ルールの多い会社でそれに縛られるとどうしてもやらされ感が伴う。

「ルールを少し減らしてみてはどうでしょう。ホワイト企業として名高いある企業では会社指示の売上目標を廃止しました。目標は社員たちが決め、もし達成できなくても会社は何も言わない。社員が自ら決めた目標なので、何が足りなかったのかを自主的に考え、次の目標を立てるようになりました」

社長には幸福度が高い人が多いのだという。責任やプレッシャーは大きいが、仕事のほとんどの裁量権を持ち、やらされ感がないことがその理由だ。社員であっても仕事の裁量が大きいほどストレスが少ないというデータもある。社長や管理職は、部下に決定を押し付けるのではなく、いかに自分で考え行動させるかが幸せな働き方につながるのだ。

感謝や人とのつながりに関連する『ありがとう』因子では、コミュニケーションを密にし、やりがいやビジョンを共有することで創造性が高まるという。

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 前野 隆司

「ある会社では毎朝1時間の朝礼を行っています。強制的に社訓を読み上げるようなものではなく、社員同士が皆で『どうすれば幸せな働き方を実現できるか』、自分たちの会社に合った幸せとは何か、具体的なアイデアを真剣に話し合うのです」

社員の多くは日曜になると『明日が待ち遠しい、早くみんなに会いたい。このアイデアを話したい』と会社に行くのを楽しみにしているという、ウソのような本当の会社が現実にあるのだ。

リーダーが変わることで社内の空気も変わる

『ありのまま』因子と呼んでいる独立や自分らしさに関わる因子については、前野教授がカメラメーカーに勤めていた時の逸話が参考になる。

「私がいた部門では勤務時間のうちの20%は好きなことをしてよいとしていました。会社の業務や利益に関係していなくても自由に研究してよいという時間です。今思えば、この時間で自分らしさを感じ、幸福度が上がったことで、新たなイノベーションを生む機会になっていたと言えます」

最後の『なんとかなる』因子は、「やるべきことをしっかりやった分、あとは自信を持ってさまざまなことに楽しくチャレンジしよう」というもので、トップが率先して前向きで楽観的な空気を作ることが有効。チームの信頼を日々築いていることが前提だが、例え目標を達成できなくても「なんとかなる」という気持ちを自ら持ち、それを部下にも伝えることが大切だ。

「会社組織はついつい短期的な利益に目を奪われがちです。幸福学の視点でいうと、地位やお金などを得る幸せは長続きしないことがわかっています。逆に前述の4つの因子を満たすような幸せや、利他的な幸福感は長続きします。短期的な成長よりも長期的に生き残って社員が幸せに働き続けられる環境を整えることが、結果として会社にも良い影響を及ぼすのです」

企業は今、目先の働き方改革に着手し、社員の幸せを置き去りにして効率化を目指しているが、無駄を排除しているつもりで失ってきた大切なものに早く気付くべきである。

※所属・役職は取材当時のものです

前野 隆司 前野 隆司
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授前野 隆司(まえの たかし)

1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。大手カメラメーカーでエンジニアとしてレンズのモーターシステムなどの開発に従事。90〜92年カリフォルニア大学バークレー校機械工学科訪問研究員を経て、93年に東京工業大学で工学博士の学位を取得。95年より慶應義塾大学理工学部機械工学科に勤務し、ハーバード大学応用科学・工学部門訪問教授、慶應義塾大学理工学部機械工学科教授を経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。11年より現職に就任し、17年からは慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長も兼任する。『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房)、『幸せのメカニズム-実践・幸福学入門』(講談社現代新書)など著書多数。

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