
1917年に蓄電池事業を日本電池株式会社として分離した後、
さらなる事業拡大をめざし、同年株式会社島津製作所が発足しました。
それと同時に三条工場の建設を開始。
この三条工場で開発・製造するさまざまな製品群により、島津は大きな飛躍を迎えることとなります。
1933年、島津製作所はわが国初の工業用X線装置(ウエルテス)の製造を開始し、
日本の工業に非破壊検査の道を開きました。
翌年には、これも日本初となる光分析装置を開発し、
現在も基幹事業である分析機器の分野に進出します。
島津製作所が培ってきた技術が大きく花を開かせるのは、戦後から高度経済成長期にかけてです。
日本初、世界初の優れた製品を次々と開発し、事業は急速に拡大していきました。
1954年(昭和29年)航空自衛隊が発足し、ジェット機の国産化が計画されるなか、
当社は操縦室空気調和装置など主要機器の生産を担当。
その後、航空機器部門を新設し、本格的な生産体制を確立しました。
1956年(昭和31年)、国産初のガスクロマトグラフの第1号機を納入。
1960年(昭和35年)には鉄鋼業の成長に大きな役割を果たした真空形カントレコーダーを開発します。
翌1961年(昭和36年)はX線診断に一時代を築くことになる
遠隔操作式X線テレビジョン装置を完成させ、大阪府立成人病センターに納入しました。
これらの製品は当社が発展していく原動力になると同時に、
日本の産業や医療の発展にも大きく貢献しました。




1917年 | 株式会社に改組、蓄電池部を別会社化 |
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1920年 | 大連出張所を開設 |
1925年 | 日本で初めてマネキン生産を開始 |
1930年 | 2代目島津源蔵がわが国十大発明家の一人として、 宮中賜餐にあずかる |
1933年 | 工業用X線装置を開発 |
1934年 | わが国初の分光写真器を完成 |
1936年 | 航空機器の製造を開始 |
1952年 | 日本初の光電式分光光度計を開発 |
1956年 | 日本初のガスクロマトグラフを開発 |
1961年 | 世界初の遠隔操作式X線テレビジョン装置を開発 |