骨太の未来に向けて取り組むこと
慈恵医大 斎藤充主任教授インタビュー

  • LinkedIn

すべての臓器を包み、支えている骨。
独自の分析技術を武器に、骨粗しょう症早期発見法の普及に力を注ぐ臨床研究医の生きざまに迫った。

骨の強さを決めるのは骨密度と骨質

骨がもろくなって折れやすくなる病気、骨粗しょう症。日本人の60代で5人に1人、70代で3人に1人、80代では実に2人に1人が有病者だ。人生の終盤で骨折して何年も寝たきりになるリスクがあり、また死亡率も上がることがわかっている。そのため、骨粗しょう症の予防や治療の重要性が叫ばれて久しい。だが、社会の高齢化とともに患者数は増え続けている。

1993年にWHOが示した骨粗しょう症のガイドラインには、「骨の強さは骨密度で決まる、だからカルシウムが大事」と記されている。しかし、2000年、アメリカ・国立衛生研究所(NIH)コンセンサス会議にて、骨粗しょう症の概念に新たな要素が加えられた。「骨質」だ。

骨は主にカルシウムとコラーゲンからできている。骨を強くするにはカルシウムで骨量を増やすだけでなくコラーゲンで骨質を高めることが必要だ。

「鉄筋コンクリートに例えると、カルシウムはコンクリートで、コラーゲンが鉄筋。コンクリートがしっかりしていても、それを支える鉄筋が劣化したら折れてしまうのです」

そう説明するのは、東京慈恵会医科大学整形外科学講座の斎藤充主任教授だ。「骨質」が骨の強さにかかわるメカニズムを解明し、2010年、骨質を評価する方法を世界で初めて提唱し、大きな注目を浴びた。以後、世界の骨粗しょう症研究をリードし続けている。

自分だけの武器を見つける

斎藤教授は、暁星中学からずっとサッカーの強豪チームのゴールキーパーで、中学・高校で全国大会に、高校3年時は国体東京代表としてゴールを守り、中学の時には東京都の最優秀ゴールキーパーにも選出された。練習はとにかく厳しかったが、地道に頑張ればよいことがあることをサッカーを通じて学んでいた。

ケガの経験から、スポーツドクターを目指して東京慈恵会医科大学に進学したが、整形全体を学べとの恩師の教えで整形外科へ。そして1994年、大学院へ進んだ。

「大学院への進学は異例中の異例で、かなり反対されました。しかし、研修中に、ある上司から『これだけは負けないというものを持ちなさい』と言われたことが頭に残っていました。当時の私は、大学まで続けたサッカーをケガで引退し、自信を失っていました。再び誇れるものを身につけたいと、大学院へ進みました」

大学内のDNA医学研究所の門を叩いた若き斎藤教授は、師匠である藤井克之教授から研究テーマを引き継ぐ。それがコラーゲンの分析だった。

「しかし、当時はゲノム・遺伝子研究が盛んで、コラーゲン研究はブームが去っていました。周りからは、こんな研究やる意味あるのかと言われ、自分もなぜ、と思いました。でも、やるしかなかった」

まずはコラーゲンについて知ろうと、関連する論文を片っ端から読み込んだ斎藤教授は、そこではたと気づく。

斎藤充教授

「コラーゲンには、化学構造を変化させる重要な役割を担う修飾物がいくつもついています。ところが、一部の修飾物を調べただけの論文ばかり。だったら、誰も調べていないすべての修飾物をまとめて分析して、意味のあるものにしようと思いました」

とはいえ、どうしたものかと思っていたところ、偶然、研究室のアミノ酸分析用の高速液体クロマトグラフ(HPLC)を使えることになった。

「それが島津製作所の『LC-2』です。自分たちで装置を改良したり、液体を流す順番やプログラムを決めたりして、オリジナルの分析装置をつくり上げました。小学生のころ夢中になったプラモデルづくりに通じるところがあって、大変だったけど、本当に楽しかったですね」

2年かけて完成させた装置と分析技術は、やがて斎藤教授にとって誰にも負けない、唯一無二の武器となった。

何かおかしいは絶対おかしい

2001年、大学関連病院の国立宇都宮病院整形外科勤務となった斎藤教授は、臨床と研究の二足のわらじを履いた。寝る間もなく大変だったが、臨床現場には研究の種が転がっていた。

「患者さんのなかには、骨密度が高いにもかかわらず、骨折する人がいて、違和感を持っていました。その感覚は、先輩の『何かおかしいは、絶対おかしい。スルーしちゃいけない』という言葉につながり、ここは立ち止まって考えるべきだと思いました」

以後、臨床の現場で医師として患者と向き合うことで「何かおかしい」を体感し、研究者としてその疑問に向き合い実験や研究を繰り返した。

斎藤充教授

「医師としての時間以外すべてを研究に注ぎました。ほかの研究者は、私が臨床現場にいる時間も研究のためだけに使える。彼らに負けない成果を出すには、臨床現場以外の時間をどう使うかにかかっていました。この分野では絶対に負けたくない。人の役に立つ結果を出したい。そんな強い思いで、臨床の合間をぬって100匹以上のラットを使って一人で実験したこともあります。そのときはランナーズハイのような状態になりながらも作業していました」

医師として、患者から「ありがとう」と言われる喜びに加え、寝る間を惜しんで導き出した研究成果が、論文として世界中の研究者に引用されることで、さらに世の中の患者を救うことにつながる達成感。それが斎藤教授のやりがいだ。

キャリアを積む環境には恵まれなかったという斎藤教授だが、サッカーで培われた精神力で、粘り強く研究に取り組んだ。その結果、骨密度の高低にかかわらず、骨に老化物質である終末糖化産物 (AGEs)として知られていたペントシジンが多いと骨折しやすくなることを解明。さらに、その増加が骨折のリスクマーカーになると論文で発表すると、世界から注目が集まった。2010年のことだ。

早期発見のために

現在、骨質すなわち骨のコラーゲン投薬治療が可能となったが、今後はさらに早期発見が欠かせないという。

「日本人は、骨粗しょう症による背骨の骨折で痛みを感じない『いつのまにか骨折』が多い人種です。背骨の一つが20%つぶれると骨粗しょう症ですが、その程度の変形は診断が難しく、そもそも本人が気付かず受診しないことも。また、一つでも背骨が骨折すると、数年以内に次の骨折が起こり、死亡率も高くなります。しかし今は、圧倒的な治癒効力のある治療法があります。だからこそ、早期発見、早期治療が重要なのです」

早期発見を支援するため、斎藤教授をはじめとする慈恵医大と島津は、椎体計測ソフトウエア「Smart QM」を共同開発し、2022年12月に発表。骨折の有無を定量的に判定できるスクリーニングとして、大きな期待が寄せられている。

AIが計測点を自動設定。計測点を修正するとQMスコアに即時反映される。
東京慈恵会医科大学と島津の共同研究によって誕生したSmart QM™はAIサポートを用いて背骨の計測により骨粗しょう症診断を支援する椎体計測ソフトウェア。

世界へ成果を発信し続けた斎藤教授だが、これからは、未来のために、若手を世界の舞台へ引き上げたいと言い切る。

「私は海外留学の経験もなければ、著名な研究室で学んだこともありません。でも、この慈恵医大発にこだわり、地道に論文を発信し続けた結果、世界の研究者たちが私をフィールドに引き上げてくれた。だから今度は私が、日の当たらない環境でも頑張っている若手を見つけて、フィールドに引き上げる番です。そのためのサポートは惜しみません」

※所属・役職は取材当時のものです。

斎藤 充 斎藤 充
東京慈恵会医科大学 整形外科学講座 主任教授斎藤 充(さいとう みつる)

1992年東京慈恵会医科大学卒業。2020年4月より現職。「患者さんが教えてくれる疑問を研究で解明して、世界の患者さんを救う」との信念のもと、研究と臨床に精力的に尽力。執筆した論文やレビューは400~750論文、他の論文に引用された被引用数は6500と世界のトップレベルである。臨床では人工関節手術を年100件以上執刀、朝6時からの早朝一人で行う術後回診も欠かさない。

この記事をPDFで読む

  • LinkedIn

記事検索キーワード

株式会社 島津製作所 コミュニケーション誌