“メーヴェがあれば良いのに”
想像を想像で終わらせない、夢物語を現実にするプロジェクト

  • LinkedIn

『風の谷のナウシカ』に登場するメーヴェを作り、現実の空を飛ぶ……。
メディアアーティストの八谷和彦氏は、そんな夢物語を現実のものとした。15年にも及ぶ開発の中でぶつかった様々な課題、乗り越える時の想いなど、長い道のりを訊ねる。

ナウシカのメーヴェを再現する。

宮崎駿監督の出世作となった映画『風の谷のナウシカ』は、公開後30年以上が経った今も根強い人気を誇っている。瘴気の森「腐海」、その腐海の主の巨大生物「王蟲」、旧世界を滅ぼした「巨神兵」―混沌たる世界の象徴が次々と登場するなかで、主人公のナウシカは、白い機体の飛行具・メーヴェを風に乗せながら、次々と襲い掛かる困難に立ち向かっていく。大空を駆け巡る勇敢な姿に魅了された人も多いだろう。

ナウシカが操るメーヴェはグライダーであると同時に、ジェットエンジン付きの飛行機という特殊な設定となっている。想像の産物としては非常に面白いが、現実的ではないかもしれない。しかし、本当にメーヴェが大空を舞ったら、どんなに夢があるだろうか。

メディアアーティストの八谷和彦さんは、そんな夢物語を叶えるべく、メーヴェを現実の飛行機として開発。2016年、長年の努力が実って高度約100mの上空での飛行に成功した。

八谷 和彦

「初めて上空を飛んだ時は、本当に気持ちよかったですね。メーヴェは普通の飛行機と違って下方視野がよくて、下で手を振る人たちが見えるんです。それが心地よかった」

八谷さんがメーヴェを作ろうと思ったきっかけの一つに、やはり想像の産物を現実の形にした経験があった。未来を描いた有名な映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』に登場した浮遊式のホバーボードを、ジェットエンジンを使って再現したのだ。

「ジェットエンジンは本来、飛行機のために作られたものです。もともと飛行機には興味があったので、作品『エアボード』を作った後は、この経験を活かして、昔から好きだったナウシカのメーヴェを作ってみたいと考えるようになったんです」

プロジェクトは2003年から幕を開け、以後、十数年に及ぶ長い開発期間が続いていくことになる。

きちんとした飛行機を作る。

工程は、2分の1サイズの模型作りからスタート。第二段階としてエンジンを搭載しないグライダー型でテストを繰り返し、第三段階でジェットエンジンを搭載することにした。

第三段階に到達するまで要した時間は約7年。そこからエンジンのトラブルなどで計画が進まない時期もあり、一定の形になった現在まで実に15年もの月日がかかっている。

「企業の開発だったらもっと短期間でできたかもしれません。でもぼくの場合は大学教員でもあり、他の仕事もある中で、この機体制作だけに専念するわけにはいきません。どうしても時間をかけるしかなかったんですね」

まずは試しに作ってみて、一発勝負で飛ばしてみることもできただろう。想像の産物ならば、ゆるいモノ作りでも許されたかもしれない。しかし、それは絶対にしたくなかった。飛行機として安全に、きちんと飛べるものを作りたい、と最初から考えていたという。飛行テストができるのは大学の長期休みに限られていたが、それでも数メートルのジャンプ飛行だけでも192回、滑走路で離着陸する場周飛行も50本以上行って、着実に結果を出してきた。

もちろん航空局の許可申請も取得した。

八谷 和彦
※撮影:ぽろ太

「日本の航空局では長い間、オリジナルの飛行機の申請を受けるという経験がなかったので、なかなか申請が通りませんでした。規模は違いますが国産ジェット機のMRJも、航空局の許認可が待ちきれず、アメリカで試験をしています。でも私の場合、日本の空を飛ぶオリジナルの機体がほぼゼロななかで、アーティストが航空局に許可を取って、しかも架空の機体を現実に飛ばすということのほうが面白い、と感じて作業してきました」

想像を想像のままに終わらせたくないからこそ、八谷さんは全力でメーヴェを現実にフィットさせようとしてきた。

次はロボット作りへ!

メーヴェの操作方法も一から検討し、そのための訓練もおこなった。誰も乗ったことがない飛行機なのだから当然のことだが、八谷さんがパイロットとして操縦技術を確立するという意味でも、長い時間をかけたのは正解だったという。

2016年の場周飛行以降、最大100m程度の高度でのテストを繰り返し、現在までに機体に関してはほぼ完成されているという。ただ、操縦できるのが八谷さんだけということもあり、最近ではパイロットの育成という意味も込めて、VRを活用したシミュレーターを作るなどして、次代に受け継ぐシステムも整え始めている。

八谷 和彦
※撮影:香河英史

八谷さんはプロデューサーであり、開発者であり、パイロットでもある。まさに八面六臂の活躍でメーヴェを形にしてきた。だが、一人の力だけでは想像の産物に現実の形を与えることはできなかったと振り返る。

「航空機設計のプロやボランティアスタッフなど、多くの人の協力があってはじめてメーヴェは形になりました。協力が得られたのは、誰もが心のどこかに持っていた〝メーヴェがあれば良いのに〟という夢に向かって、不可能を実現するプロジェクトだったからだと思います」

メーヴェが一つの形を迎えた今、八谷さんは次なる夢をいだいている。それは大人を“高い高い”してくれるロボットを作ることだ。

「子どもが親にだっこされている姿が、うらやましいと思うことがあるんです。高い高いやだっこで慰めてもらうのは、大人には絶対にないことなので、その目的のためだけのロボットが作りたい。そしていい年の大人や老人が世界中からやってきて、親のことを思い出して帰っていく。そんなことが起きたら面白いですよね」

メーヴェのプロジェクト名は「オープンスカイ」。財宝への扉を開く呪文「開け、ゴマ」ならぬ、「開け、空」だ。夢を本当に〝形〟にしてしまう八谷さんの次なる扉が、今まさに開こうとしている。

八谷 和彦 八谷 和彦
メディアアーティスト八谷 和彦(はちや かずひこ)

1966年、佐賀県生まれ。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科准教授。九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科卒業後、コンサルティング会社勤務等を経て、(株)PetWORKsを設立。一世を風靡したメールソフト『PostPet(ポストペット)』を作ったのも八谷さんである。

この記事をPDFで読む

  • LinkedIn