日本初の位相コントラストX線CT ―Xctal 5000

縁と行動力で辿り着いた、 未来の安心を担う画像

従来のX線装置の手法のX線の吸収差を検出して可視化していた吸収像に加え、新しく屈折像と散乱像が検出できる、位相コントラストX線CTシステム「Xctal 5000」が2022年に発売された。3種類の画像が取得できるX線CTを日本で初めて製品化に導いたのが、基盤技術研究所の木村健士だ。比較対象のない新装置の有用性を示し、製品化するまでの道のりは決して平たんではなかったが、金沢工業大学の革新複合材料研究開発センター(ICC)でCFRPの研究をしている白井研究員との縁で道が大きく開けることになる。二人が紆余曲折のストーリーを語ってくれた。

いい画像は撮れるが何を撮るべきか

いい画像は撮れるが何を撮るべきか

島津製作所 基盤技術研究所*  木村健士

「Xctal 5000」は、X線位相イメージング技術を用いたX線CTシステム。X線の発生装置と検出器の間に3枚の微細な回折格子を配置して撮影と解析をすると、一度に屈折像と散乱像の検出が可能になり、従来の吸収像に加え対象物を3つの画像で観察することができるものだ。
木村がプロジェクトリーダーを任されたのは、島津と大阪大学との共同研究を経て、X線位相イメージングの要素技術をかためて製品化を目指す段階だった。
「回折格子の設計や配置をどうすればきれいな画像が撮れるようになるのか。製品化するには、たとえば微細な回折格子を常に適切な位置に管理できないといけません。ミクロン単位での調整が必要でした」

実験機の性能が上がり、いい画像が撮れるようになったが、木村にはずっと頭をもたげていた問題があった。この装置で“何を撮るべきか”である。従来のX線CTは金属や金属の入った電子部品など非破壊で見たいものを撮ることが多い。しかし、技術の特性上、高いエネルギーを必要とするものは撮れず、回折格子を通すことで撮影時間が長くなるため人を撮ることも難しい。回折格子より大きなものは撮れないため、さらに撮るものは限定されてしまう。

  • *基盤技術研究所は未来を見据えたコア技術の研究や深耕、新事業を開発する、島津のイノベーションを担っている

新素材のCFRPを糸口に


「Xctal 5000は従来のX線CTでは“見えないものが見える”のですが、これがX線画像を見慣れていない人に伝わらず、見慣れている人にも良さが伝わりにくい。このことに当初は気づけなかった」と木村は振り返る。そもそも屈折像と散乱像は、画像の見え方からして従来のX線の吸収像とは異なる。吸収像を見慣れている人でも、白黒の付き方から違うと何がどうなっているのか、どう解釈すればいいのかと戸惑うのだ。

従来のX線CTの課題について整理しておくと、微細な構造を観察するには拡大しての撮影が必要で、視野が狭くなっていた。また、対象物を小さく切断しなければならない場合があったが、この装置では拡大しなくても微細構造がわかる散乱像が撮れるため、切断も不要となる。「切らずにそのまま微細構造がわかることが有用だと、いろいろな人とのやり取りで気づいたのです」。木村は、ここがストロングポイントと考え、最初の対象物を微細構造のCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics/炭素繊維強化プラスチック)に絞った。

CFRPは飛行機や高級車に使われている、これから需要が伸びるとされている軽くて強い新素材。欠陥があっては安全性や命にかかわる問題につながる可能性もあり、将来的には検査が重要になると木村は考えた。「ヒアリングを重ねると、CFRPは今後、強度に影響する繊維配向が重要になってくることがわかりました。当時、広い視野で配向を見る手段はなく、我々の装置は繊維配向が見られるし、炭素繊維の束は位相イメージングで見やすいサンプルでした」。ようやく「CFRPを撮って素材の評価に使えるのでは」という糸口が見えた。

金沢工業大学 ICC 白井研究員のひと言

CFRPを撮影し、データの有用性を示して製品をリリースしたい。ところが、肝心のCFRPのサンプルはいっこうに集まってこない。「どんな画像が得られて、どんな有効な価値が出るかもわからないのに、開発中のCFRPは尚更出せないと言われてしまったのです」
研究所にサンプルが集まってこないなら、装置を持っていき撮ってもらうしかない。「ここにあってもお蔵入りになるだけ。なんとか使ってもらってデータの価値を実証したい」と装置の持ち込み先を探し、金沢工業大学の革新複合材料研究開発センター(ICC)に置いてもらうことになった。

ICCは石川県にあるCFRPの開発拠点。主に企業と連携して研究を行う施設で、最初に装置を試用してくださったのが非破壊検査でCFRPの研究をされている白井武広研究員だった。

“困りごと”にフォーカスする意義

金沢工業大学 革新複合材料研究開発センター(ICC)  白井 武広 研究員

「はじめのころは、X線CTで繊維配向がわかると聞いても、すこし懐疑的でした。ところが、積層材を撮って構造を解析し、引張試験をしたらぴったりと合ったのです。それを見た瞬間、これはおもしろい!と思いました。今までできなかった原材料の微細構造がどんどん撮れ、解析データが見られるようになったことで、一気に装置に惚れ込んだのです」

当初は、どんな画像が撮れるかもわからない、2tもある装置を半ば強引に置いてもらった状況。白井研究員から実際に使った感想や意見が直接聞けたことは、木村の救いだった。さまざまな反対意見に折れかけた心が奮い立ったのだ。
「白井研究員から『このサイズで繊維の配向が見られるのはいいね。おもしろい』と言っていただけたのは本当にうれしかったです。でも、配向が見られても、そのデータを使って役立つところにはまだ結びつかない……」。白井研究員もまた、配向データをどう使うか、次の一手が重要になると感じておられた。

巡り合った三社での共同開発

巡り合った三社での共同開発

白井研究員の研究の一つに、CFRPのランダム積層材の強度シミュレーションがある。高分解能のX線CTで取得した配向情報を使う強度シミュレーションの研究だが、観察範囲が狭く、配向データのシミュレーションへの入力に苦慮されていた。それを聞いた木村は、自分たちのデータの有用性が示せるのは、強度シミュレーションだと確信した。

すぐさま木村をはじめプロジェクトのメンバーは、白井研究員が使われている強度シミュレーションソフトを作るアドバンストテクノロジー社のセミナーに参加。白井研究員と共同研究を行う担当者が、偶然にも木村が参加したセミナーの担当だった縁もあり、ICC、アドバンストテクノロジー、島津の三社で強度シミュレーションの共同研究を行うことになった。

「お互いを知っていても、間をつなぐ人がいないと企業の共同研究はなかなか難しい。間に大学が入って、うまくまとまったという感じでしょうか。一緒にやることで三社がwin-win-winになれる、お互いにいい関係で研究ができたかなと思っています」(白井研究員)

木村やメンバーの行動によって、ついに道が開け、三社での共同研究は一年半近くにおよんだ。「それぞれ得意な分野が違うので、三社で協力しなければうまくいかなかった」と木村が語るように、材料や材料試験のことは白井研究員、配向データのことは島津、シミュレーションのことはアドバンストテクノロジー社が詳しく、互いに知恵を出し合い、CFRPの配向データを活用したシミュレーション環境を構築。繊維配向解析と配向データを用いた損傷解析ができ、白井研究員がJCCM(日本複合材料会議)で論文を発表。ついにXctal 5000の配向データの有用性を示すことができたのだった。

「この装置はいま、私の研究の軸となっています。CFRPのランダム積層材は、人が安心して身を委ねられる強度がないといけません。このような構造解析によって、繊維積層設計が最適化でき、軽量化につながるのです。軽量化できればコストダウンはもちろん、車の場合は燃費がよくなり、カーボンニュートラルを目指す社会の貢献につながるのですよ」(白井研究員)

多くの人に縁を繋いでもらい、チームみんなで粘り強く動いた今回のプロジェクト。“成功は、掴みに行って初めて掴める”と学べたことは、木村たち技術者にとって大きな糧となったに違いない。 「ゆくゆくは力を加えながら、繊維が壊れていく過程まで位相イメージングCTで撮れたら――」白井研究員の期待を受けて、木村は今日も技術開発と向き合う。

縁と行動力で辿り着いた、 未来の安心を担う画像

Xctal 5000Xctal 5000

Xctal 5000 は,X線の位相変化を画像化する新しいX線CTシステムです。
従来のX線CTシステムで検出していたX線の吸収情報に加え,X線の散乱と屈折情報を検出でき,広視野での微細構造群の観察や,吸収差がないワークの高コントラスト観察を実現しました。
研究の進む繊維強化樹脂や複合材料,生体材料などの研究・開発に対応します。 

第71回電気科学技術奨励賞、2022年度先端材料技術協会「製品・技術賞」を受賞。

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