シリーズ島津遺産

日本の経済成長を支えてきた縁の下の力持ち
小さな力を巨大な力に変える油圧機器の存在

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高度経済成長期以降、急速に変化する日本を人知れず下支えし、拡大していったものの一つに油圧機器がある。
コンパクトなボディで、小さな力を巨大な力に変えることができる油圧機器は、まさに小さな大国へと成長した日本を支えてきた。

高度経済成長とともに

もはや戦後ではない―

1956(昭和31)年の経済白書に謳われたこの一文に象徴されるように、日本は世界に類を見ない高度経済成長を遂げ、以後約20年の長きにわたり、実質10%の高水準の成長を続けていく。

高度経済成長期といえば、電気冷蔵庫・電気洗濯機・テレビの“三種の神器”を思い起こすかもしれない。しかし、これらのモノは、開発されただけでは時代のアイコンとなることはなかったはずだ。生産拠点が各地に建設され、部品が運び込まれ、出来上がった製品が全国の家電店に送られて、人々が購入し、大量に使われていって、初めて“神話”となる。

神話といわれる大量生産、大量消費の構造が作り上げられるまでには、工場などを建設する建設機械、場所と場所を結ぶ道路の整備、資材を運ぶトラックやフォークリフトなど物流を効率化するための機器などがフル稼働し、重要な役割を担ってきた。

もちろん、家電だけが時代を象徴するものではない。新幹線や空港などの交通インフラもこの時代を象徴する成果物の一つで、やはりそれらを作り、稼働を支える機器・機械の活躍があった。その結果、街を歩けばコンクリート製の建物がいたる所に立ち並び、焼け野原だった戦後まもない日本の様相は、わずかな期間で一変していった。

こうした日本の急激な成長や発展には実に多くの技術がかかわっている。なかでも、そのほとんどの場面でさりげなく力を発揮していたのが油圧機器だ。

パスカルの原理が用いられる油圧機器は、小さな力を大きな力に変えることができるため、人力では成し得ないパワーや効率を生み出す。たとえば、自動車のパワーステアリング、油圧ショベル、トラックの荷台やフォークリフトの昇降など、油圧の仕組みがあればこそ生きる機械が多数あり、消費社会を先導するように、その需要は急速に伸びた。

日本の成長を表すように便利なモノたちが劇的に増えていく時代を、油圧機器は生産現場だけでなく、工場建設や物流に至るまで、文字通り下支えしていたのである。

油圧部品
高度経済成長の原動力となった、旺盛な消費。大量生産、大量輸送の構造を作り上げたのは、小さな力を大きな力に変える油圧部品の活躍によるところも大きかった(Photo by Getty Images)。

アメリカが逆輸入するまでに

世界の産業史に油圧機器が本格的に登場したのは20世紀に入ってから。各種工業が発達し、より効率化を求めて、直接の担い手が人から機械へと移っていくなかで、油圧機器が使われる場面も増えていった。

島津製作所も1926(大正15)年には人絹紡績用送液歯車ポンプ、高圧注油機といった歯車ポンプの製造を開始。また、1938(昭和13)年には航空機用油圧作動用高圧ポンプなどを生産していたが、いずれも紡績や航空機の技術の一つであり、汎用性の高い油圧機器自体の生産に着手したのは、1961(昭和36)年のことだった。フォークリフトや船舶機器などで実績を上げた後、1963(昭和38)年、アメリカのボルグ・ワーナー社と技術提携。以降、今も島津の油圧機器の中心的製品となる油圧歯車ポンプの開発が進んでいく。

この製品は主にトラッククレーンに採用されていたが、寒冷時に性能がダウンするトラブルが起きていた。油圧歯車ポンプは、組立後に慣らし運転を兼ねた性能確認テストを全数実施し、ボディとギヤ刃先間に最適隙間を作り高性能を維持している。これまでの歯車ポンプは、ボディ(アルミ)とギヤ(鉄)の材料が異なり、寒冷時には材料収縮率の違いから収縮したボディをギヤ刃先で削ることになり、最適隙間を維持することができず性能を落としていたのだ。その問題を解決するために島津は鋳鉄製ボディの歯車ポンプを開発。のちの主力製品群の技術的礎を築いた。

しかし、油圧歯車ポンプは進化するたびに、さまざまな問題に直面する。その一つが騒音だ。高速化、高圧化、高効率化を図ると、作動時の音が大きくなってしまうのだ。特にバッテリーで動く屋内用のフォークリフトは、エンジン音がなく静かな分、油圧歯車ポンプが発する音が際立ってしまう。油圧機器を利用する機械が多数居並ぶ工場や建設現場、物流の最前線では、大きな課題となった。

島津はその解決策として、歯車の噛み合わせをあえて非対称にすることで音を低減する技術を開発。その性能が評価され、昭和50年代にはアメリカが逆輸入するほどのヒットとなった。

島津油圧歯車ポンプSPシリーズ
昭和50年代、アメリカに逆輸入された、島津油圧歯車ポンプSPシリーズ

景気拡大には必ず油圧機器が

バブル期へと時代が変わる昭和60年代、開発が進んだ都市部では、大型の建機が入れない小さな土地までも開発されていったことから、小回りの利くミニ建機へのニーズが必然的に高まっていった。

そこで島津はミニ建機に注力すべく、建機メーカー各社の要望に丁寧に応えることで、ミニショベルカーなどで活用できる小容量多連油圧ポンプを開発。結果、コンパクトさとパワーを兼ね備えたこの油圧ポンプは、多くの建機メーカーから支持を得た。

平成になり、バブル崩壊で一気に景気の色合いは変わったものの、物流業界はなお、発展を遂げていく。この時代、宅配便が身近になり、物流の量がさらに増大。国交省の統計では1985年のトラックの国内貨物輸送量は約19億トン。90年には28億トン、97年には32億トンとなっており、不景気とは無縁の成長を遂げていた。

大量の荷物を運ぶ物流市場でも、小さくて力持ちの油圧機器の活躍の場は拡大していた。島津では油圧歯車ポンプと連動したフォークリフト専用コントロールバルブを開発。性能の高さが評価され、一部の内製されている顧客を除き、国内では多くのフォークリフトメーカーに採用された。特に環境にやさしいバッテリー型フォークリフトでは歯車ポンプと共にトップシェアとなっている。

2018年現在、景気が回復し、建設や物流業界の活性化をうけ、油圧機器業界も好調だ。すでに国内だけで3000億円市場に到達している。〝東京オリンピック〟が影響を与えているという意味では、高度経済成長期と状況が似ているかもしれない。

油圧機器が生み出す力が、華やかな賑わいを支える。その構図は、これからも当分続きそうだ。

※所属・役職は取材当時のものです

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