シリーズ挑戦の系譜世界トップクラスのシェアを誇る島津製作所の「産業用ターボ分子ポンプ」 チームの結束力とプライド

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世界トップクラスのシェアを誇る島津製作所のターボ分子ポンプ。
だが、そこに至る道は、決して平坦ではなかった。
浮上のきっかけとなった方針転換とそれに応えたチームの結束を振り返る。

現代社会を支える真空の技術

現代社会で、「真空」の技術が求められる場所は多い。宇宙空間のように空気がない環境を用意することで初めて生み出すことができた数多くの製品や部品が、私たちの生活を支えている。

歴史を遡れば、トーマス・エジソンが実用化した白熱電球も、燃えるフィラメントを長持ちさせるためにガラス球の内部からポンプで空気を抜いた。また、島津製作所が100年以上も前に日本で初めて開発した医療用X線装置にも、自前の真空技術が使われている。

現代では、日常生活で使う魔法瓶をはじめ、最先端の物理学実験などで使う粒子加速器に至るまで、テクノロジーのあらゆる局面で「真空」は欠かせない。その中でもとりわけ真空技術が大きな意味を持つのが、半導体だ。シリコンウェハ上に電気回路を配置した半導体チップは、パソコンやスマートフォン、洗濯機、自動車など、幅広く活用されている。まさに「産業のコメ」だ。

シリコンウェハを加工する工程で不純物を混入させないために、半導体製造装置では「チャンバー」と呼ばれる作業空間からポンプで空気を抜き、できるだけ真空度を高める必要がある。さらに、生産効率を考え短時間で真空にするため、真空ポンプには真空度の高さに加えて、排気速度も求められる。

とくに、半導体の立体構造を形成するエッチングと呼ばれる工程では、多量の腐食性ガスを連続排気する必要があるため、「ターボ分子ポンプ」という高い性能を持つポンプが必要だ。ほかのポンプでもチャンバー内をある程度まで真空にできるが、気圧の下がった空間では、空気の分子が高速で飛び回る状態になり、排出が難しくなる。その分子を、ポンプ内にあるジェット機のタービンのような翼(ロータ翼※写真①)を高速で回転させることで、たたき落とすように排出するのがターボ分子ポンプだ。

ロータ翼
※写真① ロータ翼(高速回転し真空環境を作り出す)

【ターボ分子ポンプの構造】
ターボ分子ポンプの吸気口に入ってきた気体分子が、高速回転するロータ翼によって弾き飛ばされ、下部の排気口から排出されることで真空を作り出すことができる。

ターゲットを絞り込み全力を注入

現在、島津製作所は、産業用ターボ分子ポンプ(TMP)の市場で世界トップクラスのシェアを誇っている。産業機械事業部TMPビジネスユニット長の太田知男によれば、そのターボ分子ポンプによって、チャンバー内の気圧は10のマイナス7乗~8乗パスカルまで下がるという。

太田 知男
産業機械事業部 TMPBU ビジネスユニット長 太田 知男

「地表の大気圧は10の5乗、つまり10万パスカルです。ターボ分子ポンプがつくる真空度は、地球の上空で例えると、成層圏上空から、人工衛星が飛ぶ宇宙空間と同程度になりますね。また、回転数は小型タイプで毎分およそ9万回転。ロータ翼の径と回転速度で排気能力が決まります」(太田)

ターボ分子ポンプの市場は、半導体分野だけではない。テレビなどに使うFPD(フラット・パネル・ディスプレイ)、建材を中心としたガラス、スマートフォンの画面などに使うTSP(タッチ・スクリーン・パネル)といった市場に加えて、近年はSDGsなどの影響で太陽電池の市場も広がってきた。しかし、産業機械事業部営業部グループ長の藤本将純によると、顧客からの要求水準が高いのはやはり半導体だという。

「他の分野は従来型のターボ分子ポンプで対応できる場合もありますが、半導体は最先端の分野なので高性能化のサイクルが早い。半導体メーカーも新しい工場をどんどん増設するので、そこで使うターボ分子ポンプにも新しい性能が求められるんです」(藤本)

島津製作所が国産初の空冷式ターボ分子ポンプを発売したのは、1980年のこと。ポンプ内部にある高速回転体の軸受(コマでいう心棒の部分)をベアリング式から磁気軸受式に移行し、徹底したオイルフリーによって純度の高い空間をつくる技術は高く評価された。

しかし、はじめから世界で大きなシェアを獲得したわけではない。「20年ほど前までは、社内で廊下の真ん中を歩けないと思うくらい、肩身の狭い思いをしていました」と苦笑しながら藤本はいう。

それが世界トップクラスのシェアを得るまでに成長したきっかけの一つは、半導体業界で主流となるウェハのサイズが、200mmから300mmに大型化したことだ。これに合わせてターボ分子ポンプも大型化が求められた。200mm時代のターボ分子ポンプの排気量は毎秒2000Lだったが、300mmになると毎秒3000Lの排気量が必要となる。

「ウェハが300mmに移行したのは2000年頃でしたが、私たちはその少し前から、ターボ分子ポンプ本体とコントローラーのシリーズ化に取り組んでいました。その上位機種として、3000Lクラスのターボ分子ポンプを開発していたんです。もちろんそのまま製品化できたわけではありませんが、電源など流用できるものもあり、300mmに移行した半導体メーカーの要求に合わせて、ポンプ本体の改良に集中して素早く対応できたのは大きかったですね」(太田)

一方、会社としての方針も明確に打ち出された。それは、世界一のシェアを獲得することだ。半導体製造の工程でもっともターボ分子ポンプの役割が大きいのは、エッチングであり、その工程を手がける大手メーカーは、国内に1社、米国に2社しかない。さらに、ターボ分子ポンプが不可欠なEUV(極紫外線)露光装置を製造している会社がオランダに1社あり、その4社がキーとなった。

「事業部のトップから、『世界一のシェアを目指すために、その4社に島津を選んでもらおう』と明確な指針が与えられました。しかも開発にあたるわれわれだけでなく、アメリカなどの販売チームにも噛み砕いて説明してくれたことで、ターボ分子ポンプのチーム全員がその目標を共有できたのです。また、『短期的ではなく、長期的な視点から計画を立てれば、絶対にシェアを獲得できる』と、期待を持って見てくれていたことが非常に大きかったですね」(藤本)

藤本 将純
産業機械事業部 営業部 グループ長 藤本 将純

そこからの開発は「いまから考えると、ちょっと異常な感じでした」とは太田の感慨だ。すでに競合他社の製品を使用している顧客からは、性能、価格、納期、サポートなど、あらゆる面で難しい要求が寄せられる。

「2010年ぐらいまでは、その要望に応えるべく、競合としのぎを削りながら性能を伸ばしていきました。それ以降は、性能だけでなく、生産性、品質、供給の安定性などをいかに向上させるかというテーマに移っていきました。長期的な視点で顧客の信頼を勝ち取るという考え方や開発のノウハウは、代々引き継がれていて、一人ひとりの高い志も保たれています」(太田)

チームの結束で世界一を目指す

その時期、島津の事業に大きな環境の変化があった。神奈川県の秦野工場と、本社・京都の三条工場にそれぞれ分散していたターボ分子ポンプの部隊が、本社に集結した。開発、設計部門と加工、組立、検査までの製造部門約200名を一つの工場に集め、一貫生産体制を構築したのだ。自然と、部署間のコミュニケーションは活発になっていった。

「お客さまから見たターボ分子ポンプは自動車で言えばタイヤのようなもので、単に指定されたスペックを満たすだけではなく、それぞれのお客さまがどんな道をどれくらいのスピードで走りたいのかを理解して、それを実現できるものを早く、そして安定した品質で、必要とされる数量を提供できるかが勝負です。その実現のためには、みんなが同じ場所に集まって話ができる環境は大きなメリットでした」(藤本)

藤本の顔を見かけた技術や製造のスタッフたちから「あのお客さん、いまどんな感じですか?」など、話しかけられることも多いという。

「自分たちが頑張った証である製品について、お客さまの実際の声を聞きたいということなんですよね。みんな、お客さまの顔を想像しながらつくってくれているからこそ、われわれ営業もチームのために一層頑張ろうと思うんです」(藤本)

活発にコミュニケーションがとられている
工場やオフィス内では活発にコミュニケーションがとられている

当時は産業機械事業部製造部に所属し、現在は島津プレシジョンテクノロジー第二製造部部長の藤家俊哉は、こう話す。

「お客さまからの需要予測は営業を介して2週間おきに更新され、場合によっては毎日変わることもあります。それを各部署ですぐに共有し、意思統一しています」

藤家 俊哉
島津プレシジョンテクノロジー 第二製造部 部長 藤家 俊哉

製造能力の増強は、言われてからでは間に合わない。IoTやロボット導入による自動化の取り組みを強化する一方で、20分かけていた工程を19分に短縮するといった、地味ながらも日々の工夫と努力の積み重ねが重要だ。顧客の希望する納期を実現するのも楽ではない。

「それでも、世界の一級品として認められたからこそ使っていただけるのだと思うと、『やるしかないやろ』という気持ちになるんです。お客さまが何を求めているかを理解して、そのために能力を高めていく。お客さまに寄り添う努力を続け、みんなで一緒に『お客さんの喜ぶ顔を見ようや』と、チーム全体で議論を重ねながら試行錯誤し、同じ方向を向いている実感があるのが強みだと思います」(藤家)

プロジェクトメンバー
製造、営業、技術、それぞれの立場からターボ分子ポンプ開発の歴史と展望を語る。左から、島津プレシジョンテクノロジー 第二製造部 部長 藤家俊哉、島津製作所 産業機械事業部 営業部 グループ長 藤本将純、産業機械事業部 TMPBU ビジネスユニット長 太田知男

チームの強い結束によって、世界トップクラスのシェアを実現した島津製作所のターボ分子ポンプ。しかし、そこで挑戦が終わったわけではない。半導体は、これからナノからサブナノスケールの時代を迎えようとしている。新たな技術開発も必要になるだろう。

「いまの技術が未来永劫お客さまに使っていただけると思ってはいけません。ターボ分子ポンプだけの一本足打法でよいのかどうかも考えなければいけない。それに変わる新しい真空技術が出てくるかもしれませんから、視野を広げて次のビジネスを模索する必要があります。私たちのターボ分子ポンプに結集されたいまの技術を活かしながら、何ができるのか。それを考え続けていきたいと思います」(藤本)

インタビュー動画

※所属・役職は取材当時のものです

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