Special edition “PASS THE BATON”

熱中、挫折、絆
小椋久美子さんがバドミントンを通して伝えたいこと

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“オグシオ”として知られる潮田玲子さんとのコンビで、北京オリンピック出場や全日本選手権5連覇をはじめとする輝かしい成績を挙げ、スポーツファンならずとも、いまなお多くの人の記憶に鮮烈な印象を残す小椋久美子さん。
選手を引退してからは、後進の指導とともにバドミントンの魅力を広く伝える活動に注力している小椋さんがバドミントンを通じて伝えたいこと、そしてオリンピックに対する思いとは?

コミュニケーションがいちばん重要

私が現役引退を発表したのは2010年の1月。でも、その前年から、公式戦には一度も出ていないので、自分の中では2009年を選手引退の年と刻んでいます。

引退後、いろんなことにチャレンジさせていただきましたが、最も力を入れてきたのはバドミントンを通して子どもたちにスポーツの楽しさを伝える活動です。これは選手時代からやりたいと考えてきたことなので、とても楽しく続けています。教えるレベルはさまざまで、大会で活躍する選手の強化だけでなく、初めてラケットを握る子どもが多く参加する親子バドミントン教室で指導することもあります。

どんな子どもが相手でも、とにかくバドミントンやスポーツの楽しさを知ってもらうことを、いちばん大切にしています。スポーツというと、とかく勝敗にこだわるイメージがついて回りますが、勝ち負けの前に、純粋にシャトルを打つ楽しさを知ってもらいたいんです。私自身、バドミントンを始めたのは強豪クラブチームなどではなく地元のスポーツ少年団で、毎回仲間と練習することが楽しくて仕方ありませんでした。楽しく続けているうちに、バドミントンが大好きになって、だんだん目標が大きくなっていき、選手として活躍できるまでに成長できた。ですから楽しいと思えることを大事にしています。

親子教室では、家庭によってコミュニケーションがさまざまで、教えているほうも面白いんですよ。うまくできないお子さんに親御さんが丁寧に教えていたり、逆に失敗したお父さんにお子さんがダメ出しをしていたり。形はいろいろですが、バドミントンを通して親子のコミュニケーションが深まっていくのが感じられます。

私はダブルスの経験が長いので、余計にそういうところが目に入ってくるのかもしれませんが、たとえぶつかってでもお互いが意思表示しながらコミュニケーションをすることが大事です。ダブルスでは、二人そろって絶好調ということはあまりありません。その中でどうやってお互いを補いながらゲームを作るかが重要なんです。そのためにはゲームの中で常にコミュニケーションを取る必要があります。

若い頃は自分が勝つことに真剣になりすぎて、ついキツい言葉を使ってしまったこともありましたが、マイナスな言葉を投げかけても結局いい結果になることは少ないですね。経験を積んでからは、ダメ出しではなく伝えるべきことをしっかり言葉で表しながら、どうしたらよいかの選択肢を提供し、二人で解決策を見いだせるような言い方を心掛けるようになったことで強くなっていきました。

バドミントンの魅力を広く伝えていきたい

小椋 久美子

教室には幼稚園児くらいの小さい子どもから70歳くらいまで幅広い年齢層の方たちが参加してくださっています。バドミントンのいいところは年齢や性別は違ってもラケットやシャトルなど道具だけでなくコートの広さもネットの高さも同じなので、どんな相手とも等しく競い合うことができるところです。

同じ条件で競い合うと、その中でもコミュニケーションが生まれます。スポーツは合法的な戦争と例えられることもありますが、勝敗はあっても、相手に対する憎しみはありません。全力で勝敗を競った後で対戦相手との間に絆のようなものが生まれるのもスポーツの魅力の一つだと思います。

バドミントンという競技の魅力は、やはり瞬間的なスピードです。スピーディーなラリーの中で、チャンスを見逃さずにポイントを取るためには一瞬の判断力が求められます。それも、ただ相手のミスを待っているのでは勝てませんから、1秒にも満たない瞬間で3手先くらいを読み、自分から相手のスキを作り出す必要がある。ある種、騙し合いのような駆け引きをしなければなりません。そこで求められるのは、全体の状況を読む洞察力です。スピードの速い展開の中でいかに頭を使えるかが、勝敗のカギだといえます。

ですから、バドミントンは身体能力が高いだけでも、テクニックがあるだけでも勝てないんです。スピーディーなシャトルの動きに反応しながら、クイックに判断し、先を見通し、相手の裏をかく力。積み重ねてきた経験も求められますし、何よりメンタルが強くないといけません。気持ちの状態はシャトルに現れますから、弱気になっていると数ミリの差でシャトルがネットを越えなかったりする。風など周りの環境にも影響されますから、それに動じない強さも必要なんです。

もちろん、それは大会に出るようなレベルになってからの話かもしれませんが、そういう駆け引きや勝負の面白さも、少しでも子どもたちに味わってもらえればと思っています。勝ち負けにこだわるだけがスポーツではありません。でも勝敗を競う中で、ときには負けて挫折を味わえるのもスポーツの良いところではないでしょうか。特に子どもたちにとっては、スポーツで負けたり壁にぶつかったりして、そこから立ち上がるという経験が、その後の社会で出会うであろう挫折を乗り越えていく力になると思うんです。そうした体験ができることも、子どもたちの成長につながると信じて活動しています。

体が動く限り子どもたちとコートに立ち続けたい

子どもたちを指導する際、もうひとつ心掛けていることは、参加者全員とシャトルを打つことです。ときには参加者が100人を超えることもありますが、それでもコートに入って、たとえ時間が短くて一人とのラリーが数球になったとしても、一人ひとり全員とシャトルを打つようにしています。日本代表を経験した立場として、それが一番子どもたちの記憶に残り、今後につながると考えているからです。

実は私も、子どもの頃に参加した教室で元日本代表の陣内貴美子さんとシャトルを打ったことがあります。その記憶はずっと鮮明に残っていて、競技を続けていくうえで大きな力になっていました。教室では技術的な指導をすることもありますが、正直なところ、その時の細かい指導内容を子どもたちが全部覚えていてくれるわけではないと思っています。でも、顔を知っている選手と実際にシャトルを打ったという体験は記憶に残っているものです。そのためにも、私は体力の続く限りコートに立ちたいと思っています。今のところ少なくとも50歳になってもコートに立っていることが目標ですね。

オリンピックは競技者だけのものではない

2020年には東京でオリンピックがあります。私自身はオリンピックでメダルを獲ることができず、引退後もずっと引きずっていました。プロフィールにも「元日本代表」とだけ入れて、オリンピックという文言は封印していたくらいです。ただ、2012年にレポーターとしてロンドン五輪に行かせていただいた時、多くの観客と共にマラソン競技が始まるのを待ちながらロンドンの街を見て、ふと「こんな舞台で走れるなんて素敵だな」と思ったんです。その瞬間に、私もメダルという結果は残せなかったけれど、素晴らしい経験をさせてもらったんだ、幸せなことだったんだなと自分のオリンピックに対する負の記憶を払拭できたんです。

選手は、勝敗やメダルという結果にこだわってしまいがちですが、それまで積み上げてきたものを出し切れば、見ている人たちはきっと心を動かされます。結果はどうあれ、全力を尽くせば、そのドラマは応援してくれている人たちに伝わりますし、その後もずっと応援してくださるんです。北京から帰って来た時の私は、そのことがわかっていなかったんですね。2年後の東京を目指している選手たちは、やってきたことを悔いなく出し切ることに集中してほしい。勝敗やメダルはそこに付いてくるものだと思います。

オリンピックが地元で開催されることは、選手だけでなく見る側にとっても大きな意味があると思います。世界中から集まった代表選手によるレベルの高い競い合いを生で見ることができるわけですから、一生心に残るものになるはずです。カメラや活字を通してでは感じられない選手たちの息遣いや会場の雰囲気など、できるだけ多くのものを体感してもらいたいですね。今までよく知らなかった競技でも、観戦するためにルールを調べたり選手の名前を知ったりするだけで身近に感じられますし、面白さも変わってくるはずです。

また、これはレポーターとして行ったリオ五輪で感じたことなのですが、オリンピックという大舞台は想像以上に多くの人たちによって支えられています。会場だけでなく、選手村のセキュリティや試合後の清掃をする人たちなど、ほとんどがボランティアで、本当に多くの人たちが関わっています。そういう人たちの尽力や表情などを見ていると、オリンピックは競技者だけのものではないということを痛感します。

選手ががんばるだけでは、その大会は成功しません。見ている人たち、そしてサポートしている人たちもそろって、東京で開催できてよかったと言えるような大会にしたいですね。そのためにも、子どもたちにスポーツの魅力を伝える活動はもちろん、バドミントンの面白さや今の選手たちの人となりを知ってもらうために、レポートや解説の仕事など、私にできることを精一杯やっていこうと思っています。

小椋 久美子 小椋 久美子
スポーツインストラクター小椋 久美子(おぐら くみこ)

1983年7月5日生まれ。三重県出身。大阪府の四天王寺高校卒業後、2002年三洋電機に入社し、バドミントン部に所属。潮田玲子との女子ダブルスペア「オグシオ」として多くの大会で活躍。全日本総合バドミントン選手権大会では2002年に女子シングルス優勝、2004年から2008年まで女子ダブルス5連覇を果たす。2008年、北京オリンピック女子ダブルス5位入賞。2010年に現役引退を発表し、その後は全国で子どもたちにバドミントンを教える活動に従事するほか、多くの大会で解説者としても活躍している。

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