心臓などのカテーテル手術や血管系疾患の検査・治療に用いられる血管撮影システム「Trinias」。2022年にシングルプレーン、2023年にバイプレーンが、デザイン、機能とも一新された。大々的に掲げられたコンセプトは、「効率的なワンオペレーションの実現」。デザインにおいては、コントロールモジュールの操作のしやすさを突き詰めたことが特徴の一つだ。
これまでにない価値を生み出すことへの挑戦について語ってもらった。
医療現場を体験する
総合デザインセンター デザインユニット UX革新グループ主任 髙橋宜子
ユーザーリサーチや、製品開発のコンセプト策定・徹底を担う髙橋は、新型Triniasの開発にあたり、こう考えた。
「このプロジェクトを成功させるには、デザインの開発に本格的に着手する前に、まずは医療現場の空気感を体験し、医療従事者のお客様が困っておられることを理解するのが一番だ」
そこで、マーケティング部の協力も得て、治療環境や体制の異なる複数の施設で視察を受け入れてもらうことにしたのだ。
デザイン、技術、マーケティングの開発メンバーが施設を訪れ、血管撮影装置の操作室と検査室のワークフロー、操作方法や動線、医師と技師の連携、予想外に発生する作業などを、目を皿にして確認した。
「医療ドラマのように多くの医師や技師がいて、手厚いサポートを受けながら治療される様子を想像していましたが、実際はたった1人のプロフェッショナルによって行われている検査・治療も少なくありませんでした。私自身のTriniasの開発に対する心の持ちようが変わりましたね」
UIデザイン担当の渡邊は、「ワンオペレーションでも操作しやすいコントロールモジュール」という開発コンセプトの必要性をこのとき実感したという。
大きなプレッシャーを抱え、極度に張りつめた状態で治療を行う医療従事者。リラックスモードに入ったとき、口からポロリとこぼれる本音を耳にした開発メンバーたちは、「少しでも医療現場の方々に寄り添える装置にしたい」と思いを熱くした。
現場の分析から真の操作性に迫る
総合デザインセンター デザインユニット
プロダクトデザインG 主任 星野昌吾
総合デザインセンター デザインユニット
UIデザインG 主任 渡邊隆介
総合デザインセンター デザインユニット
プロダクトデザインG 主任 長谷部 臣哉
開発メンバーたちは、デザインを具現化していく過程で、視察した実際の操作の様子を何度も頭の中で再生し各手技で必要なツールが異なることや、担当の医師や技師によってC型のアーム(Cアーム)やベッドの配置を変えたいという要望を汲み取った。
コントロールモジュール操作の一部をタッチ操作に取り込んだことはアイデアの一つだ。簡単かつ迅速な操作に加え、カスタマイズや機能拡張などの自由度を増すことも可能にした。
「タッチ画面のレイアウトやカラーを工夫して、様々なカスタマイズ設定が直感的にできるようにしています。アイコンが中心のグラフィカルなデザインですが、お客様から数字やテキストのほうがわかりやすいと助言いただいた部分は、そのように変更しました」(渡邊)
思いをひとつに
数か月間、週1回で行われる社内検討会は、技術、デザイン、マーケティングの各担当者が集まり、デザインプレゼン・改善に粘り強く取り組み、毎回、白熱した議論となる。
「プロジェクトの初期段階から開発に携わる3者が一緒になって動くのは珍しいことです。検討会は貴重な場であり、最大限の効果をあげるために全力を尽くしました」(髙橋)
「プロダクトデザインは見た目だけではなく、操作性に対しても責任重大です。ストレスなく使っていただけるための造形を追求しました」(星野)
「社内検討会で出た意見を形に反映させるために、積み上げたデザインに固執せず、新たなデザインを素早く作り検証することの大切さを知りました。さらによいデザインが生まれることもあれば、元のほうがよかったこともありますがどちらも前進だと思います。皆が医療現場を視察し、開発コンセプトを共有していたからこそ様々な可能性を模索するやり方が可能になりました」(渡邊)
「開発のコンセプトは、技術、デザイン、マーケティングの3者が一体となって練り上げたものです。明確なコンセプトを軸にデザインプロセスにはいっても、ぶれることなく造形に集中できました。」(長谷部)
メンバーの開発への熱量は半端ではなかった。
リアリティのある評価でなければ意味がない
デザインの改良を重ねているが、本当に使いやすいものとなっているのか、その判断をするのは現場の医師である。形を見て評価してもらうだけではなく、実際に操作して体験してもらわなければ、真の評価は得られない。ではどうすればよいのか。
「展示会で使うシミュレーションキットを改造し、開発中のコントロールモジュールと結び付けて、プロトタイプを作ってくださいとお願いしました。デザインや技術のメンバーへの一番の無茶振りはこれだったかもしれません」(髙橋)
このプロトタイプを操作すると、ディスプレイに3Dの画面が表示されてCアームが出現し、あたかも自分で動かしているような体験ができるのだ。
髙橋は、医師たちに操作を体験し評価をいただく機会を設け、開発メンバー全員に、医師たちが操作をする様子をしっかりと観察するよう促した。そしてその夜は、大人数でのディスカッションが遅くまで続いた。
操作体験は医師のお客様だけでなく、開発メンバーにとっても、イメージが具体的になるという大きな成果があり、体験後のディスカッションの内容は、操作と装置の動き方の現実に即していて、実りあるものになった。
満を持して医療現場に送り出されたTriniasの評価は上々で、操作系が直感的、特にSMART Touchが分かりやすく、操作も覚えやすく非常によかった、とうれしい声もいただいている。
「メンバーの皆さんの熱量でつくり上げたプロジェクトでした。私自身の仕事の自信にもつながっています」(髙橋)。
積極的、本格的に医療現場に寄り添う取り組みは、血管撮影装置の全く新しい操作体験とともに、デザインチームの成功体験を生み出した。この経験は、今後の他の製品のデザイン開発にも生かされていくだろう。
コントロールモジュールの操作のしやすさという点においては、ジョイスティックのあり方も重要である。今回、すべてのジョイスティックの操作体系を1から見直し、直観的にかつ間違わない操作を目指した。 医療現場の視察で改めて深く実感したのは、治療時は清潔な環境を作るために、患者さんと装置には滅菌カバー(ドレープ)が掛けられており、一般的な操作環境とは異なっていた。ジョイスティックの根元付近を持って操作すると、滅菌カバーを巻き込みやすいという問題点があったが、直観的な操作を実現するため、あえて“回転”操作を新たに加えた。これを形状で解決するために製作したジョイスティックのモックアップは、実に30種以上に及んだという。辿り着いたのは、根本付近は滑りやすく、上部は滑りにくいという形状だった。
※所属・役職は取材時のものです。